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元地下アイドルは異世界で皇帝を目指す!  作者: 烏川トオ
第1部 2章 クロス・フェード
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43、大司教




 まさか噂の大司教が直々に、カレンの目の前に現れるとは思わなかった。


(あれ? でも大司教ってことは……)


 大司教の地位は基本的にデ・ヴェクスタ家の長男に継がれる。彼は現デ・ヴェクスタ公爵の兄に当たるはずだが、どう見ても弟より若く見える。髪の毛が一切ない、つるりとした頭が特徴のデ・ヴェクスタ公を思い起こしながら困惑する。


 戸惑いが顔に出ていたのか、大司教レスカ―は声を上げて笑う。

「弟は老け顔でしょう? みんな不思議そうな顔をするんですよ」


(あっちが老け顔っていうか……)

 

 デ・ヴェクタ公は確か五十代半ば。目の前の人物は少なくとも六十路近いと思われる。数々の噂から、てっきり脂ぎった初老の男性を想像していたので、その落差に絶句する。


(女神に仕えるとこうなるの……?)

 フレイのこともあり、カレンは真剣に考え込む。




「殿下には、もっと早くご挨拶したかったのですが……私の親族や友人の誘いは、退屈に思われたようですね」


 大司教は穏やかな笑みのままだが、これは間違いなく大司教と関連する誘いを、ことごとく断り続けてきた当て擦りだ。


 カレンは背中をひやりとさせながらも、澄ました顔で応じる。

「私はまだ無作法者ゆえ、名家の方々とご一緒するのはどうも尻込みしてしまいまして……」


「おやおや、ご謙遜を」


「本当のことです。先ほどの子供じみたい質問でもおわかりでしょう? イクス教のこともこのように不勉強ですし、きっと猊下のご友人方にも、無学な皇女だとがっかりされてしまいます」


「私は確信を突いた良い質問だと思いますが。当たり前のことを当たり前と思わず、疑問にする人間はそうはいません」

 これは褒め言葉なのだろうか。




「神の教えに敬虔たれ、皇帝の威光に服従せよ――こういう、人々が当たり前に従い続けることわりも、長い時を重ねるといつしか形骸化していきます。なぜそれを成すのかわからないまま、形だけをなぞり本質を見失っていく。そんなことがこの世の中には多々あります」


「それは……少しわかる気がします」


 百年前の常識で作られた法律。必要性があるかわからない校則。なぜかみんなが使いにくい場所に置いてある控え室のゴミ箱とか。規模の大きなことから小さなことまで、カレンの知る世界にもそれはあった。




「それがわかっていても、大概の人間は理に従い続けます。理に頼らず己の力で立つことは、自由であると同時に、責任を背負う苦渋の道です。己を預ける方が、よほど楽に生きられますから」


「猊下は当たり前のことにも疑問を持つべき、と考えていらっしゃるんですか?」


「疑問を持つべき、という言葉もよくある理の一つかと。まあ身も蓋もないことを言えば、皆がいちいち疑問を抱いていては社会が成り立ちませんしね」




 ふと気づくと、深い青色の瞳がカレンをひたと見つめていた。イヴリーズと同じ瞳だ。その奥の見えない深さに、思わず足が竦みそうになる。


「殿下はどのような偶像になりたいのですか?」


「え?」


「皇帝とは、帝国という途方もない物量と歴史の化身――いわば偶像です。あなたはどんな皇帝を目指すのですか?」


 カレンは目を見開く。――皇帝とは偶像。それはこの世界で目覚めた最初の日に、ロウラントの言葉からカレンも思ったことだ。




 カレン考えながら言葉を紡ぐ。

「あの……自分で言うのもなんですけど、私は割といろんな人から好かれる性質たちなんです」


「わかりますよ。殿下は可愛らしいし、そして楽しい方だ。現に私もすでに好感を持っています」


「ありがとうございます。それで特別頭がいいわけでも、優れた才能があるわけでもありません」


「ふむ……」


「だから、私はきっと酷い皇帝になると思います。私を慕い推してくれた人たちに、私にできないこと――汚れ役や残酷な決断をさせることもあるでしょう」


「おや、殿下には暴君の資質がおありのようだ」


「ある意味そうかもしれません。けれど私を愛し皇帝と認めた人たちに、せめて後悔はさせません。その手を汚す時も、そのせいで命を落とす時も。――私は彼らの人生の大義名分となります」




 レスカ―が目を見張り、絶句した。そして堪えきれないように、喉の奥でくくっと笑う。


「他人の生の大義名分とは、なかなか傲慢なことをおっしゃる」


「ええ、だって私の本分は偶像アイドル――夢と希望の化身なんで。猊下は例え形骸化していても、理に逆らうより、己をゆだねる方が楽だとおっしゃいましたね? それは悪いことばかりではないと思います。私自身は何の意味のない、からっぽな偶像かもしれない。けれど未来に怯え、一人では立つことのできない人々のしるべにはなれます」




 推しが笑っていれば生きていけると、誰かが言っていた。それは生活や仕事からの現実逃避かもしれない。それでも恐怖や不安に押しつぶされず、明日へ進むために必要なことはある。


 自分の中にある偶像アイドルとしての指標、ロウラントとこれまで勉強してきたこと、そして実際にこの世界で見てきたこと。その果てにたどり着いた結論がこれだった。








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