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元地下アイドルは異世界で皇帝を目指す!  作者: 烏川トオ
第1部 1章 セカンド・デビュー
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23、野望と夢の果ては




「つまり先ほどの『ブローレン離宮の血の降星祭』が、継承法の改定に強い影響を与えたわけです。その後も女子継承権についてなどの改定はありましたが、転機を作ったのはこのオルダリス二世陛下の治世の中で――」




ロウラントはここ数日前から、カレンにルスキエ帝国の歴史を中心とした、皇女として学んでおくべき知識について、本格的な講義を始めていた。


イヴリーズが弟妹達に提案したお茶会が、一か月ほど後に予定されている。皆それぞれ多忙なため、全員の予定が合わせられる日はずいぶん先となった。しかし、カレンにとっては悪いことではなかった。


 この時期にわざわざ開かれるのだ。お茶会はただの兄弟姉妹きょうだい同士の交流会などではない。選帝争いに関する、互いの考えや出方を見極める議論の場となるだろう。


 皇太子なる人間には、他の兄弟姉妹のその後の処遇を決定する権利がある。継承争いに敗れたとしても、兄弟姉妹に宮廷にふさわしい人物であると認められる必要があった。


 じっくり話す時間がある分、先日の舞踏会のように、付け焼き刃でしのぐのは難しいだろう。それまでに、知識を仕入れておく猶予ができたのは、カレンにとって幸運だった。




 カレンはロウラントの講義を聞きながら、ときおり質問を投げかけてくる。


「でも皇子処刑法って、もともと継承争いが戦争に発展するのを避けるためにあったんでしょう? 結局殺し合いになっちゃったんだね」


「王国時代はそれなりに機能してました。問題は貴族後見人制度を導入したことと、一部の貴族の実権が大きくなったことにより、皇子達の力関係の均衡が崩れたことにあります」


「それって七家門のこと?」


「その通りですが、その話はまた後にしましょう。先に継承法について、大まかな知識を入れてからの方が理解しやすいと思います」


 理解への勘がよく、好奇心旺盛なカレンを相手にしていると、ついつい話が広がってしまう。




 ロウラントの嬉しい誤算は、カレンはこの世界の知識こそないものの、根本的な知性が思いのほか優れていたことだ。


 文字が読めないと聞いて最初はどうなることかと思ったが、数週間でごく簡単な読み書きはできるようになった。勉学の習慣がない人間にそれを教えるのは、途方もない労力がかかるが、カレンは六歳から学校に通っていたと言っていたので、そのせいか習得が速かった。


 さらに『元の世界』と共通する点も多いのか、自然科学などの知識は、教養として十分必要な水準に達している。カレンはときおり、高等教育を受けた者でも知らぬ知識をさも当然のように話す。その分野に関しては、かなり進歩した世界だったのだろう。


 半面、歴史学や政治学はまっさらな状態だ。ただし文化が違えど、国家発展の歴史はある程度同じような経緯を辿るもの。こちらもカレンに基礎的な知識があったおかげで、想像以上に理解度が早かった。




 勉学以外の、フレイが担当する作法や会話術に関しても、舞台で演じるという行為に慣れているせいか、こちらも呑み込みが早い。


 舞踏会からうっすら感じていたが、カレンにとって宮廷は不利な舞台ではない。人前で物怖じしない度胸や、誰とでもすぐ打ち解ける対人能力は才能だ。


 そしてカレンには、ただ明るく善良なだけでなく、人の言動の裏を読む抜け目なさや、自分の言動が人に与える影響を見極める計算高さもある。


 水が合っているということなのだろう、カレンがどんどん知識を吸収し、王侯貴族の視点から物を見ることに馴染んでいく姿は、ロウラントが舌を巻くほどだった。驚くほど鋭い質問を投げかけてくることがあり、それがまた小気味よかった。ロウラントにとっても、カレンを皇女として育てていくことは驚くほど楽しかった。


