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元地下アイドルは異世界で皇帝を目指す!  作者: 烏川トオ
第1部 2章 クロス・フェード
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42、女神の聖堂




「あちらが女神イクス像です」


 フレイが手で指し示す先の祭壇には、大きな女神の像があった。ステングラスの七色の光の中で、両手を広げ微笑をたたえた女神の姿は、息を呑むほど美しく、信仰心のないカレンにも神々しい物に見えた。

 

 カレンは宮殿の敷地内にある聖堂に来ていた。皇族ならば国教についてある程度の知識は必要だとは、前々から言われていたことだ。本当は街へ出て市井の人々が集う聖堂を見たかったが、それは叶わなかった。




 イヴリーズに続き、グリスウェンまで負傷したとあって、皇太子候補全員に宮殿からの外出禁止命令が出ていた。


 当のグリスウェンは一時生死の境をさ迷ったというのに、負傷した二日後にはベッドから半身を起せるようになっていた。顔を合わせるなり、鼻をぐずぐず鳴らして泣くカレンに、グリスウェンは「おおげさだな」と眉尻を下げて苦笑し、「死にかけておいて、どの口を言ってるの」とイヴリーズに睨まれていた。


 グリスウェンもすでに宮殿内の催しにも顔を出しており、兄弟姉妹きょうだいたちの生活は元に戻ったようだった。しかし任務で怪我をしたグリスウェンはともかく、イヴリーズが襲撃された件については相変わらず捜査に進展がなかった。


 結局外出禁止令が出たせいで、カレンの人脈作り作戦は停滞状態だ。とはいえ、その分勉強に打ち込むようにと、ロウラントがしっかり計画を組んでいるので、忙しい日々は変わらなかった。

 





 今日はそんな中で、勉強を兼ねた息抜きとして聖堂にやって来た。

 聖堂は宮殿の中でも奥まった場所に位置している。人はまばらで、もちろん宮殿の出入りが許された人間以外立ち入ることはできない。確かにここなら危険は少ないだろう。




「慈母を祀った場所でもあるんでしょ? フレイ先生とルテア皇妃――母上がいた修道院もそうじゃなかった?」


 イクス教では女神と共に、彼女に仕えた十三聖人も信仰の対象となっている。祭壇の手前に少し小さな像がある。十三聖人の一人慈母エレンティーヌだ。ふくよかな肢体の、慈愛に満ちた表情の女性が片手に赤子を抱き、もう片方で幼児と手を繋いでいる。




「はい。レイローグ女子修道院は、王国時代は慈母エレンティーヌの名の元に、行き場のない親子や孤児を保護するための施設でした。今もその性格を引き継いでいて、家族からの暴力や望まぬ妊娠に悩む女性、それから孤児となった少女などを受け入れています。――私たちもそうでした」

 

 以前、フレイから聞いたことがある。下級貴族である両親を流行り病で失ったルテアは、遠縁の先代アーシェント伯爵を頼ったが、厄介事を嫌った伯爵の手で修道院に送られたのだと。衣食住には困らなくとも、貴族令嬢としての華々しい未来は断たれたも同然だった。


 対してフレイは、祖国の戦乱から逃れるため、彼女の母と共に帝国の修道院に辿り着いた。心労がたたったフレイの母は程なくして亡くなってしまい、その直後にルテアが修道院にやって来たのだという。




「私たちはすぐに仲良くなり、親友であり姉妹同然となりました。故郷と母を亡くし、泣いてばかりの私を救ってくれたのはルテアでした。当時他には子供がいないこともあり、私たちは修道女に可愛がられ、自然豊かな土地で大切に育てられました」


「宮廷で聞く話とはちょっと違うね」


「貴族の方々にとってレイローグ修道院は、継承争いに負けた皇女が送られる、孤島の牢獄も同然なのでしょう。でも私たちにとっては、子供だった私とルテアを大切に育んでくれた、ゆりかごのように安らぎに満ちた場所でした」




 ルテアは十六歳の時、アーシェント伯爵の呼び出しを受け、第一皇妃の侍女となった。やがて皇帝の目に留まり、ルテアは第三皇妃となってグリスウェンとカレンディアの二児を設ける。


 今も語り継がれる、身寄りのない少女の出世物語だが、その終わりは残酷だった。カレンディアを産んだものの産後の肥立ちが悪く、まだ二十代前半の若さでルテアは亡くなってしまう。




「あの子は自分も過酷な運命を背負いながら、そんなことはまったく感じさせない、太陽みたいに明るい女の子でした。死んでしまっても、それは変わりません。――私にとってあの人は、昔も今も人生を照らし続ける太陽なんです」


 とうとうと語る、女性としては少し低いなめらかな声がカレンは好きだった。歌は苦手だとフレイは恥じらうが、彼女の歌う聖歌は子守歌のように優しい。その慈母の愛のような深みには、十七歳のカレンではまだまだ到達できそうにない。



