35、あばかれる時
夜明けから二時間ほどが経過し、いよいよ宮廷に報告すべきかと、カレンが腹をくくっていると、再びイヴリーズの侍女たちがやって来た。
今度はイヴリーズと同行していたはずの従者ジュゼットを連れていた。彼女は「カレンディア殿下にお伝えすべきことがあります」と告げた。
イヴリーズとグリスウェンは一緒に行動していること。
今はある事情により、宮殿へ帰れないこと。
そして、しばらくこの話は伏せておいてほしいとも。
寡黙な従者はそれ以上口を割る気はないようで、何を聞いても「その件に関しては、お話できません」の一点張りだ。
カレンの後ろに控えていたロウラントが前へ出て、険しい表情でジュゼットに向かい合う。
「――ジュゼット殿。くわしい状況が分からぬ上、カレンディア殿下に不利益が及ばぬ保証がないのであれば、我々にできることはありません。このお話は聞かなかったことにいたします。どうぞ、皆様と共にお引き取りください」
「ロウ!?」
にべもない言葉に、カレンは慌てる。
「くわしい事情も話せぬ……しかもカレンディア殿下まで連座する危険がありながら、そんな厄介な話を持ってくるとは、ずいぶんと都合のいい話だ。 それともカレンディア殿下なら、何かあろうと抗議する手立てはないと、侮られておいでか?」
「ちょっと言い過ぎ! 失礼でしょ!」
ジュゼットは無言のままだったが、ロウラントを見つめる眼差しが明らかに険しくなる。
ロウラントは少し口調を和らげて続ける。
「――とはいえ、主を想う気持ちは私も痛いほどわかります。……だから、せめてこれだけはお答えください。イヴリーズ殿下ご自身が我が主にこの話を告げるよう、貴公に言づけたのですか?」
ロウラントの質問にジュゼットの感情が動いたのがわかった。彼女はためらいつつも、無言のまま小さくうなずく。つまりイヴリーズは堂々と頼むことはできないが、この場をカレンに任せたいと頼ったのだ。
(姉上がくわしい状況を伝えないのは、やっぱり大きな問題が起こったから……?)
最初からイヴリーズの頼みとしてジュゼットに言付けなかったのも、最悪の場合、ロウラントが危惧するように、事情を知った上でカレンも加担していたという形を作らせないための配慮だろう。
「とりあえず、グリスウェン殿下がご一緒なら身の危険はないでしょう」
ロウラントに冷静に言われ、カレンも確かにと同意する。疑問は尽きないが、今自分にできることは限られている。
「――わかりました。しばらくは侍女のあなたたちで、姉上が部屋にいるように振舞って。もちろん、お茶会の誘いなんかは体調を理由にお断りして。外部はもちろんだけど、離宮の他の使用人にも知られないよう、食事もきちんと準備させてね。――できそう?」
侍女たちが互いをうかがうように、顔を見合わせる。やがて侍女頭らしき、少し年かさの女が「かしこまりました。おっしゃる通りにいたします」と返事した。
暇を告げる侍女たちを見送り、カレンは自分の離邸でその後の報告を待った。
やがて待ち望んでいた知らせは、意外な人物からもたらされる。夕刻になり正宮殿からの使者――皇帝直々の知らせを持って来た侍従官に、ある事実を告げられた。
昨日、イヴリーズとグリスウェンが貧民街で何者かの襲撃を受け、イヴリーズが負傷したと。
※※※※※※※※※※
それはジュゼットや侍女たちが、カレンの館を辞した頃のこと。
椅子に座ったまま、うつらうつらしていたイヴリーズは、窓から差し込むまだ淡い朝の光に目を細める。市井の朝は宮廷よりも早い。すでに街のざわめきが、三階にあるこの部屋まで聞こえ始めている。
衣擦れの音に視線向けると、まだ意識がおぼろげな茜色の瞳と目が合った。
「ああ、起きたのね。具合はどう?」
「ひさしぶりによく寝たせいか、むしろすっきりした」
寝台に横たわっていたグリスウェンがむりやり笑みを作る。その顔色はロウソクのように白い。
「……もう少し寝ていた方がよさそうだわ」
「お前は? 怪我は大丈夫か?」
「私のはかすり傷よ。たいしたことはないわ。……とはいえ、これをなかったことにはできないわね」
「さすがに宮廷にはばれているかな」
「あなたはともかく、私の配下たちは大騒ぎでしょうね。それとなくカレンに采配を任せるよう、ジュゼットには伝えたわ。……あの子は気が利くから、あなたが回復する程度の時間は稼いでくれると思うけど、いずれ父上からのお叱りがあるのは覚悟しないとね」
イヴリーズはわざといたずらめかして言った。
イヴリーズは外へ視線を向ける。開け放たれた窓からは帝都を一望できた。緩やかな丘陵の上にそびえ立つ、朝霧にけぶる宮殿も。
「……ねえ、あなたとランの三人でよく遊んだ、宮殿の北にある塔を覚えている?」
「ああ。よく厨房からくすねたお菓子を持ち込んで遊んだな」
「ちょっとここは似ているわ」
古びて人の手が入らぬ塔は、子供の隠れ家にぴったりだった。
窓から入りこむ風にイヴリーズは目を細める。
「あそこから見下ろせる光景は、いずれ全部私の物になるって思ってた」
「いや、思ってるどころか、よくそう宣言していたぞ」
「そうだったかしら?」
我ながら自信過剰で気の強い子供だった。口にすれば、グリスウェンは「今も変わらないだろう」と呆れそうだが。
「……さて、これからどうしようかしら?」
イヴリーズは手を組んで、体をほぐすように伸ばす。つい腕に怪我をしていることを忘れていて、引きつった痛みに顔をしかめた。縫合はしたが、少々傷は残るかもしれない。侍女頭に怒られるだろうかとぼんやりと考える。
「何もかも嘘で固めるわけにはいかないわ。少なくとも、私たちが襲撃されたことは事実なんだし。今後を考えれば、宮廷に報告しない訳にはいかないでしょう。あとは、あなたの状況をどうやって誤魔化すか――」
「イヴ……」
グリスウェンが寝台の上で半身を起し、激しく咳き込んだ。やはり体調は万全には程遠そうだ。
「まだ寝てなさい」
「……頼みがある。嘘の前に真実を教えてほしい」
酷い顔色だったが、その瞳に宿る眼光は鋭い。
悲壮な覚悟に、イヴリーズは言葉を詰まらせた。