 ――この人は化ける。

 宮廷のことをよく知り尽くしたロウラントが、そう確信するのに一か月かからなかった。






「……すみません、話が長くなりましたね。休憩にしましょう」


 昼食後すぐに講義をはじめ、すでに日が傾き始めていた。それに文句一つ言わずに集中していたカレンもすごいが、それ以上に自分の熱の入れように呆れ果てる。


 カレンにもっと多くの知識を得てほしいと思うばかり、前のめりになっているのは自覚していた。幸いカレンにそれを負担に思っている素振りはないが、これは普通の感覚の人間ならば、そうとう煩わしいだろう。




 そんなロウラントの自省になど気づくことなく、カレンは無邪気に「なんか甘いの食べたーい」などと言いながら、猫のように机に突っ伏し背中を伸ばしている。


「ロウはお菓子なら何が好き?」


「俺は甘い物はどちらかというと苦手です」


「おお! キャラ徹底してるね」

 

 カレンは時折よくわからないことを言う。彼女曰く、本人の中では『元の世界』の言葉を話しているつもりが、勝手にこちらの言語として音になり、会話が通じているのだという。時々齟齬が生じるのは、文化の違いなどのよりこちらには存在しない言葉なのだろう。




 相変わらずカレンの言う『元の世界』の記憶が事実なのか、彼女の妄想か狂言なのかはわからないが、どうせすべきことは同じなので、そこは今の状況に比べれば些事に過ぎない。


 少なくとも《ひきこもり姫》だったカレンディアを教育することを考えれば、今は遥かにやりがいがあり、何より楽しかった。ロウラントはなまじ器用な性分だったため、やりがいという物をあまり感じたことがない。ある意味、人生を惰性で過ごしてきたようなものだった。そんな自分が人を育てる楽しみに目覚めるとは思わなかった。




 フレイが淹れてくれたお茶を飲みながら、カレンはフォークでチーズタルトをつついている。相伴に預かる自分に気を遣ったのか、甘さが控えめな物だ。ロウラントが自分用に淹れた珈琲を飲んでいると、ティーテーブルの対面に座るカレンが、まじろぎもせず見つめてくるのに気付いた。


「なんですか、人の顔をジロジロと……」


「うん、ロウは雰囲気は地味なんだけど、顔はいいんだよね。顔は」


 顔は、をやたらと強調され、ロウラントはむっとしながら横を向く。

「……知ってます」


「自信家だなあー」


「殿下にだけは言われたくないですよ」


 カレンはよく鏡の前で、どの角度が一番愛らしく見えるか考え込んでいる。呆れる反面、相当自分に自信がなければ、その発想には至るまいと感心していた。




 カレンが唐突にへへっと笑みをこぼす。

「ねえロウ、私のこと助けてくれてありがとうね」


「どうしたんですか急に……」


「うん、だって側にいてくれたのがロウとかフレイ先生じゃなかったら、普通の人だったら、異世界の記憶があるとか言い出す人間受け入れられないでしょう?」


「……そうかもしれませんね」


 ロウラントも全面的にカレンの話を信じているかと言われると、それは違う。違うがそれで構わなかった。カレンが嘘つきであろうと妄想家であろうと、自分が見出した彼女の魅力が損なわれるわけではない。




