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元地下アイドルは異世界で皇帝を目指す!  作者: 烏川トオ
第1部 1章 セカンド・デビュー
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28、知らない記憶

 



 それぞれの離宮へと戻る馬車を見送ると、馬車の中に入るよう促すフレイを制し、「少し歩きたいと」とカレンは言った。


「ここから離邸まで歩いたら日が暮れますよ」


「……じゃあ、森の出口まで。馬車を回しておいて」


「カレン様? どうかされ――」

 いぶかしげなフレイの言葉を待たず、カレンはすたすたと森の中を歩きだす。






「殿下!」

 ロウラントの呼び声に、カレンはちらりと顔を向けたが歩みは止めない。


「これを着てください」

 ロウラントがマントを差し出した。受け取って、歩きながらそれを着こむ。フードを被ると、夕暮れの迫る森の中がいっそう暗く感じた。


「日暮れまで時間がありません。もう少し早く歩いてください」


「ロウも一緒に来るの?」


「当たり前でしょう。あなたの護衛なんですから」


「……そうだよね。ロウはカレンディア皇女の従者だもんね」




 言葉に含まれる不自然な響きに、ロウラントは何かを察したようだ。

「何かあったんですか?」


 カレンは足を止めると、ロウラントに視線を合わせた。夕闇のように深い紺色の瞳が、ぎょっとしたように見開かれる。彼の瞳に映る自分は、それほど動揺した顔をしているのだろうか。




 カレンはずっと胸の中でざわめいていた疑問を口にする。

「……ロウは記憶って魂に宿ると思う? 体に宿ると思う?」


「はい?」


 全く想定もしていなかった質問だろう。しかしロウラントは首をひねりつつも、何となく感づいたようだ。


「……それは、もしかして何か思い出したんですか?」


「うん」






 カレンは帰る間際に見えた、湖での光景について話す。

「――それで、急に頭の中に三人の子供の姿が思い浮かんだの。釣竿を持って湖で遊んでた……」


「湖……さっきの湖で三人の子供が、ですか?」


「そう。三人とも同じくらいの年頃で、女の子が一人と男の子が二人。一人はよくわからなかったけど、後の二人はイヴ姉上とスウェン兄上だってすぐわかったの」




 ロウラントは口元を抑え、何かを考え混む。

「……それなら、もう一人はランディス皇子だと思います。あの三人はいつも一緒に行動していましたから」


「うん、兄上たちからもそう聞いた。あれはきっと、小さい頃のディアが見た光景だったんだと思う」


 カレンは自分の体を掻き抱くように、腕に爪を立てる。

これ以上考えるのが怖かった。何かとても恐ろしい答えにたどり着きそうで。だが、せり上がる疑問を、押さえつけることもできなかった。




「……殿下?」

 その異様な様子に、ロウラントは手を伸ばしかける。


「ねえ、何で!? おかしいよ! 何で私にディアの記憶があるの!?」


「落ち着いてください! それは――」


「記憶って体に残る物なの? ねえ、ロウ? だったら今こうやって考えてる私は誰なの?」


 口にして、カレンはぞっとする。ロウラントは相手の気持ちに疎い所はあるが、真摯な相手には誠意を尽くす。カレンの疑問をきっと誤魔化したりしない。――それが残酷な答えであっても。




 やがてカレンを見つめるロウラントの瞳が、痛々しい物を見るように伏せられる。これは憐みだ、と直感的に悟った。


「……俺に哲学的なことはわかりませんし、死後の魂や転生説を信じるほど敬虔でもありません。だから記憶は思考から生まれ、思考と魂は同一という前提で話します。その場合あなたがディア様の記憶を持つということは――」


 ロウラントは一息ついてから、覚悟を決めたように言った。


「あなたは……『ハルミヤ・カレン』という人間は、最初からカレンディア皇女だったということです」




 カレンは鼻で笑って、首を振る。

「……意味わかんないよ。私は確かに『春宮カレン』として、十七年間あっちの世界で生きてきたんだよ?」


「だから、その記憶の方がまがい物なんです」


「ディアの記憶の方が偽物かもしれないじゃん――」

 言って、カレンは矛盾に気づく。


「……そう、あなたが湖で見た記憶は本物です。他の殿下方がそう言っていたのでしょう?」


 今更ながら、『春宮カレン』の痕跡を証明できるものは、自分の記憶以外この世界のどこにもないことに気づく。自分の生きてきた証が全て幻だとしたら……。その場の地面が崩れ去るような恐怖に、足元がぞくりとする。




「じゃ、じゃあ待って……私があの世界での生きてきた記憶は、全部嘘だっていうの…? アイドルだったことも、友達のことも、お母さんたちの記憶も全部嘘なんて……」

 

 最寄り駅の発車メロディとか、石灰を含んだ校庭の風の匂いとか、買い食いした肉まんの火傷しそうな肉汁とか、事務所の誰も掃除しないロッカーの上の絨毯みたいになっている埃とか、ステージの上でリノリウムの床が軋む時の靴底の感覚とか。


 どうでもいい、でも細かいディテールまですぐに思い出せる、あのすべての記憶が全部、ウソ。




「あ、ありえないよ……」

 あまりに荒唐無稽な言い分にカレンは乾いた笑みをこぼす。


「俺も最初はあなたの話を信じかけました。あなたはあまりにもディア様とは別人だったし、あなたの言う異世界のことも作り話には思えなかった。でも今は正直に言って、あなたはカレンディア殿下その人以外の何者でもないと思っています」




 ロウラントの言い草に、今度は怒りが込み上げてくる。

「は? 何それ。何で今更そんなこと言うの! じゃあ、ロウは私のこと嘘つきか狂人だと思いながら、今まで話を合わせてたってこと!?」


「否定はしません」

 冷ややかな声できっぱりと言い切られ、カレンは愕然とする。


「ロウは、私のこと信じてくれてると思ってた……」


「俺は……」


 ロウラントは吐き捨てるように言う。

「……あなたの与太話など、信じたくありませんよ」


 嫌悪にも似た表情に、カレンは口元を押さえた。






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