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元地下アイドルは異世界で皇帝を目指す!  作者: 烏川トオ
第1部 2章 クロス・フェード
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45、変化のきざし




「珍しいね。イヴがこんなところにいるなんて」


「皇女が宮殿の聖堂にいて何が悪いのです。伯父上こそ、こんなところで何を?」


「偶然だよ。ちょうどカレンディア殿下をお見かけしてね」


「……妹に妙なことをしたら、伯父上でも許しません」

 

 イヴリーズはカレンの腕をつかみ立たせる。

「行くわよ、カレン」 


「あ、姉上? ――猊下、失礼いたします」


「はい、殿下。今日は楽しゅうございました。どうぞご息災で」

 挨拶もそこそこ、カレンはイヴリーズに引きずられるように聖堂を後にした。






「あ、姉上!? ちょっと手が痛いよ――」


「あの男に関わっては駄目!」

 人気のない木陰まで行きつくと、イヴリーズはカレンに向き直り、鋭い口調で言う。


 目を吊り上げるイヴリーズの権幕にカレンは身をすくませる。そんな妹の様子に、はっと我に返ったようにイヴリーズが眉尻を下げた。


「……ごめんさい。あなたは悪くないのよ」




 イヴリーズはカレンの両腕をしっかり掴み、幼子に言い聞かせるようにする。

「でも本当に危険なの。優しい言葉で相手の心の隙を突くのが、あの男の常套手段よ。いったい大司教に何を言われたの?」


「自分と手を組みませんかって、言われたよ」


「……え? 本当にそう言ったの?」


「うん」

 イヴリーズはぽかんとしている。自分の後ろ盾が競争相手でもある妹を、白昼堂々誘っているのだから無理はない。




「あと、どんな皇帝になりたいですかとか――私は愛され気質キャラだから、そこんとこ上手く立ち回って、崇拝者ファンに上手いことやってもらう、みたいなことを答えたんだよね」


「そ、そう……」


「あと猊下は世俗の権力が大好きとか、救いがいのある人には自分で投資したいとか言ってたよ」

 カレンに後ろ暗い所はないので、聞いたままにイヴリーズに伝える。


 身内としてイヴリーズと仲直りしてほしいと、大司教に言った言葉は嘘ではない。ただ共に手を組み、帝位を目指す同志としては、おそらく二人の関係は破綻し切っているのだろうなとも思う。




「カレン、大司教の誘いに乗るの?」


「ううん、断ったよ」


「……そうでしょうね」

 イヴリーズは安堵するとともに、なぜか少し楽しそうで、笑いを噛み殺しているようにも見えた。




 ふと、イヴリーズの動きに合わせ、風に乗ったかすかな芳香がカレンの鼻をくすぐる。

(あれ……これって――)


「――姉上、最近スウェン兄上に会わなかった!?」


「どうして?」

 イヴリーズは小首を傾げる。


 カレンはかくれんぼの相手を見つけたような気分でにやりと笑う。

「だって姉上の今日の香水匂い――」


 カレンは爪先立つと、イヴリーズの首元に顔を寄せる。

「白百合と木蓮は姉上の定番だけど、安息香……それに菖蒲根が今日は目立つね」


「え、ええ!?」

 くんくんと匂いをかがれ、イヴリーズは恥じらうように身を捩る。


「兄上は、いつも基礎にその二種類を持ってくることが多いから。姉上は甘い匂いは控えめにするのが好みでしょ? 珍しいなあって思ったの。会った人の匂いに引っ張られることあるよね。私もミリーに会った次の日は、つい茉莉花の香りを選んじゃうもん」


 ミリエルは甘い香りの中に、大人びた気品と優雅さ感じさせる茉莉花を好んで使う傾向があった。




 香水は男女問わず上流階級の嗜みだ。とにかく香らせればいいという簡単な物ではない。少しずつ繊細に変化していく香りを、夜会などの進行に合わせ計算しなければならない。


 身を翻した時かすかに香るよう、さりげなくまとうのが肝心で、押しつけがましく匂わせても無粋と言われる。香水の使い方も、ドレスや小物使いの趣味と同様、その人がどれほど洗練されているかの判断基準となる。


 カレンもディラーン商会の調香師に、自分専用の物を調合してもらっている。香水は『元の世界』にいたときから好きだったので、香料の組み合わせを、あれこれ考えるのは密かな楽しみだ。




「……そういうことね。あなた鼻がいいわね。香水はその日の気分で適当に選んでいるつもりだったけど、言われてみれば他の人の影響もあるかもしれないわね」


 イヴリーズは気を取り直したように答える。


「確かにスウェンとは昨日も会ったわよ。……実はあの怪我以来、時々様子を見に無理やり押しかけているの。私が治療したから、その後の様子が心配だったのよ。あの子も渋々だけど、私に迷惑かけた負い目があるから断れないみたい」


 騎士相手なら負け知らずのグリスウェンも、この姉には頭が上がらないらしい。その光景が想像できた。




「びっくりしたわ。あなた妙なことにくわしいわよね……」


 カレンははっとして、視線を逸らす。

「暇な時期にちょっと興味があったから……。それよりスウェン兄上ってば、最近付き合い悪いんだよ。遊びに行こうと思っても、私とはなかなか会ってくれないし」


「あれだけの大怪我をした後だもの。疲れているのよ」


「うーん……疲れてるっていうか、むしろ無理やり忙しくしてる感じ? 夜会とかで偶然で会った時には、『あんまり食べ過ぎるなよ』とか言ってきて、いつも通り元気そうではあるんだけど……」


「……聞いているかもしれないけど、スウェンは騎士団から謹慎処分を受けているのよ。せめて社交界で顔を売って、挽回したいのかもしれないわね」


 グリスウェンが任務中に怪我を負った原因は、戦闘中に上官の制止を無視し、危機に陥った仲間を庇ったからと聞いている。いかにも彼らしい行動だ。




「でも兄上は前よりも親しみやすくなったって、最近あっちこっちのご令嬢から大人気なんだよ。元々カッコイイし、さすが私の兄上だよね!」


「はいはい。そうね」


「……姉上も何だか、最近雰囲気が変わったね?」


 一分の隙も無く美しいことには変わりなかったが、イヴリーズがまとう空気が以前とは少し違っているような気がした。


「そう?」


「うん、なんかこう今まで以上に研ぎ澄まされているのに、穏やかっていうか……」


「……そうね。いろいろなことがあって――私は結局(しがらみ)に囚われすぎて、大切なことを見失っていると気づいたの。変化があったというのなら、そのせいかしらね」


 ここではない、遠くを見つめるような眼差しと、不思議な言葉にカレンが首をかしげる。




「――ああカレン、ごめんなさい。用事があるから私はそろそろ行かないと……。あなたもお付きの者にあまり迷惑をかけてはだめよ」


 指し示された先に、離れた場所で主たちの様子を見守るフレイがいた。

「あ、フレイ待ってたんだ。じゃあね、またね姉上――ご機嫌よう」


「ええ、カレン。御機嫌よう」






 ――振り返ることなく、早足でその場を去ったカレンは、姉が複雑な表情で自分を見つめていることに気づくことはなかった。








香水や香料などの勉強不足については、大目に見ていただけるとありがたいです……。

 


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