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元地下アイドルは異世界で皇帝を目指す!  作者: 烏川トオ
第1部 2章 クロス・フェード
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40、不吉な知らせ




 慌てた様子で顔を出したのは、フレイだった。しばらく前にも彼女のその表情を見たことがあったのいで、嫌な予感を覚える。


「――カレン様。正宮殿から侍従官がいらしています」


 それは皇帝直々の要件を携えて来たということを意味していた。


「……通して」

 カレンは緊張をみなぎらせ固い声で応じた。






 しばらくすると、初老の男が沈痛そうな面持ちで現れた。

「カレンディア皇女殿下……夜分に失礼をいたします」


「いったい何事ですか?」

 深々と礼を取る侍従を急かすように問う。


「実は……グリスウェン殿下が騎士団の任務中に負傷されました」


「兄上が!?」


 カレンは頭を抱えたくなった。先月はイヴリーズ、今度はグリスウェン。自分たちの周りでいったい何が起きているのか、不安が込上げる。




「すぐにお見舞いに行きます。兄上は離邸の方にお戻りなの?」


「いいえ、カレンディア殿下はこの場で待機するようにと、陛下から言付かっております」


「どういうこと?」


「グリスウェン殿下とはお会いになれる状態ではありません。……重傷を負われ、いまだ治療中です」


「嘘……」


 思いがけない言葉にカレンは声を失い、茫然と立ち尽くす。




「グリスウェン殿下の傷はどの程度なのですか?」


 ロウラントがカレンに代わり問うと、侍従は気遣うように目配せする。


「……教えて」


 かすれた声でどうにか言葉を返すと、侍従がためらいながら告げた。


「背中に深い刀傷を負われ、医師の見立てではおそらく肝臓に達していると……」


「肝臓か……。治療に当たっているのはイヴリーズ殿下ですね?」


 ロウラントが苦々しい声で小さくつぶやいた後、再び侍従に尋ねる。


「はい」


 その言葉にかすかな希望が灯る。イヴリーズは他人の傷を治す、『祝福』という魔法のような力を持っている。歴代の皇族にも同じ力を持つ者は数名いたが、その中でもイヴリーズの能力はとても高いと聞いている。




「治るんでしょう?」


 侍従はカレンの問いに答えず、視線を伏せた。


「……お呼びがかかるまで、すぐお越しになれる支度を整えてお待ちください。――皇女殿下、どうぞお心を強くお持ちください」


 言葉を発することのできないカレンを残し、侍従は去っていた。部屋の中に沈黙が落ちる。




「――フレイ先生、殿下の仕度を」

 最初に我に返ったのはロウラントだった。


「は、はい」

 促されて、青ざめていたフレイが準備のために部屋を出ていく。


 カレンは近くにあったソファへと、崩れ落ちるように腰を下ろした。


「殿下、いつでも行けるように着替えてください」


「――どうして?」


 カレンは目の前にあった、ロウラントの袖にすがるように掴んだ。


「だって姉上が治療してるんでしょ? 私が行っても、何もできないじゃない? 何で準備をしないといけないの!?」


 叫ぶカレンの前でロウラントが膝を付き、しっかりと視線を合わせる。


「よく聞いてください。もし万が一治癒がうまくいかなければ、最後にグリスウェン殿下の側にいるべきなのはあなたです。二親を同じくする唯一の妹なのだから」

 

 ロウラントの袖を掴む手が力を失い、するりと落ちる。グリスウェンの死を看取る覚悟をしておけと言われたも同然だ。




 カレンは最初に会った時から、グリスウェンのことが大好きだった。騎士らしく毅然とした態度と公正な性格でありながら、その実は陽気で冗談好きな楽しい人だ。


 兄妹の母ルテアはカレンディアの出産時に亡くなっている。考えようによっては、妹が母を奪ったようなものだ。しかし彼はそんな恨みつらみを一分も見せず、亡くなった母や距離の遠い父の代わりであるように、いつもカレンのことを気にかけてくれていた。


 ようやく得られた、何の見返りも求めずただ愛情を注いでくれる家族。その彼が今失われようとしている――。




 寒気にも似た恐怖に、カレンは己の身を掻き抱く。


「……やだ」


「そんなことを言っている場合ではありません。しっかりしてください」


「いやっ!」 


 体の奥底から湧き上がる恐怖に、がくがくと震える体が制御できなかった。目を見開いたまま子供のように頭を抱えて身を縮こませるカレンに、さすがのロウラントも驚愕している。


「殿下……?」


(怖い……怖い……っ)


 どろりとした黒い感情が心を蝕んでいく。いっそ目も耳も塞ぎ、もう何も考えたくなかった。

 



 その時だった。二の腕にロウラントの手が添えられ、ぐっと握られる。


「殿下、立ってください」


 子供のように頭を振ると、ロウラントの手の力が強くなった。視線を上げると、濃紺の瞳が射貫くような鋭さでカレンをひたと見つめていた。


「――立て」


 低く静かだが、鞭のように鋭い声にカレンは凍り付く。




 ロウラントは冷ややかにカレンを睥睨した後、無理やりカレンの腕を掴み上げる。意志を無視され、半ば吊り上げられるように立たされた。そのあまりに横暴な扱いに、カレンの中に恐怖を超える怒りが込み上げてくる。


(こんな時くらい、優しくしてくれてもよくない!?)

