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元地下アイドルは異世界で皇帝を目指す!  作者: 烏川トオ
第1部 1章 セカンド・デビュー
29/228

25、お茶会2



 イヴリーズの言葉に思考が止まる。

 

 四人の間には沈黙が落ち、そよ吹く風の音や、鳴き交わす小鳥の声がいやに耳についた。揺れる花々の周りを、舞うように蝶々が飛んでいる。そんな牧歌的な景色すら、質の悪い冗談のようにしか思えなかった。


 グリスウェンは目元を押さえたままうなだれ、ミリエルはティーカップを持ったまま硬直している。カレンもきっぱりと拒否すべきと頭では理解していたが、なぜか喉がこわばったように声が出てこなかった。


 穏やかな微笑をたたえたまま、身じろぎもしないイヴリーズに、カレンだけでなくグリスウェンとミリエルも完全に気圧されていた。目の前に広がる湖のように、水面は凪いでいるが、底の知れぬ恐ろしさ。皇帝に最も近いと言われる皇女の存在感に、カレンは息を呑む。




「そ、それは無理……かな」

 カレンは上擦った声で応える。この場を支配する緊張感に、気づかぬ振りをするつもりだったが失敗した。


「ああ、それは無理だ」

 はっとしたようにグリスウェンもカレンに続く。


「ミリーは姉上に賛成なの?」


「そんなはずないでしょう! いずれ皇帝になるのはこの私です!」

 それまで呆然としていたミリエルが、弾かれたように答えた。




「そうよね…そんな簡単にはいかないわよね」

 ふう、とイヴリーズが苦笑混じりのため息をつく。


「でも私も本気なの。私が皇太子になったら父上や宮廷に働きかけて、あなたたちを日陰者の身から解放してあげる。今までのような条件付きの特例ではなく、結婚や子供を持つことが自由にできるようによ。私にはその交渉力もあるわ」

 

 その声に嘘や迷いが微塵も感じられず、自信に満ちていた。





「わ、私にだってお爺様の――トランドン伯爵家の後ろ盾があります。宮廷で軽んじられることはありません!」


 皇子皇女の後見である母方の実家の権力は、そのまま皇太子としての発言力になる。イヴリーズを推すデ・ヴェクスタ公爵家は、遥か昔に皇族から枝分かれした分家であり、代々大司教と宗教大臣を世襲する名門。


 対して、現在の宮廷で最も存在感を持つのは、やはりミリエルの祖父である財務大臣トランドン伯爵だろう。彼には宮廷一の財力と人脈がある。




「そこが問題なのよ」

 イヴリーズが形のよい眉をひそめる。


「あなたにはまだ、お爺様である伯爵を御することはできないわ。トランドン伯の威を借りるならば、その意向を無視することはできないでしょう?」


「それは……」

 ミリエルはイヴリーズの指摘に瞬時に反論することができなかった。


 トランドン伯爵がミリエルを溺愛しているのは誰もが知っているが、それと彼がやっかいな野心家であることはきっと矛盾しない。孫を利用し道理に反する真似まではしないと、ミリエルは信じたいだろうが、他人からすれば楽観視できない。




「イヴお姉様だって、私と似たような立場でしょう?」


 ミリエルの言う通り、後ろ盾の傀儡になることを危惧するなら、イヴリーズにも懸念がある。イヴリーズの伯父である宗教大臣デ・ヴェクスタ公爵は、派手なことを好まない控えめな人柄と言われている。


 しかしもう一人の伯父である大司教は教団の権威を盾に、皇帝や宮廷に首を垂れるのをよしとしない、高慢な人物とされていた。さらに現皇帝の即位間もなく、徴税権など聖職者の特権のいくつかを剥奪されたため、互いの溝はさらに深まっている。


 姪が皇太子となれば、ここぞとばかりに政に介入してくるだろう。危険という意味では、トランドン伯爵とよい勝負だと思えた。




 ミリエルの指摘にもイヴリーズは涼しい顔だった。

「私は伯父上方の手を借りなくても、有力な協力者がいるから問題ないわ」


「……それは『修道騎士団』か?」


 固い声で尋ねたのはグリスウェンだった。釣りをしていた時の、陽気な彼からは想像もつかぬ、静かに発せられる怒気にぞくりとする。


「あら、知ってたの?」


「立場は違うが、騎士には横繋がりがある。……そういう動きがあるという噂は耳に入っていた。修道騎士の忠誠は、すでに大司教ではなくイヴリーズ皇女にあると。あくまで噂と思っていたが……」


「仕方のないことよね。大司教が世俗の権力に執着しているのは明らかですもの。神の教えに身も心も捧げた、厳格な修道騎士たちの心が離れていくのも当然だわ」




 修道騎士団――イクス教の修道士たちが皇帝や貴族に介入されることなく、神の教えを守るために設立した自警団が元となっていると習った。死をも恐れぬ彼らの忠誠心と練度は、帝国騎士をしのぐとも言われている。宮廷が教団の扱いに慎重になる理由の一つだ。




