表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
元地下アイドルは異世界で皇帝を目指す!  作者: 烏川トオ
第1部 1章 セカンド・デビュー
26/228

22、ミリエルの追憶2

 



 母は表向きは病による急死とされているが、事の次第は宮廷のほぼすべての人間が知っている。事件当時は、ミリエルを皇太子候補から排斥すべしとの声も多かったらしい。実際にそうはならなかったものの、母子を悪し様にいう声まで消えることはなかった。


 子供の頃は心無い陰口に心を痛め、密かに涙することもあった。それでもミリエルが皇女としての矜持を保っていられたのは、他でもない継承争いにおいては対抗者である兄姉たちが、変わらぬ愛情を示してくれたからだ。


 他の皇子皇女がミリエルに敬意を払う以上、彼らに追従する貴族たちも心内はどうあれ、表向きはミリエルを軽んじるわけにはいかなかった。




 あの頃は母を亡くしたばかりの妹の元に、忙しい合間を縫って兄弟姉妹きょうだいたちの誰かしらが毎日顔を出した。当時長兄ランディスは遊学のため宮廷にはいなかったが、面倒見のいいイヴリーズやグリスウェンはもちろん、後に恐ろしい事件を起こした末に亡くなった、ユイルヴェルトもミリエルには優しかった。


 そして特に仲良くしてくれたのは、すぐ上の姉、第二皇女カレンディアだった。




 幼い頃、ミリエルはカレンディアが大好きだった。カレンディアはもの静かで口数は少なかったが、他人の感情の機微には敏い子供だった。自らも母親を早く亡くしていたこともあってか、表面だけの慰めの言葉は言わず、ミリエルにそっと黙って寄り添ってくれる優しい姉だった。


 けして愚鈍ではなかったと思うが、引っ込み思案ですぐに体調を崩すひ弱なカレンディアは、あの頃からすでに上の兄姉たちはもちろん、三歳下の妹にすら劣ると揶揄されていた。母親の身分の低さや、後ろ盾がほぼなかったことも原因だろう。


 兄弟姉妹と比べられ、蔑まれることに心を痛めていても、ミリエルに嫉妬を向けたことは一度もなかった。「かわいい大切な私の妹」と言って抱きしめてくれた。母を亡くしたミリエルが、一番欲していたぬくもりを与えてくれたのはカレンディアだった。






 しかし、幼い皇女たちを取り巻く環境は刻一刻と変っていく。ミリエルが母を亡くした翌々年には、長子イヴリーズが十四歳になった。宮廷の規定通り、その日を以って、皇太子候補はその時点で健在な六名の皇子皇女に定められた。


 長じるにつれ、ミリエルも自身の立場がわかってきた。

 有力な候補は、七家門の一つデ・ヴェクスタ公爵家とイクス教団の後ろ盾を持つイヴリーズ。そして財務大臣であり、やはり七家門当主トランドン伯爵の後ろ盾があるミリエル自身。さらにまだ遊学から戻っていなかったが、七家門のレブラッド公爵家を後ろ盾を持つランディスも健在だった。




 ミリエルには皇太子の座を競う覚悟はあった。皇帝になれば、孫のため汚れ役も厭わない祖父にも報いることができる。ただ一つの懸念は皇太子になれなかった皇子皇女は、修道院で生涯を過ごすという規則だ。親しい家族や友人と引き離され、生涯結婚も子を持つことも許さない、罪人のような扱いだ。


 優秀な才覚があれば宮廷に残ることだけはできるが、おそらく姉のカレンディアには不可能だろうと思っていた。愛情深さも繊細さも、魑魅魍魎ちみもうりょうが巣食う宮廷では、何の武器にもならないどころか枷になるだけだ。


 だからミリエルは心に決めた。自らが皇太子の座を勝ち取り、宮廷での発言権を得ると。

 力を勝ち得なければ、大切な者が守れないことは身に染みてわかっていた。権力を手にすれば、最愛の姉が宮廷で静かに暮らせる場所の作ることもできるはずだ。




 自分のやるべきことを決めた日から、ミリエルは勉学に勤しみ、有力な貴族たちとの交流を深めた。後ろ盾の力こそ拮抗しているが、やはり個人の才覚として、一歩先んじているのは姉のイヴリーズとわかっていた。


 歴代の選帝会議の結果を見れば、準備期間が長く成熟した年長者がどうしても優位だ。末子が皇太子の座を勝ち取った例は少ない。年齢の差はどうしようも埋められないのならば、努力で補うしかない。


 忙しい日々の最中、カレンディアの訪問を断ることも増えた。寂しそうな姉の姿に心は痛んだが、とにかく時間が惜しかった。そんな日々に没頭するあまり、徐々にカレンディアが心を病んでいたことなど気づきもしなかった。






 カレンディアと決別するきっかけは、ミリエルが十歳の頃のことだ。


 ある貴族令嬢の個人的な祝い事に招待された。ミリエルにとっては吐いて捨てるほどある誘いだ。多忙な中返事を迷っていたが、カレンディアも招待されていると知り、時間を作ることにした。カレンディアがその頃から体調を崩しがちになり、もう数か月顔を見ていなかった。


 ひさしぶりに会った姉の姿にミリエルは言葉を失った。もともと血色のいい方ではなかったが、青白くやつれ、おどおどと背筋を丸めて辺りをうかがう姿は病人のようだった。


 会ってそうそう、ミリエルはすぐに離邸へ戻るように強く促したが、カレンディアは泣き出しそうな顔で『そういうわけにもいかない』と首を振った。


 理由は分かっていた。取り柄もなく、宮廷でも影の薄いカレンディア。されど皇女ではある立場から、侮蔑と嫉妬による攻撃はひどくなるばかりだった。


 カレンディアとて、このままでは近い将来、幽閉生活を強いられることになるとわかっていたはずだ。何とかしなくてはと急く気持ちはわかったが、同時にやはりこの人には無理だと思った。




