26、お茶会3
ここにはいない、二人の兄。
第一皇子ランディスは七家門出身の母を持ち、本人も幼い頃より文武両道の優れた皇子だった。健在であれば有力な皇太子候補だったはずだ。
第三皇子ユイルヴェルトも、七家門ではないが古い名門貴族出身の母と、その親族の後ろ盾を持っていた。しかし不祥事により親族は失脚、さらに実母の事故死により狂乱状態になり、長兄ランディスを巻き込み館に火を放ったと言われている。
ユイルヴェルト本人は焼死、ランディスは命からがら館を脱出したが、酷い火傷と後遺症のため、もはや人前に出ることは叶わず、皇位継承権を放棄し宮廷を辞した。
「私は今でも、ユールがあんな恐ろしい事件を起こしたとは信じられないの。ましてランを巻き込むなんて……」
ユイルヴェルトは活発な兄姉たちとは違い、おっとりした優しい少年だったらしい。上の兄姉たちとも仲がよく、特にランディスを尊敬していたようだ。度重なる不幸に自暴自棄になっていたとはいえ、兄を巻き込んで自害したなど、確かに不自然だ。
「……イヴはあの二人が陰謀に巻き込まれたと思っているのか?」
困惑したように問うグリスウェンに、イヴリーズははっきりと言う。
「大司教やトランドン伯爵ならばやりかねないわね」
「そんな――!」
ミリエルは声を上げかけたが、すぐに口を噤んだ。言い返す言葉を持ち合わせてなかったのだろう。
「特にランは七家門を後ろ盾に持つ『皇子』よ。他の条件が同じならば、どうしたって男子の方が優位だもの。ユイルヴェルト皇子の凶行という形で、ランディス皇子も消える――できすぎた話だと思わない?」
「だがあの火事がユールの仕業だと言ったのはラン本人だ。俺も事件の直後、あいつの口から直接そう聞いた。ランはあの時、体は……酷い状態だったが、頭と意識ははっきりしていた。『ユールに呼び出されて館を訪ねたら、油をまかれ放火された』と。錯乱してありもしないことを言っているようには見えなかった」
イヴリーズは静かに首を振った。
「そうね。残念だけど、あれがユールの犯行であることは間違いないでしょう。でも心が弱った人間ほど操りやすいものはないわ。……そういえば、あの子の祖父君は莫大な借金を抱えていたわね」
ミリエルはっと顔を上げる。宮廷で金銭がらみのいざこざといえば、やはり高利貸しの親族と組み、宮廷を牛耳るトランドン伯爵の影がちらつく。
「それにユールの母君のティアヌ皇妃は、敬虔なイクス教徒だったと聞いているわ。教団の人間の入れ知恵があれば……どうかしらね?」
イヴリーズは自身の伯父すらも、兄弟の死に関わっているのではという疑念を抱いていたのだ。
「私やミリーの後ろ盾とはそういう連中よ。彼らはいざとなれば他の候補の暗殺も辞さない。スウェンやカレンだって狙われるかもしれない。逆にあなた達の才覚に可能性を見出し、私たちを亡き者にしようとする貴族がいないとは限らない。これからはきっとそういう争いになるわ」
イヴリーズの言葉が脅しでないことは、今ここにいる誰もが理解している。
実際、教団派にもトランドン派にも属せない、宮廷では日陰者とされている貴族達が、騎士として名高いグリスウェンを祭り上げようとする動きがあったと聞いている。グリスウェン当人がそういった人々から距離を置く姿勢を見せていたこともあり、大事には至っていないだけだ。もし彼が他の候補を蹴落とすことを厭わない人間であれば、今のような仮初の平穏すら保てなかったはずだ。
そして先日の舞踏会以来、カレンの元には大勢の貴族から、茶会への誘いがひっきりなしに来ている。贈り物の数も目に見えて増えた。
「継承権さえ放棄すれば、命を狙われることはないわ。私なら貴族たちの思惑に翻弄されはしない。あなた達の立場も守ってみせる。だから私に全てを託してもらえないかしら」
イヴリーズは力強い言葉と共に、手を差し伸べる。
確かにイヴリーズの言い分は筋が通っている。彼女の言う通り、十四歳の少女でしかないミリエルには祖父たちに逆らうほどの発言力はない。修道騎士団を味方につけたイヴリーズならば宮廷で軽んじられることもない。
あちこちで火種をくすぶらせておくよりは、圧倒的な力で押さえつける方が、平穏が保てることもあると、ロウラントから受けた歴史の講義でも学んだ。貧しき者への救済を訴えるイヴリーズなら、貴族に寄り過ぎず民からの信頼も得られるだろう。
だが……カレンは意を決して言う。
「でも、それって一つ心配があるよね?」
「どういうこと、カレン?」
「姉上がもし悪いことを企んでたら、誰も止められなくなるよ」
もしイヴリーズが皇太子になった後、約束を違え、他の兄弟姉妹を追放すれば、その時点では手も足も出ない。
「私を信じられないの?」
イヴリーズは目を見開く。本気で傷ついているのか、かすかに声が上ずっている。
「私、イヴ姉上のことは大好きだよ。姉上ならきっと将来いい皇帝になると思う。……でも、人は変わるの」
自分でも思いがけぬ空虚な声に、その場の空気が冷えたのが分かった。
「残念だけど、変わらないものはないよ。何か周りの状況が変わった時とか、不幸があった時とか。姉上だって、今とは考えが変わるかもしれないよ。その時に止められる力が誰にもなかったら、取り返しがつかないことになる」
真っ直ぐに自分を見つめるカレンディアから、先に視線を逸らしたのはイヴリーズだった。
イヴリーズは浮かされた熱が冷めたように、淡々とした声音で言う。
「……あなたの言い分はわかるわ。でも今の状況に危険が孕んでいることも無視できないはずよ。特にカレンには今宮廷中の注目が集まり始めている。あなたにとって悪いことではないでしょうけど、命を狙われる危険も伴うのよ」
「だが、今すぐカレンをどうこうということはないだろう」
そこでグリスウェンが口を挟んだ。
「多少周囲の見る目が変わった所で、カレンと俺が泡沫候補であることに変わりない。それに気を付けなければならないのは、暗殺だけとは限らない。……ユールとランは別に刺客に殺されたわけじゃない。身辺に気を付けた方がいいのは全員同じだ」
先ほどイヴリーズは、ユールヴェルトが何者かに焚きつけられ、凶行に及んだ可能性を示唆した。
「そうですね……荒事はともかく謀略を仕掛けるなら、むしろ人の出入りが多い、わたくしやイヴお姉様の近辺こそ隙が生まれやすいかもしれませんね」
ミリエルは何か思うところがあるのか、真剣な面持ちで言う。
グリスウェンは少し迷うように、考え込んでから言った。
「……実はな、俺はそろそろ皇太子候補から降りようと思ってたんだ」
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