24、お茶会1
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イヴリーズの提案によって開かれたお茶会は、宮殿の敷地の端にある森の中で行われることになった。森とは言え道は整備され、危険な獣などもいない。カレンの感覚では自然公園に近い。気候の良いこの季節は散策するのにちょうど良い。一般市民にも開放されていて、軽食の入ったバスケットを携えた家族連れの姿もあった。
選帝会議に向けて改まった話をするなら、てっきり密室で人払いでもするのかと思っていたが、よく考えてみれば、聞き耳を立てられる心配のない、開けた野外の方が内緒話には都合がいいように思えた。
「兄上! 兄上! これ引いてる!? どうしたらいい!?」
「いや、多分根がかりだ。水草に絡んでるかもしれないから、無理に引っ張るなよ。ちょっと待ってろ」
そう言いつつ、グリスウェンは自身の持つ強くしなった釣竿を引き寄せる。ピンと張った釣り糸の先端に魚影が浮かんだと思ったら、すぐに水しぶきと共に、銀色の鱗を煌めかせた魚が釣り上げられた。
グリスウェンは慣れた手つきで魚から釣り針を外すと、バケツの中に放り込んだ。すでに所狭しといった感じで、バケツの中には数匹の魚が折り重なるように、ひしめき合っている。
小さな湖に架かる桟橋で、カレンはグリスウェンと共に釣りを楽しんでいた。グリスウェンは子供の頃からよくここに来ているらしい。手慣れたように次々と魚を釣り上げていく。同じように隣で釣り糸を垂らしているはずなのに、何が違うのかカレンの持つ竿にはまったく魚がかからない。
「すごいねえ! 兄上、もしかして釣りの天才!?」
「……まあ数少ない特技ではあるな」
苦笑しつつも、満更でもない様子でグリスウェンは言った。
「カレン、竿を貸せ。針を外してやる。それとイヴたちの様子を見てきてくれ。あまり釣りばかりに熱中していると、姉上が拗ねるぞ」
「うん、ついでにお茶も飲んでくるね」
カレンは桟橋を後にし、湖畔で敷布の上に座る姉妹たちの元へ向かう。
近づくとイヴリーズは手元で何か書き物をし、ミリエルは静かにティーカップを傾けているのがわかった。二人は何かおしゃべりをしているのか、時折目を合わせて笑い合う。ミリエルも長姉であるイヴリーズには、素直な面を見せるらしい。
カレンの姿に気づいたミリエルがちらりと視線を流した後、ぷいとそっぽを向く。やはりカレンには頑なな態度だ。
「お帰りなさい、カレン」
イヴリーズが微笑みかける。
「スウェンは? 妹をそっち除けで、釣りに熱中してなかった?」
イヴリーズの手元には帳面があり、銀を芯にしたペンが握られていた。そこにはつい先ほどの光景を写し取ったように、釣りに興じる兄妹の姿が素描されていた。
カレンは目を輝かせ、感嘆の声を上げる。
「すごい! これ姉上が描いたの!?」
「あら、知らなかったのですか? イヴお姉様は絵の素養もおありなんですよ」
なぜかミリエルが鼻を鳴らして、自慢げに言う。
「いやね、ほんの手遊びよ。そんな大層な物ではないわ」
「姉上、これ私にちょうだい!」
この世界には写真もスマホもない。自分の姿を残す貴重な物だ。
「いいわよ」
イヴリーズは帳面から丁寧に絵のページを外す。
「ありがとう、姉上! 大切に飾るね」
「だからたいした物ではないのに……何だか恥ずかしいわ」
イヴリーズはカレンに絵を手渡しながら苦笑した。
そしてなぜかまじまじとカレンを見つめる。
「あなたたち兄妹……横顔は結構似ているのよね」
「え? 兄上と……私が?」
確かに髪や瞳の色の一部など、グリスウェンとカレンディアには共通する部分はある。しかし面差しで言うと、特にそっくりというほどでもない。グリスウェンの顔立ちは絵姿に残る母親のルテア皇妃に。カレンディアの方はしいて言うなら、皇帝である父親に似ているのだと思っていた。
「カレン姉上とスウェン兄上は、わたくしたちの中で唯一両親が同じなのですから当然でしょう」
ミリエルはあっさりと肯定しつつも、どこか複雑な表情だ。
彼女の真っ直ぐな黒髪は、灰褐色の髪を持つ父とも、金髪であったという母アンフィリーネ妃とも違う。ミリエルが幼い頃、その容貌ゆえに血筋の正当性を疑われたことがあったという話を思い出した。
「ねえ、気づいてた? 私たちはちょっとずつ似通っている所があるのよ」
「……え?」
イヴリーズの言葉に、カレンとミリエルは思わず顔を見合わせる。
「例えば、私とミリエルは耳の形がよく似ているわ」
「そ、そうなのですか?」
ミリエルははっとしたように自分の耳に触れる。
「私とスウェンは背が高い方だから、ミリーもそのうち伸びるかもしれないわよ。あとはカレンやユールの髪質は父上と似ているわ」
ユールとは、今は亡き第三皇子ユイルヴェルトのことだ。宮殿で絵姿を見たことがあるが、確かに軽く波打つ髪質や色が父ディオスと同じだった。顔立ちも父と一番似ているのは彼だろう。
「ミリーの黒くて艶のある髪はランディスと一緒ね。父上の方のお婆様に似たのかしら?」
その言葉にミリエルの表情がかすかに和らぐ。
