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元地下アイドルは異世界で皇帝を目指す!  作者: 烏川トオ
第1部 2章 クロス・フェード
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38、訪問




 イヴリーズの住まう離宮は、カレンの感覚だと学校の校舎二棟分ほどの大きさがあった。白鳥宮という名の通り、世間から『聖女』と呼ばれるイヴリーズに相応しい、荘厳でありながら、無駄な装飾のない白亜の宮殿だ。さらにその周囲を取り囲む庭も含めば、広大な広さになる。


 対してカレンの住まいは、あちらの世界によくある建売住宅が五、六軒分ほどの大きさ。カレンの感覚からすれば十分に豪邸だが、イヴリーズの宮殿を目の当たりにすると立場の違いを思い知らされる。同じく七家門を後ろ盾に持つミリエルの離宮も、ここと同程度の規模と聞けばなおさらだ。




 その日、カレンはミリエルと共にイヴリーズの屋敷を訪ねていた。夏に盛りを迎える百合が見頃だからという理由で、イヴリーズが誘ってくれたのだ。


 イヴリーズに先導されたカレンとミリエルは、白やピンクの大輪の百合が揺れる庭園をそぞろ歩く。軽く汗ばむほどの陽気だが、風が通り抜けると涼しい。ルスキエの夏は『元の世界』よりは過ごしやすそうだ。


 三人が歩く後方をイヴリーズの侍女たちが付いてくる。距離はあるので、ほぼこちらの会話は聞こえないはずだ。今日は花見というのは建前で、別の目的があった。




「では結局、事件の首謀者はわからないのですね……」

 ミリエルが扇で口元を隠しながら、小声で言った。


「ええ。実行犯について、周囲の住人は口を揃えて知らない顔だと言ったそうよ。死体に残された武器や衣服にも、これといって身元がわかりそうな物もなかったし、事件の首謀者を割り出すのは難しいかもしれないわ」

 



 一か月ほど前に、イヴリーズとグリスウェンがお忍びで貧民街の視察に行き、不審な男から襲撃受けた。不幸中の幸いだったのは、切りつけられたイヴリーズは軽傷で、下手人はその場でグリスウェンに打ち取られた。


 明らかに自分の顔を確認して襲ってきた、というイヴリーズの証言により、皇太子候補の命を狙った犯行として扱われることとなった。身元不明の男が、一人で企てた犯行とは考えにくい。真の首謀者が宮廷に潜む可能性が考慮され、最初はごく少数の人間にのみ、事件のあらましが伝えられた。


 しかし、どういう訳か襲撃事件の話は密かな噂として、やがて宮廷中に広がっていった。結局、宮廷から正式に発表されたのは事件から二週間後のこと。その頃にはイヴリーズの傷はほとんど癒え、彼女は事件について興味本位で探りを入れてくる人々に辟易していた。




 事件から一か月が過ぎた今となっては、ほとんど話題にすら上らない。どこぞ夫人が舞台俳優と浮気しただの、さる貴族が賭け事で財産を失っただの、面白おかしいゴシップは次々に宮廷へ飛び込んで来る。退屈で変化の少ない日常を送る貴族たちは、常に真新しい話題を好むものだ。


 とはいえ、被害者であるイヴリーズはもちろん、同じ皇子皇女のカレンたちからすれば済んだ話として、終わらせるわけにはいかない。必ず犯行を画策した真犯人がいるはずなのだ。また第二、第三の襲撃があるかもしれない。




「正直に言いますと、わたくしは最初にお爺様を疑いました。……ただ、お爺様は事件の話を聞いて相当驚いていました。私の護衛の数も増やされましたし。まあ、あのお爺様ですから、演技でないとは言い切れませんが」


 ミリエルは軽くため息をつく。タヌキじじい、と揶揄されるトランドン伯爵ならあり得ない話ではない。




「でも、不思議なのよ」

 イヴリーズは眉を寄せて言う。


「あの日貧民街に行くことは、突然決まったことなの。スウェンとは前々から相談はしていたけど、あの日の前日に突然休暇の許可をもらえたから、急遽実行することにしたの」


 スウェンの職場はカレンもあの日の早朝に尋ねた。宮殿内に本拠地を持つ帝都守衛騎士団のことだ。似たような立場だが、半分お飾りの近衛騎士団とは違い、実力主義の精鋭揃いと聞いている。グリスウェンも騎士団では皇子として特別扱いされることはなく、訓練も日々の生活も他の騎士同様に行っている。




「騎士団で急な休暇ってよくあることなの?」


「あまりないでしょうね。ただあの日は郊外で演習の予定が、食料班に食中毒者が出たって理由で取りやめになったらしいのよ。調べたら確かに事実だったわ」


「そもそも、貧民街に行く計画を知っていたのは誰ですか?」


「私とスウェン、それに私の従者のジュゼだけよ」


「失礼ですが、その従者の身元は――」

 イヴリーズは毅然と首を振る。


「ジュゼが信頼できないのなら、私は誰も側に置けないわ。そのくらい全幅の信頼を置いているの。彼女は元々は修道騎士団に所属していたのよ。あそこでは女性は正騎士の叙勲を受けられないから、私の元に呼び寄せたの」


「修道騎士団に所属していたのなら、身元は信頼できそうですね」


 修道騎士は生涯家族や私財を持つことなく、己のすべてを創造主たる女神に捧げる誓願を立てる。入団には司教以上の推薦が必要な上、本人にも相当の覚悟が必要とされる。




「情けないわね……お茶会で偉そうなことを言っておいて、まっさきに私が狙われるなんて」

 いつもの自信に満ちた様子が鳴りを潜め、イヴリーズ本気で気落ちしているようだ。


 しかし、カレンはイヴリーズの話に不自然な点を感じる。なぜならカレンは、イヴリーズが貧民街の現状を知りたがっていたことを知っている。お茶会の終わりの間際に、グリスウェンと堂々と会話していたからだ。


