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元地下アイドルは異世界で皇帝を目指す!  作者: 烏川トオ
第1部 1章 セカンド・デビュー
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20、処刑された皇妃




 濡れた髪をフレイに拭いてもらいながら、カレンは深くため息をつく。


「蒸気浴も悪くないねー。たまには浴槽に浸かりたいけど。こっちの人って、全然お湯に浸からないの? 気持ちいいのに」


「体の不調や怪我を癒すのに、温泉で湯治をすることならありますよ」


「温泉あるの!? いいね、行きたい!」


「温泉の湧く北部の山岳地帯は帝都からは大分距離があるので、今はまだ難しいかと……」


「そっかー、じゃあ選帝会議が終わってからだね」

 



 ルスキエ帝国では風呂とは基本的に蒸気浴のことを指す。これは大陸の東方文化を有する、帝国の従属国タジェール公国から伝わった物と聞いた。


 離邸の浴場はカレンの知る物とはだいぶ違う。タイル張りの室内の中に浴槽はなく、代わりに大理石の腰かけと寝椅子がある。スチームサウナのように蒸気で体を温め、お湯は体を清浄するためのかけ湯として使う。これはこれで快適だが、日本人の習慣が染みついているカレンとしては、いささか物足りないのも本音だ。


 とはいえ、百年ほど前まで入浴という概念すらなく、貴族でも濡れた布で体を拭うか、川や冷泉での水浴がせいぜいだったらしい。その時代に送り込まれなくて、心の底からよかったと思う。




「浴場の話なんてどうでもいいでしょう!」


 ロウラントが部屋の隅で腕を組んで、眉を吊り上げている。


 仮にもお年頃の姫君が、お風呂上りのローブ姿だというのにまったく遠慮がない。カレンとしても「どうせロウだし、ま、いっか」という心境だが。


「ミリエル殿下と取っ組み合いの喧嘩になった挙句、姉君方に現場を見られるなど、気を抜くにもほどがあります!」


「それは悪かったってば。でも姉上達はそこまで怪しんでる感じなかったよ」


「殿下方はあなたとは違います。態度に出さずとも、内心ではどう思われているかわかりません」




「ロウラント様、私が側にいながら、このような事態になったことはお詫びいたします」


 長くなりそうな説教を遮り、フレイがロウラントに頭を下げる。


「いえ、先生を責めているわけでは……」


 自分より年上の女性に委縮され、さすがにロウラントもそれ以上怒りを露にすることはできなかったようだ。


「殿下がこうと決めたら、先生では制止し切れないのはわかっていることでしたし……」


「そうそう。私が調子に乗ったら、先生じゃ絶対止められないって」


 カレンが調子に乗って追従すると、ロウラントに睨みつけられ、黙らされた。




「ですがカレン様は、アーシェント伯爵令嬢方に誹謗されていたミリエル殿下を庇われようとしたのです。……実は令嬢方が言い争いになる内に、アンフィリーネ皇妃殿下の件を持ち出されて……」


「アンフィリーネ皇妃を……?」

 その名前を聞いたロウラントから怒気が剥がれ落ちる。


「……なるほど、そういうことか。まったく……物を知らぬとはゆえ、皇家の姫君によくもそんな不敬を」


「ねえ、そのアンフィリーネ皇妃って何の話なの?ミリエルのお母さんのことみたいだったけど」


 カレンの質問に、ロウラントとフレイが困惑したように顔を見合わせる。




 やがてロウラントが言葉を選ぶように言う。


「そうですね……殿下がご存じないのもおかしな話なので、説明はしておきます。ただし、この話は余所で話題に出さないよう心に留め置いてください。――アンフィリーネ皇妃は十年近く前に病で急死されています――表向きは」


 表向き、という言葉に嫌な予感を覚える。


「殿下のお父上である皇帝陛下に、六人の皇妃がいらっしゃったことは知ってますね?」


「みたいだねー。ちょっと私の感覚からすると複雑なんだけど」

 