「なるほど。大司教に不信感を抱き始めた修道騎士たちに、女神の祝福を持つ『聖女』が付け入るのは、さぞたやすかっただろうな」


 グリスウェンらしからぬ皮肉な言葉に、さすにイヴリーズの表情も険しくなる。


「……何が言いたいの、スウェン?」




「わかっているのか? 武器を振りかざす意味が。円卓を挟んだ、貴族共の罵り合いとはわけが違うんだぞ!?」


「そこまで大それたことは考えていないわよ。とはいえ、結局最後に物言うのは純然たる力。――残念ながら武力よ。理屈や建前が役に立たない盤面があることは、騎士たるあなたが一番よくわかっているでしょう?」


「だからこそ言うんだ! 抑止力のつもりだろうと一度剣を握ったものは、死ぬまで離すことはできない。手放した瞬間、それまで剣を突き付けてきた相手に報復されるからな。お前にその覚悟はあるのか?」


「もちろん覚悟の上よ。そもそも私が詭弁を弄して、修道騎士を篭絡したとでも思ってるの? 彼らは自らの意志で正しい道を選んだの。神の意志に従う制約を立てたからこそ、盲目的に大司教に従うのではなく、新たな指導者を求めたのよ!」

 



 グリスウェンが苦々しい顔でかぶりを振る。

「……意味が分からん。その結果が世俗の長たる皇帝にならんとする、イヴリーズ皇女に忠誠を誓うことか?」


「そんなにおかしい? 元々デ・ヴェクスタ家に与えられた特権は皇家から賜ったもの。王国時代には王はイクス教の宗主を兼ねていたのよ。元の姿に戻るだけじゃない」


 激白する兄姉の口論を聞きながら、カレンはこの淑女然とした姉が、胸の内に強大な野望を抱いていたことを思い知る。彼女は皇帝の権力と大司教の権威、両方を得るつもりなのだ。




 イヴリーズは五指を自身の胸に置き、昂然と言う。


「いい? これは私にしかできないことよ。皇家とデ・ヴェクスタ家、両方の血を引く私だけが、二つの力を束ねることができるの。不穏分子を排除できるどころか、その力を取り込むことが出来れば、帝国の未来にどれほど有益だと思う? 父上が七家門や教団にどれほど足を引っ張られてきたか、みんなも知っているでしょう?」

 





 その経緯はカレンもロウラント達から聞かされていた。

 即位間もない父ディオスは功に焦っていた。先帝である父と後ろ盾だった祖父が立て続けに亡くなり、地盤を固めるためには確実な成果が必要だった。


 ほどなく勃発した、ラドニア地方領有権を巡るアトス共和国との紛争で、ディオスは自ら陣頭指揮を執るべく戦地に赴いたが、結果敵方の捕虜となり領土と身代金を失った。




 その莫大な身代金を私財で肩代わりしたのが、ミリエルの祖父であるトランドン伯爵を中心とした七家門だ。ディオスは即位当初より、七家門や大貴族の肥大し過ぎた特権を撤廃する政策を打ち出そうとしていた。しかしこの件で大きな借りを作った結果、貴族の意向を無視できなくなった。  


 貴族と結託した近衛騎士たちが戦場で皇帝をわざと孤立させたとも、皇帝暗殺を謀った教団があらかじめ敵方に情報を流したとも、憶測や噂が飛び交ったが真相は今も謎だ。


 若かりし頃のディオスは、いささか自信過剰で傲慢な所があったものの、明朗で気さくな人柄だったらしい。しかし大帝国の皇帝自らが人質に取られるという、前代未聞の失態に、疑心が強く感情の乏しい人間になってしまったと言われている。






「残念だけど、あなた達では父上の二の舞よ」

 ミリエルが悔しそうに唇を噛んでいる。


 彼女自身も「私の祖父は陰謀など企てたりしていない」とは言い切れないのだ。カレンも周囲の話を聞く限り、トランドン伯爵ならやりかねないとさえ思う。


 貴重なカラントラ鉱石の産地であったラドニアを失った結果、トランドン領はカラントラ鉱石の帝国随一の産地となった。鉱石の価値が高騰し、彼女の祖父の財は一層膨らんだという。私財で肩代わりをした、皇帝の身代金を差し引いても釣りがくるほどに。


 父ディオスをもやり込めた、老獪な祖父の手綱を握れるかと問われれば、今のミリエルには返す言葉がないのだろう。




「私は堂々と競い合っても、皇太子の座を勝ち取れる自信がある。でも結果が見えているなら、無用な血を流す必要はないわ。……もうこれ以上、大切な兄弟姉妹きょうだいが欠けるのは嫌なの」

 

 イヴリーズが何を言わんとしているか、ここにいる誰もがわかっていた。















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