 フレイは慈母像と同じ眼差しでカレンを見つめている。カレンを通して、今は亡き親友の姿を見ているのだろう。ロウラント曰く、フレイは自分とディアを完全に同一人物だと信じているらしい。それを聞くまで、その我が子を見守るような眼差しに、罪悪感から居たたまれなくなることもあった。けれど今なら、フレイの気持ちを前向きに受け入れられる。


 フレイは修道女としての誓願を捨ててまで、カレンディアの元へとやって来た。幼い頃から修道院で慎ましく暮らしていた彼女が、暗い思惑に満ちた宮廷へとやって来るには、相当の決意がなければできなかったはずだ。宮廷はフレイから、大切な親友を取り上げた場所でもあるのだから。




「……フレイ先生。ありがとう、私の側にいてくれて」


「お礼を言うのは私の方です。ルテアが亡くなり絶望に沈みかけていた私を、あなたという存在が救い上げてくれたのですから」


「私だってロウラントだけだったら、今頃胃痛でどうにかなってたかも」

 本人がいたら、それは自分の台詞だと睨まれたところだろう。




「ロウラント様は気難しくはありますが、誠実な方ですよ。カレン様のことを心から気にかけています。……確かに私も最初はディア様の教育方針について、揉めに揉めましたけど」


「え? 先生とロウが!?」


「ええ、内緒ですよ」

 いたずらめかした笑みに、カレンもつられて吹き出す。




「――ああ、長話をしてしまいましたね。……嫌ですね、歳を取るとつい湿っぽい話ばかりしてしまいます」


 そういえばフレイはルテア皇妃の一歳年下と言っていた。今までの話から計算するに、おそらくは――。皺もシミもほとんどないフレイの顔を見やりながら、カレンは愕然と言葉を失った。











「――ではカレン様、少し失礼させていただきます」


「うん、いってらっしゃい」

 知己の司祭に挨拶に行くというフレイを見送り、カレンは手近な長椅子に座った。


 慈母像の前で若い夫婦が跪き、両手を組んで一身に祈りを捧げている。慈母エレンティーヌは出産と母子の守護聖人としても知られている。祈りを捧げる妻の方はお腹が大きかった。


 カレンは昔、母と安産祈願へ神社に行ったことを思い出す。こういった慣習はどこに行っても変わらないのかもしれない。母の願いは結局叶わなかったが、一身に祈る母の穏やかな横顔は覚えている。特別な美人ではない平凡な人だったが、あの時の母は誰よりも美しかった。




「偶像……」

 アイドルの語源であるその言葉は、事務所の社長から教わった。夢と希望の化身、偶像アイドルたれと。


「――おや、難しい言葉をご存じですね」


 ふいに隣から声をかけられ見上げると、薄墨色の簡素な衣装をまとった男が立っていた。

 聖職者姿の男は「座っても?」とカレンに問いかける。カレンは長椅子の場所を少し開けて、男に譲る。




「他国では偶像崇拝を禁忌としている所もあるのですよ。唯一の神以外に祈りを捧げてはならぬと」


「では、どうしてイクス教では聖像に祈るんですか?」

 素朴な疑問をぶつけると、男はふむと考え混む。


「例えば新しいドレスを身にまとった時、お気に入りの靴を履いた時、それにふさわしい美しい所作を心掛けませんか?」


「あ! それわかります」

 キレイな物、カワイイ物を身に着けるときは、とびきり完璧な自分でありたい。あの背筋がピンと伸びるような、わくわくと緊張が入り混じった感覚が好きだ。




「本来ならボロをまとっていても、そうあるべきでしょうが。己の心掛けのみで、清く在ろうとすることは難しい物です」


「確かに……」

 部屋で毛玉付きのルームウェアを着ていると、いつの間にかコタツでゴロゴロしたくなってくる。


「祈りもそうです。何かわかりやすい、形ある物を通じる方が自覚が強くなり、己の心と向き合えるのだと思います。『形から入る』というやつでしょうか。私の勝手な解釈ですけどね」

 

 男は両手を広げて軽く笑って言う。その声の響きは奥行きがあり、耳に染み入るように優しかった。大仰な身振り手振りは舞台役者のようで、聖職者らしい質素な身なりをしていても、妙に華がある。




「面白いお話ですね」


「こんな年寄りの世間話に付き合ってくださるとは、お噂通りの興味深い皇女殿下であらせられる」


「え……?」


 カレンはまじまじと目の前の人物を見つめる。あまりこれといって特徴のない人物ではあるが、これでも人に関する記憶力だけは自信がある。しかしどうしてもその顔に覚えがなかった。


「申し訳ありません。どこかでお会いしたことがあったでしょうか?」


「いいえ、殿下とは初対面です。でも私たちは互いの存在をよく知っていると思いますよ」


 男は胸に手を当てて礼を取る。

「申し遅れました。私はレスカ―・ティーエ・デ・ヴェクスタ。姪がお世話になっております」

 

 聖職者、デ・ヴェクスタ、姪――。

 頭の中でパズルが組み上がるように、男の正体が露わになっていく。




「――……大司教、猊下ですか?」


「はい。お初にお目にかかります、カレンディア皇女殿下」

 

 カレンは思わぬ人物との邂逅に息を呑んだ。







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