33、庶子
「あの人は一応俺の父親です。知りませんでしたか?」
帰りの馬車の中でロウラントはしれっと答えた。
思わずフレイと顔を見合わせていると、ロウラントはバツが悪そうに言う。
「言ってませんでしたか? てっきり先生辺りから聞いているかと……」
「私もロウラント様の父上が、大貴族であることは小耳に挟んでいましたが、誰とまでは存じませんでした」
フレイの言葉に、ロウラントは難しい表情で腕を組む
「……つまり殿下。そういうことです」
「説明が雑過ぎ! 身内なら身内って、その場でちゃんと紹介してくれなきゃ――」
カレンはそこではっとする。
「ああ! じゃあダリウス卿が言ってた身内って……」
ロウラントは身内には情が深く、それゆえカレンと相性がいいだろうと、公爵に言われたことを思い出す。
「私のこと!?」
「……皇帝陛下とレブラッド公爵は従兄弟同士なので……まあそういうことです」
つまりロウラントとカレンは又従兄弟同士ということになる。
「何でそういう大事なこと、もっと早く言わないの!?」
「というか、殿下と俺は確かに生物学的には血縁になりますが、少なくとも宮廷で堂々と公言できる立場ではないんです」
しぶしぶといった様子で、ロウラントは説明する。
「そもそも俺の産みの母は、父と婚姻関係を結んでいません」
「……そこはちょっと聞いた。庶子だと夫婦の間に生まれた子供より権利がないとか」
「ええ、だから俺は宮廷で貴族とも公爵の息子とも、名乗ることはできないんです」
「変なの。どんな生まれ方でも子供に罪はないでしょ」
「確かに庶子が蔑まれるのは、イクス教の教義に基づいた因習ではありますが、合理的理由もあります。正嫡との権利の違いを明確にしなければ、人員や財産が分散しかねない。国家を支える名家を存続させるためには、必要なことでもあります。それは当然のことで個人的には不満はありません」
カレンはむぅっと口ごもる。確かにロウラントが納得しているなら、口を挟むことではないのだろうが……。
「心配しなくても、俺はそれほど不遇な立場ではないですよ。こうして皇女殿下の従者になれたわけですし。今の俺はレブラッド公爵の伝手を利用できる立場で、家門に対するわずらわしい責任もない。これはこれで気楽なものです」
「じゃあ、レブラッド家はロウの異母兄弟が継ぐってこと?」
「いえ、公爵に正嫡の子供はいません。あの人は奥方を早くに亡くして以来独り身なので」
「それでもロウは跡継ぎにはなれないの?」
「庶子を正嫡とする手続きが取れないわけではないですが、おそらく公爵は遠縁の誰かを次代に指名すると思いますよ」
「そうなんだ……」
存在を無視されているようで、やはりカレンとしてはいい気分になれない。
「正直ほとんど関わりのない、公爵家を継げと言われる方が困ります。ましてレブラッドは大臣職も担っていますから」
「うん、それは困るかも。ロウは将来、私の宰相になってもらう予定だし」
カレンは気を取りなして少し笑うと、ロウラントも口の端を持ち上げる。
「はい。大臣職と兼任では何かと不都合があります」
「お二人には本当に迷いがないのですね……」
フレイは微笑ましい物を見るような眼差しを向けるが、自分とロウラントは大真面目だ。
思い立ったら即行動のカレンと、冷静で思慮深いロウラントとでは、性格が正反対だが共通点もある。彼も自分も相当な自信家だ。これも実は同じ血を引くからなのだろうか。
「身内なら身内って、せめて教えてくれてもよかったのに……」
「そんなに重要なことですか? それを言ったら皇家の直系である殿下は、元をたどれば七家門すべての血を引いていますよ。だいたいルスキエの王侯貴族は、婚姻による他国との政略婚を必要としませんから、姻戚が国内で完結してます。遠かれ近かれ皆親戚みたいなものですよ」
重大なこと以外、実は大雑把なロウラントらしい言い草だった。
「そういえば、レブラッド公爵はランディス皇子の伯父上でもあるんだよね?」
レブラッド公爵は第一皇子ランディスの後見人であったと聞いているが、彼は大怪我を負った末に、継承権を放棄している。
「そっか……ロウってイゼルダ皇妃の甥で、ランディス皇子の従兄弟でもあるんだよね」
「……ちなみに俺はイゼルダ様が苦手なので、あの方の側に近づくのは極力遠慮させてもらいます」
職務に忠実なロウラントにしては珍しい言い分に、色々あるんだろうなと、カレンは特に口を挟まなかった。
「後見をしてた皇子が継承権を放棄したのなら、レブラッド公爵は選帝会議では誰を支持するの?」