『殿下は音楽にも造詣が深いと聞きましたわ』


『さすが私共下々の者とは違いますわ。皇家の方なら様々なことに教養があって当然ですものね』


 案の定、意地悪な少女たちに歌を披露するように仕向けられて、震えながら涙を浮かべる姉を見て、ミリエルは心に決めた。もうカレンディアは表舞台に立たせまいと。


 成果もなく、心の傷を増やすばかりの努力など彼女には酷なだけだ。わずらわしい声が聞こえぬ場所で、好きな本を読んだり花などを愛でたりしながら、静かに暮らせばいい。ミリエルが大好きな清く優しい心が曇る前に。


 だから数年後の選帝会議まで、煩わしいことはすべて自分が引き受けようと心に誓った。




 ミリエルは姉を庇うように立ち塞がり、令嬢たちに強い口調で自分が代わると告げた。歌唱は得意だったが、人前に晒されるのは嫌いだった。それでも姉を守るためならば、道化のような真似だってできた。


 ミリエルは強い覚悟を秘め、堂々と歌い終わり、喝采の中でミカレンディアに視線を向けた。きっと優しい姉は『すごいわ、ミリー』と笑顔で褒めてくれるだろうと思っていた。だが予想は大きく外れ、ミリエルは愕然とした。


 カレンディアはさらに血の気を失い、ひどく震えながらミリエルを見ていた。そのまま言葉もなく、身を翻して早足で立ち去るカレンディアの姿に、人々は奇異の視線と嘲笑を向けた。ミリエルはカレンディアを追うことができなかった。




 その後お茶会が終わるまで、どう過ごしたかは覚えていない。

 

 宮殿へと戻り、ベッドに就く時間になりようやく思い至った。あの眼差しはカレンディアを、役立たずのみそっかす姫、と呼んだ人々に向けるのと同じ、恐怖と拒絶を宿した目だと。もはやカレンディアにとって、自分は最愛の妹ではなく敵でしかないのだと。


 その瞬間、腹の底から湧き上がってきたのは、悲しみではなく怒りだった。


 なぜ自分を信じてくれなかったのかと。姉のために必死に努力してきた自分を、幼い頃寄り添って過ごした自分を、彼女を傷つけた人々と同一視するなどひどい裏切りだった。「可愛いミリー」と抱きしめてくれる姉を慕い続け、そのために努力し続けてきた自分が滑稽だった。




 ボロボロと泣きながらミリエルは思った。結局カレンディアも母と同じだった。気まぐれな愛情を与え、勝手に去っていく存在。裏切られるくらいなら、もう二度とそんなものには縋らない。愛されなければ生きていけいない子供ではないのだから。誰かにすがらなくても、自分は一人で立ち、いつか立派な皇帝になってみせると。






 それからミリエルは徹底的に子供じみた甘さを排除した。『可愛さ』など何の役に立たない。淡く可憐な色のドレスはすべて処分し、大人びた色とデザインのドレスをまとうようになった。強く凛々しく見えるような化粧を施し、媚びて見えるような安っぽい笑みは控えた。知的な話し方を心掛け、流行のドレスや噂話よりも、哲学や軍事の議論を好んだ。


 おかげで気位の高い冷徹な姫君と言われるようになったが、それで構わなかった。もともと慈愛の聖女と名高い、女性らしい淑やかなイヴリーズと同じ土台に乗っても勝ち目はない。それならば真逆を行く方がいいと思った。




 それなのに、だ。四年ぶりに顔を合わせたカレンディアは別人のように変貌していた。


 薔薇色のドレスをまとい、ミリエルが徹底的に排除した可愛さや甘さを備えながら、気品を失うことなく、愛らしい笑みで人々を魅了する皇女。堂々と人々と談笑し、心の底から場を楽しむ余裕を見せる姿にミリエルは顔色を失った。


 そんなはずなない、化けの皮を剝がしてやろうと、おせっかいな侍女が仕入れてきた情報を元に、カレンディアの演目を妨害しようとしたが、難なく乗り切ってしまった。


 それどころかミリエルに勝負を挑む、気丈さと狡猾さまで身に着けていた。あれが四年前の仕返しなのは明らかだった。




 かつてミリエルに寄り添ってくれた繊細な少女はもういない。そう思いきや、庭園でミリエルを責め立てる少女たちから庇う素振りを見せた。そしてあまつさえ、ミリエルを『可愛い』などとのたまった。

 

 カレンディアがしたことは目を背けてきた物を、力づくで見せつける残酷な暴挙に他ならなかった。




 寝台で虚空を見つめながら、思い悩んでいたミリエルは、思い切って掛布を頭からかぶり目を閉じた。それでも瞼の裏にこびりついた、夜を切り裂き出でる閃光のような、彼女の強い残像が消えない。


 もう幼い頃の関係には戻れない。

 あの寄り添って過ごした日々から、お互いにずいぶん遠くまで来てしまった。それなのに、泣きたくなるような懐かしさが込み上げてくるのを止められない。それが悔しく悔しくてならなかった。






少しずつ訪問していただいている方が増えて、本当にありがたいです。


ブックマークや評価をいただけたら、とてもうれしいです。

評価はこのページの下部にある【☆☆☆☆☆】をタップしてください。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