「不思議よね。私たちは似ていないようで、それぞれに少しずつ重なる部分があるのよ」
確かにグリスウェンとイヴリーズを、あるいはミリエルとカレンをそれぞれ並べてみても、特に似通ったところはない。六人全員を見比べなければ、わからないことだ。
「せっかく兄弟姉妹として生まれてきたのに、残念ながら私たちは、今までその意識が薄かった……。もっと家族が一緒に過ごせる時間を持てばよかったのよ」
確かに兄弟姉妹を観察している限り、最初に想像していた以上に仲は良いが、家族と言うより、同じ立場の同志という感覚の方が強い。
「私達は皆そろって兄弟姉妹だったはずなのに……ユールやランが欠ける前に気づくべきだったわ」
真冬の冴えた空のように青い瞳が、静かにカレンとミリエルを見つめている。
「……で、ですがイヴお姉様」
ミリエルは少し言い淀んだが、意を決したように言う。
「私たちは一つの座を巡り、争う宿命……ずっと共に歩むことはできません」
選帝会議で選ばれなかった皇族は、修道院で一生を送る決まりだ。イヴリーズたちなら皇太子になれずとも、実力で特例として宮廷に残ることは可能かもしれない。だがその場合も皇籍を失い、結婚も子孫を残すことも許されない。いずれ帝国の至高の存在となり、輝かしい道を歩む皇太子となった兄弟姉妹とは、あまりにも隔たりがある。
「ならば法も運命も間違っている」
静かな面持ちのまま、冷徹なほど感情のない声で言い切る姉に、カレンは息を呑んだ。
「お姉さまと言えど、今のは軽率な発言です!」
ミリエルが険しい視線を向けると、イヴリーズは少し寂し気に表情を緩めた。
皇太子候補が帝国の慣習にうかつに異を唱えるなど、カレンでも危険なことだとわかる。他の貴族の耳にでも入ろうものなら、大事になるかもしれない。
カレンは慌てて周囲を見回すが、自分たち以外の人間はいない。この森は庶民にも開放された場所だが、さすがに次期皇太子候補が会する湖の周辺には、他人は立ち入らぬよう手は打ってある。
声は拾えない程度に離れた距離で、ロウラントらそれぞれの従者が周囲を警戒している。さらに森の奥や対岸には、姿は見えないが護衛が配されているはずだ。
「――どうしたミリー? 怖い顔をして」
能天気な声が、緊張感を壊すように降って来る。
「今日は暑いな……。喉が乾いた、何かもらえるか?」
いつの間に戻ってきたのか、釣竿を携えたグリスウェンが立っていた。
「今お茶を淹れてあげるわ。カレンに教わったレモン入りの紅茶よ」
イヴリーズが先ほどの緊張感などなかったように微笑む。皇女手ずから、慣れた様子でイヴリーズは茶器を扱う。
「この紅茶にレモンを入れる飲み方は面白いわね。聞いたことがないけど、どこで知ったの?」
「んー、どこだっただろう……何かの本で読んだ……かも?」
カレンは小首をかしげて誤魔化す。
ルスキエにもレモンなど柑橘類はあるが、料理やお茶に使うことはあまりない。主に園芸の鑑賞用や、香水やリネンへの香りづけとして使うと聞いた。野生種にオレンジや蜜柑に似た物もあるが、試しに口にしてみると苦みが強く、とても食べられる物ではなかった。
湯気と共にかすかに漂うレモンの芳香に、ミリエルは眉をひそめる。
「香水を入れてるみたい……変な感じ」
「お菓子に入れても美味しいんだけどなあー」
「俺は嫌いじゃない。体を動かした後は酸味が欲しくなるからな。訓練後の兵士たちは喜びそうだ」
「あ、それならレモンの砂糖漬けがお勧め。あと揚げ物にかけたり……」
カレンはグリスウェンが持ってきたバケツに目をやる。バケツの中ではビチビチと元気よく、魚が尾を跳ね上げている。イワナやニジマスに似ている。おそらく淡白な味わいだろう。バター焼きが美味いとグリスウェンは言っていた。
「これを焼いてレモンをかけてもきっと美味しいよ」
「うっ……」
魚は見るのも食べるのも苦手と言っていたミリエルが、気持ち悪そうに口元を押さえた。
「あなたたち、随分たくさん釣ったのね」
イヴリーズが水飛沫に怯むことなくバケツをのぞき込む。
「全部兄上が釣ったの。私はぜーんぜん。でも楽しかったあー」
「よかったな。それなら俺も頑張った甲斐があった」
グリスウェンがまくり上げた袖を直しながら笑う。
「あら、妹の前で格好いい所が見せられてよかったわね、スウェン」
「まったくだ。妹と違って手厳しい姉上には、これしきのことでは褒めてもらえないからな」
からかい混じりのイヴリーズの言葉に、グリスウェンも冗談めかして応じる。
笑い合う兄姉の姿にミリエルの言葉を思い出す。
――ずっと共に歩むことはできない。
せっかく兄弟姉妹と呼べる人たちを得られたのだ。こんな平穏な日々が続けばどれほどいいか……。
「そうそう、全員そろったところで、さっきの続きだけれど……」
お茶菓子を勧めるかのような気軽さで、イヴリーズは胸の前で手をパチンと叩いて言う。
「――あなたたち全員、皇太子の座を諦めてくれないかしら?」
満面の笑みと明るい声音。
一瞬思考が停止し、言葉の意味を理解するのに時間がかかった。
※本日中にもう1話更新します。
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