「この世界で初めて会ったのが他の人だったら、頭のおかしい人扱いされて終わってたと思うんだよね」


「それは僥倖でしたね。俺は身内や親しい人間に言わせると、どうも世間と感覚がずれているようです」


「うん、それすっごくわかる!」

 言ったのは自分だが、全面的に同意されてロウラントは呆気に取られる。




「あ、悪口じゃないよ。変わってるって、魅力の一つじゃん」


「魅力ですか……」

 大抵のことは卒なくこなせる自信があるが、人付き合いだけは苦手な自分には縁のない言葉だ。


 カレンはテーブルの上で手を組むと、その上に顎を乗せる。

「私はロウのそういうトコ好きだよ」


 瑠璃色と茜色が混じった、暁の空のような瞳でカレンは上目遣いでのぞきこむ。甘くとろけるような笑みは蠱惑的だ。




 ロウラントは静かな面持ちでそれを見やってから、手を付けてなかったチーズタルトの乗った皿をそっとカレンの方に押しやった。


「お、さすが!」


「おねだりなら普通にすればいいでしょう。まどろっこしい……」


 呆れながら短く嘆息するロウラントに、カレンは一転して、色気の欠片もなく子供の様に破願する。そのあからさまな態度の差に、ロウラントはこっそり笑いを噛み殺す。




「大抵の人にはこれが通じるんだけどなあ」


「……その角度、今朝練習してたじゃないですか。だいたい、殿下がその手のことに計算高いのはもう知ってます」


「人聞きが悪いなあ。私は相手が求める物を提供したいの! 奉仕サービス精神が旺盛なだけ!」


「俺は別に――」

 そんなもの求めてないと言おうとして、はたと気づく。

 くるくると表情の変わる彼女の様子を自分は楽しんではいなかったろうか……。




 唖然としていると、カレンがしてやったりとばかりに口の端で笑うのがわかった。

「ちょろいね」

 

 思わず反射で、差し出したチーズタルトの皿を引き戻すと、阻止しようとカレンも皿を掴む。


「大人げない!」

 ぶるぶると腕を震わせながら、必死にチーズタルトを取り戻そうとしているカレンを、冷ややかに見やってから、少し溜飲を下げたロウラントはすんなりと皿を離す。




「あんまり人をからかうと、その内痛い目見ますよ」


「わかってるよ、だからロウ以外にはやらない」

 二度と奪われまいとさっさとチーズタルトを頬張るカレンは、凝りもせずに言う。


『あなただけ』――性別に関係なく、この手の言葉に絆される人間は多い。

 臆面もなくこういうことを言える辺り、ともすれば相手を破滅させかねない危険な魅力だ。別の国、別の場所に彼女の魂が飛ばされていれば、カレンは傾国の女となっていたかもしれない。




 ロウラントはげんなりしながらつぶやく。

「……あなたみたいにやっかいな人の面倒を見れるのは、俺くらいですよ」


「うん、ホントにそう思う。だから感謝している。――私たち偶像(アイドル)とその参謀プロデューサーとしては良い相性だと思うんだよね」


「はいはい、よかったですね」


「あとね、ロウ」

 カレンはチーズタルトを食べ終わり、ナプキンで口を拭いて立ち上がる。


「私は人を褒める時に嘘は言わないよ」

 お茶のおかわりもらってくるね、とくるりと身を翻すカレンを、ロウラントは呆気に取られて見送る。




 相手の心理を揺さぶる緩急の付け方。たいしたものだとは思うが、十七歳かそこらでああいう風に至るにはどんな生き方をすればなるのか……。


 困るのは彼女が計算だけで行動しているわけではないことだ。カレンは他人へ心を預けることも、それを表現することも恐れない。まるで幼子が親に向けるような、ひたむきな信頼や好意に心を動かされるなという方が難しい。それはロウラントの中で密かな脅威だった。自分の中の絶対的な価値観すら破壊されそうになる。




 ロウラントには誰にも言わず、密かに胸に秘めた野望があった。そのためにすでにたくさんの嘘を重ねている。後戻りはできない。


 そして野望を叶えるために、カレンは土壇場で降って沸いた幸運のような『駒』だ。彼女はそれに値すると今は確信している。そうと理解はしているが、カレンを道具として割り切ることは、もはや難しいのも自覚していた。




 幸いにも今は、ロウラントの野望とカレンの夢は同じ方向にある。

(でもいつか、俺は必ず殿下に恨まれるだろうな……)


 いくらカレンでも地獄に突き落とされたと知った時、それを謀った己の従者を許しはしまい。彼女の憎しみを甘んじて受ける覚悟はあるが、あの一心に慕ってくる眼差しが、永遠に失われることを想像すると……。


 すっかり冷めきって、苦みばかりが際立つ珈琲を傾けながら、ロウラントは胸の痛みを感じていた。







※本日の更新は1話のみになります。

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