 

 その考えを読んだように、感情のない声が返ってくる。


「将来皇帝になると豪語した方が、これしきのことで動揺しないでください。今までいったい何を学んできたんですか?」


 カレンは腕にかかるロウラントの手を振り払おうとしたが、ぴくりとも動かない。悔しさに睨み返すが、彼の冷徹な表情は少しも変わらなかった。




「……うるさい。ロウに何がわかるの?」


「わかりませんよ。俺の知ったことでもない」


 あまりの言い草にカレンは返す言葉を失い、自然と空いている方の拳に力が入る。


 腹立ち紛れにロウラントの体に拳を叩きつけたが、わずらわしそうに顔をしかめられただけだった。それがまた余計に腹が立たった。もう一度振り上げた手はあっさりと掴まれ、完全に動きを拘束される。


「いい加減、子供みたいな真似――……っ!」


 後ろに仰け反り勢いのまま彼の体に頭をぶつけてやると、ロウラントが息を詰まらせ、両手の拘束が弱まるのがわかった。


 無礼な従者の意表を突いてやったことで、少し溜飲が下がる。カレンはロウラントの胸に額を埋めたまま、顔を伏せ鼻で笑った。




 振り払う気になれば、離れられたかもしれない。しかし疲れと、衣服越しに伝わる体温が思いがけず心地よかったこともあり、そのままロウラントにもたれ掛る。思っていたより厚みのある固い体に、これではびくともしない訳だと納得する。


 その体が沈み、諦めたように息を吐くのがわかった。やがてカレンの両腕を掴む手が離れ、ゆっくりと背に回される。引き寄せられると自然と肩口に頭が乗った。


 ……なぜか妙にしっくりくるのが腹立たしい。どうせそっちの方は堅物だろうと舐めていたので、この状況に動じていないのが少し意外だった。




「……手慣れてない?」


「馬鹿言わないでください。さすがに、よその女性にはこんなことしませんよ」


 苦々しい口調で言われ、カレンは首をかしげる。


「それって私が『よそ』じゃない、唯一無二ってこと?」


「ご自分が『女性』の範疇に入ってないとは考えないんですね。……まあいいです。殿下にいつもの調子が戻ったなら、何でも」


 投げやりに言われて釈然としないが、確かにそれどころではない。




 ロウラントはカレンをあやすように、その背を軽く叩く。厳しさと優しさで感情を揺さぶってくるあたり、そっちこそ人のことを言えないだろうと思う。むしろ手口が本当に悪どい。


(タチ悪……でも――)


 それはそれとして、じんわりと伝わって来る体温や、彼が身にまとう森林を想わせる香りは心地よく、カレンは顔を埋めるように鼻をすんすんと鳴らす。「犬か……」と小声で失礼なことを言われたような気がしたが、聞かなかったことにした。




 ロウラントは言い含めるように語る。


「いいですか? さっきのはあくまでいざという時の話です。まだグリスウェン殿下が亡くなると決まったわけではありません。らしくもなく、絶望する段階じゃないでしょう?」


「でも兄上はひどい怪我なんでしょ? 傷が内臓にまで届いてるって――お母さんの時と同じだ……」


 カレンは目の前に肩口に顔を寄せたままつぶやく。


「ルテア皇妃が亡くなった原因は産褥熱です。あれは治す手立てのない病のようなもので、グリスウェン殿下の今の状況とは違います」


「そうじゃなくて、私のお母さんの話……」


「『ハルミヤ・カレン』のですか?」

 顔を上げたカレンはこくりと頷いた。




 陽炎のように、おぼろげに脳裏に浮かび上がる光景。カレンにはどうしても忘れられない記憶があった。アイドルとして活躍できるようになっても、突然異世界に送り込まれても、それは消えることがなかった。


「恐慌状態になった原因はそれですか……」

 ロウラントが天井を仰ぐ。


「――その話を聞いてもいいですか?」


 もう一度うなずくと、ロウラントはカレンを促しソファに並んで座った。







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