「あの人は元々事なかれ主義なんです。身内が皇子だったから後ろ盾になっていただけで、いまさら他の皇子皇女に肩入れはしないと思いますよ。それに公爵は若い頃、皇帝陛下の従者でした。それこそ家のしがらみがなければ、宰相にもなり得た立場です。だからこそ皇帝の子の内、誰か一人を贔屓はしないんじゃないでしょうか」
選帝会議まで、皇帝自身は候補者の誰かを優遇することはない。その元従者が自身の身内ならまだしも、他家と関りが深い皇子皇女を支持するのは、確かに障りがあるかもしれない。
「なあーんだ。いい人そうだし、私を支持してくれないかと思ったんだけど」
「残念ながらレブラッドは家格こそ高いですが、トランドン家やデ・ヴェクスタ家のように、羽振りがいいわけでも、特別な人脈があるわけでもありません。どのみち当てにならないと思いますよ」
「名門貴族にもいろいろあるんだね」
「とはいえ、彼は外務大臣でもあるので、少なくとも外国の要人との繋がりは多いはずです。親しくしておけば、伝手づくりには損はないかもしれませんね」
「ロウはホントそういうとこ打算的だよね……」
父親ですら、戦略の駒にすることを躊躇しないらしい。
「使える物はこの際、身内でも何でも使いますよ」
「じゃあ、さっきの手紙のルヴェラさんとやらも身内?」
ロウラントは少し驚いた後、諦めたように言う。
「……『ルヴェラ』は確かに身内ですが、正直あまり詮索されたくはありません」
拒絶というより懇願するような声音に、カレンの方が気まずくなる。
「ごめん……もう聞かない」
「いえ、職務中に妙な行動をした俺が悪いんです」
カレンは重くなりかけた空気を取りなすように、わざと冗談めかして言う。
「でも意外。ロウにもちゃんと家族がいるんだね」
ロウラントがむっとしたように眉根を寄せる。
「あたりまえでしょう。人を何だと思ってるんですか。木の又から生まれたわけであるまいし……」
「だってロウって今まで家族とか過去とか、一切匂わせなかったじゃない。てっきり勘当されたとか、家出してきたとか、そんな感じかなあって……――」
ロウラントが驚愕の眼差しでカレンを見つめてくる。冗談にならなかったことを悟り、青ざめる。
「……本当にゴメンナサイ」
「いいんですけど殿下、それは気を付けた方がいいですよ。勘がいいのは悪いことではないですけど、うかつに言葉にするのは賢明とは言えません」
「はい」
素直に頭を下げたせいか、ロウラントは毒気を抜かれたようにカレンを見やる。
「あとさっきの……つまり、その、家出の方なので気にしないでください」
なぜか少し照れたように言うロウラントは言う。
「家族が嫌になったわけではなく、環境を変えたかっただけで……よくある十代の頃の勢いというか、若気の至りというか……」
(……中二病ってやつかな)
なぜか歯切れの悪い語り口調にも納得がいった。ロウラントは公爵家とはほとんど関りがないと言っていた。彼の母方の生家の話かもしれない。
(シングルマザーの母親の元を威勢よく家出したのはいいけど、結局父親の伝手を頼って就職ってところかな……)
『元の世界』では、まして芸能界では掃いて捨てるほどよくある、二世のパターンだ。
カレンは吐息で笑う。
「ロウって、結構おぼっちゃん気質だよね?」
「……返す言葉がないのは事実ですが、大きなお世話です」
ロウラントは少し赤らめた顔を背けて言う。
「家のことは隠してたわけでなく、わざわざ主である殿下に聞かせるような話ではないから、語らなかっただけです。私事や家庭の事情なんて、他人からしたらつまらない話でしょう」
カレンは首をかしげる。
「そう? 私は社長に私的な話の愚痴とか、結構してたけどなあ。メンバーの子から相談されることもあったし、私は悪い気しないけど。――ロウだって、奥さんとかできたら愚痴とか零したくなるかもよ? そういう時は相談に乗るからね!」
腰に手を当てて宣言すると、ロウラントに心底嫌そうな顔でため息をつかれた。期待してはないが、可愛げの欠片もない態度だ。
ロウラントはふいに困惑の表情を浮かべる。
「……そもそも俺は独身と言った覚えはありませんが」
「え……?」
驚きのあまり茫然としていると、ロウラントから小馬鹿にした顔でふっと笑われた。カレンはからかわれたことに気づき、ロウラントを睨む。
「ホント性格わるっ!」
「お互い様です」
ああ言えばこう言うロウラントと不毛な口喧嘩をしていると、しばらく黙って見ていたフレイが憐れみの眼差しで言った。
「ロウラント様が将来、奥様との関係に問題を抱えるとしたら、それはお仕えしている主が原因でしょうね……」
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