44、誘い
1章序盤の文字数が多いため分割作業を行います。
繋ぎに加筆訂正を加える程度で、大きな内容変更はないかと思います。
カレンの話を聞き終えたレスカ―は、顎に手を当て難しい顔をする。
「なるほど……それは困りました」
「え?」
「だって殿下のおっしゃった弱者の救済は、本来なら私ども聖職者の役割ですから」
確かに我ながら、あくどい新興宗教の教祖のようなことを言った気がしてきた。
「あ……そっか。どうしよ」
「ですがまあ、幸いイクス教の大司教たる私は俗物なので、ちょうど良いかもしれませんね」
そういえばこの大司教は、世俗にこだわり過ぎるがゆえに修道騎士たちの人望を失い、イヴリーズとも反目していることを思いだした。
「大司教猊下は権力に興味がおありなんですか?」
ストレートな質問に、気を害した様子もなくレスカ―は笑う。
「好きですよ。ついでに言うと金品や美食も好きです。……さすがに肉欲に関しては、皇女殿下の前では言い控えますが」
「それ、他の聖職者に聞かれたら問題なのでは?」
「別に構いませんよ。清貧を旨とし、厳しい修行に身を投じる彼らを否定するつもりもありません。そういった環境に身を置くことで、初めて悩める人々の心を知ることもあるでしょう。でも私が食を断ったところで、飢えた人々が救われるわけでもありませんから」
それを言ったら終わりだろうと思うが、確かに事実だ。
「この世界には、すべての人間の願望を満たすほどの富はありません。それならば誰に富を配分するか、この手で決めたいと思うのは当然ではないですか。だから私は権力と富を欲するのです」
「猊下がそれをお決めになるのですか? 失礼ですが、それこそ傲慢では?」
「残念ながら救えない者や、救われる気がない者は存在します。彼らに投資するだけ無駄です。これは差別ではなく区別です」
「投資……」
「そして有能な者にはその才を遺憾なく発揮してもらうために、より多くの富が分配されるべきだと思います。それが新たな富を生み、さらに多くの人々を救うのです」
……ベンチャー企業の社長のようなことを言い出した。確かにこれは俗物以外の何物でもないなとカレンは思う。
「そういうわけでカレンディア殿下、私と手を組みませんか?」
「私と猊下が……? なぜです?」
「私があなたを推せば、かなりの人間が追従するでしょう。その声は枢密院も陛下も無視することはできません」
「私を推すと、猊下には何の得があるのですか?」
「ひとまず殿下には、ディオス陛下に奪われた教団の徴税権の返還を働きかけていただきたい」
カレンはかつて、父ディオスが敵地で捕虜になったという話を思い出す。教団の権限を奪った皇帝への報復として、大司教が陰謀を企てたという噂があった。
(やりかねないよね、この人。……あれ? でも――)
ふと疑問がわき上がる。
「もしかしてイヴリーズ姉上が襲撃された件に、猊下は関わっていないのですか?」
レスカ―はかすかに目を見開き、
「てっきり、猊下が脅しのためにやったのかと……」
そして鼻で笑った。
「まさか! そうであれば、私が手を下したときちんと匂わせます」
彼の言う通り、脅しや牽制が目的なら、相手にその意図をわからせなければ意味がない。
「それに信じていただけないかもしれませんが、これでも私は姪を愛しているのですよ。……あちらは私を毛嫌いしていますけどね」
それはきっと、こういうしらじらしいことを真顔で言う辺りに原因があるのだろう。
「私もあの件はいささか気になります。トランドン伯爵の線も考えましたが……彼は私と同じくらい俗物ではありますが、仕事に関しては真面目な男です。やるならば、もっと確実な方法を取るでしょう」
「猊下にも心当たりはないのですね……」
「残念ながら」
やはりあの事件、最初の予想通り首謀者の特定はそう簡単に行かないようだ。
「それでカレンディア殿下、先ほどのお誘いのお返事は?」
「お断りします、大司教猊下」
カレンは満面の笑みで、きっぱりと告げる。
「そうかと思いました」
レスカ―はさほど気を害した様子もなく、肩をすくめた。
「共に歩むよりも、猊下――イクス教団には、私には救えない人々を救っていただきたいのです」
カレンの力など必要とせず、自らの足で立ち上がり、すべてを背負う覚悟のある者もきっと大勢いるはずだ。
「皇位簒奪者や革命家を支援することになるかもしれませんよ。宗教屋にはたまにあることです」
「そこは出来ればご遠慮ください。でも強き人々が増え、王権を必要とせず国を運営できる日が、百年後か千年後か……いつかは来るかもしれませんね。私はそういう国があることを知っています」
レスカ―が表情をゆるめて笑う。
「殿下はお若いのに不思議なことを言いますね。まるで多くの歴史を見聞きしてきたようだ」
「……単なる、にわか仕込みの知識ですよ」
そう、今更ながらもっとあちらの世界で勉強をしておけばよかったと思う。学校で学べることだけではない。人のこと、社会のこと、世界のことをもっと――。
天井を仰ぎ、レスカ―は嘆息する。
「殿下に振られてしまったとはいえ、私も簡単に野望を捨てることはできません。当初の予定通り、イヴリーズをどうにか手なずける方法を考えますよ」
「ええ、姉上と仲直りしてくださいね」
手を取り合ってあくどいことを考えられても困るが、身内としてわだかまりがあることは、少々気の毒に思う。
「……困った娘ですよ。殿下は覚えていらっしゃらないかもしれませんが、あれは今でこそ聖女などと持ち上げられていますが、子供の頃はとんでもない悪童でしてね」
「は、はあ……」
「陛下の馬のたてがみを染料で染めるわ、厨房の鍋にカエルを入れるわ、どこぞの伯爵の鬘を奪って銅像にかぶせるわ……」
「ええ! あのイヴ姉上が!?」
「弟君を従えて宮殿中でいたずら三昧。どんな皇女になるかと思いましたが、十三、四くらいからようやく自覚が芽生えたらしく、だんだん淑女らしい振る舞いをするようになりました……が、本質はあの頃から変わっていません。わがままで身勝手な姫君のままです」
「――誰が、わがままで身勝手ですって?」
後ろから聞こえたきた冷ややかな声に、カレンは硬直する。
「おやおや、噂をすれば……」
ぎこちなく振り返れば、腕組みをしたイヴリーズが、害虫でも見つけたかのように美しい顔を歪めて立っていた。
※ 本日あと1話更新予定です。