 あの時のカレンはそれどころではなかったので、事細かな内容までは覚えていないが、少なくとも話は聞いていた。イヴリーズたちも妹には特に隠すつもりはなかったのだろう。そしてカレンが知っているということは、ミリエルも知っているだろうということだ。


 宮廷や騎士団の事情に詳しい人間なら、急な計画の変更にも対応できるかもしれない。実行日が分からなくても、近々貧民街をイヴリーズが訪れるという情報だけでも握っていれば、暗殺者を潜伏させておくことはできる。貧民街は狭い区画ではないようだが、いかにも優しい皇女が気にかけそうな、子供や病人が集まるような場所に辺りをつけることはできるはずだ。




 カレンはそっと隣を歩くミリエルを伺う。冷静で聡明な彼女らしく、イヴリーズと言葉を交わしなら、あれこれと考え込んでいる様子だ。事件について真面目に思考を巡らせるその姿勢に、疑うような点は見受けられない。

 

 ふとイヴリーズと視線が合った。カレンの戸惑いに気づいたのか、かすかに苦笑を浮かべる。その顔を見てカレンも確信した。やはりこの場はそういうことなのだ。


 イヴリーズの目的は花見でも相談でもない。姉妹が犯行に関わっていないか、直接言葉を交わすことで探りを入れたかったのだ。疑うためというよりも、関係がないことを確定付けるために。

 

 イヴリーズを恨むつもりはない。これはお茶会で誓い合ったように、自分の陣営を制御しつつ、己と兄弟姉妹きょうだいの命を守るための行動だ。






 カレンは素知らぬ振りで話題を変える。

「騎士団と言えば、兄上は最近忙しいのかな? 全然会えないんだよね」


 イヴリーズが憂いの表情で視線を落とす。

「そう……カレンにも会わないのね。私もよ」


 さすがに事件直後の見舞いには行けたが、あの時もグリスウェンに怪我はないというのに、ひどく顔色が悪く疲れているようだった。『たいしたことはなかったから、心配するな』という割には、何か思い耽る様子が気にかかった。




「犯人を斬ったのは、兄上だったんだよね?」


「ええ。今までもならず者との小競り合い程度の経験はあったでしょうけど、実際に人を手にかけたのは初めてだったかもしれないわ」

 帝都守衛騎士団は、その名の通り帝都の治安維持が主な任務だ。


「心労をカレンに見せたくないのかもしれないわね。私のせいで酷いことに巻き込んでしまったわ」


「姉上を助けるためなら、きっと兄上だって後悔していないよ」


「それでも、私の浅慮な行動が原因なのは間違いないわ。……ごめんなさい。あなたたちにももっと早く謝るべきだったわね」


「そんなこと気にしなくていいよ」

 やり方が少々強引だったが、弱者を救うために現状を見たいと思うイヴリーズの気持ちは、カレンも賛同できる。




「そもそもお兄様も悪いのです。最初から皇子らしく近衛騎士団に入ればよかったのに」

 ミリエルが辛辣な口調で言う。


 歴代の皇子らも騎士団に所属することが多かったらしい。しかしミリエルの言葉通り、主に貴族子弟で構成され、平時なら式典や行幸を華々しく飾ることを主な任務とした、近衛騎士団に属するのが普通だ。


「近衛だったら、今回みたいな作戦で多忙になることはなかったはずです」


ミリエルの言葉にイヴリーズが困惑する。

「作戦って何?」


「あら、イヴお姉様もご存じなかったのですね」

 優秀な姉よりも先んじた情報を持っていたことに気をよくしたのか、ミリエルが得意げに笑う。


「人身売買組織の殲滅ですよ。かなり大規模な組織で、傭兵崩れの荒くれ者が関わっているとか。隠れ家の目途がついたので、これを気に組織を一掃するつもりで、騎士団が動いているらしいですよ」


「へー、ミリーはくわしいね」

 軍事に関する機密は、皇族でも簡単に得られるものでないはずだ。




 カレンの心からの感心に、ミリエルはさらに気を良くする。

「情報は最大の武器ですよ、カレンお姉様。そんな悠長な様子では、やはり皇太子争いから早々に脱落するのはあなたのようですね」


「またまた。そうなったら寂しい癖にぃー」

 さすがに付き合いも三ヶ月近くに及ぶと、この妹の憎まれ口が構って欲しさから来るものだとわかる。


「寂しいわけがないでしょう!?」




「ね、ねえ、ちょっと待って!」

 イヴリーズがじゃれ合う姉妹を制するように言う。


「その作戦にスウェンは参加しないわよね?」


「それは……仮にも皇子なのですから、一応配慮はあるでしょう」


「そう、よね……」


「でもそれだけ大きな作戦があるのですから、事前準備にお兄様もさぞお忙しいでしょうね。――お二人とお会いにならないのは、心配性な姉や能天気な妹に構っている暇がないだけでしょう」

 

 それが言いたかったのかと、ミリエルの不器用な気遣いにカレンはにまりと笑う。思わず頭を撫でようとしたら、威嚇する猫のように手を叩き落とされた。




「はいはい、喧嘩しないで。そろそろ部屋に戻ってお茶にしましょう。うちの料理人のプディングは美味しいのよ」


「プディング!」

 ころりと表情を変え、目を輝かせる妹たちにイヴリーズが苦笑を浮かべた。







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