 カレンディアの家族関係はさすがに頭に入っている。必要に迫られたのもあるが、それ以上に内容がかなり衝撃的だからだ。




 まず父親であるディオス皇帝には、かつて六人の皇妃がいた。その内、カレンディアの母である第三皇妃ルテアは、娘を産み落として間もなく産褥熱で亡くなっている。 


 同じように病や事故が原因で既に亡くなっているのが、イヴリーズの母である第二皇妃、ユイルヴェルトの母である第五皇妃、そしてミリエルの母である第四皇妃だ。現在健在なのは第一皇妃、第六皇妃のみということになる。


『元の世界』ほど医療技術が発達していないにしても、皇妃が四人も若くして亡くなっているのは、さすがに少し引っかかる。




「皇帝の子が皇位継承権を得るには、兄弟姉妹きょうだいの長子が十四歳を迎えるまでに誕生していることが絶対条件です。そして選帝会議の時、できるだけ大人である方が当然有利です」


「それはそうだよね」

 

 ミリエルは賢く早熟な子だが、やはり大人であるイヴリーズたちに比べれば、落ち着きや余裕がない。家門の後押しがなければ、彼女も継承争いには不利だったはずだ。


「トランドン伯爵は少しでも早く皇太子の祖父になりたかった。でも家門には妙齢の娘がいなかったんです。そこで半ば強引に、当時十三歳だったアンフィリーネ皇妃を嫁がせました」


「十三歳!? 今のミリエルより年下じゃない!」


 文化が違うとはいえ、カレンの感覚から言えば、若すぎるというより完全に犯罪だ。




「ちょっと待って、この国の平均的な結婚年齢っていくつくらいなの?」


「貴族女性ならちょうど殿下くらい……十代後半ですね。だから十三歳はかなり早い方です。実際嫁いだ後何年も陛下のお呼びがかからず、伯爵は相当やきもきしていたらしいです」


「そ、そうなんだー……」


 自分が結婚適齢期であることも驚きだが、あの厳格そうな皇帝が、幼い少女に手を付けなかったことに胸を撫で下ろす。




「本来なら皇妃となる令嬢は、きちんと教育を施された上で、信頼の置ける付き人と共に万全の状態で嫁ぐのですが、アンフィリーネ皇妃には時間も準備もなかったんでしょう。要は物を知らない子供が、地位だけ与えられたという状況です」


「あ、なんか想像つくかも。調子に乗って遊んじゃったんでしょ?」


 カレンの周りでも仕事で大人にちやほやされ、お金を稼げるようになった途端不真面目になり、ドロップアウトするは少なくなかった。




「アンフィリーネ皇妃は夜会や観劇など娯楽に夢中で、皇妃としての責務には一切興味を示しませんでした。陛下も幼くして宮廷に送り込まれた境遇には同情されていたようです。苦言を呈することもなく、大人になれば変わるだろうと、好きにさせていたのですが、それが良くなかった……」


 自分に興味を示さない皇帝。上辺だけ美しいばかりで、冷たい陰謀が渦巻く宮廷。アンフィリーネは現実逃避に走るのは想像がつく。




「アンフィリーネ皇妃はミリエル殿下を生み母親になっても、ますます享楽に耽り、浪費を重ね、恋多き女として名を馳せるようになりました」


「恋多きって……不倫てこと!? 皇妃様がアリなのそれ?」


「不貞はイクス教の教えでは罪とされていますが、実際は跡継ぎを産み責務を果たした貴族夫婦の間では、ある程度は暗黙の了解で見過ごされるものなんです」


「……それも文化、……なのかなあ?」




「でも、アンフィリーネ皇妃の場合は相手が悪かった。――ある時ラグセス国の特使が帰国の際、ルスキエの要塞設計図や軍備について記された書面を、持ち出そうとしていたことが発覚しました。特使はアンフィリーネ皇妃と深い仲にあるのではと噂されていた人物でした。アンフィリーネ皇妃と懇意の者の中には騎士も多くいました。特使にせがまれるまま、それが何を意味するかも知らず、国の重要な機密を流してしまったのです」


「不倫よりも、国の秘密を外国人に渡していたのが問題だったってこと?」


「はい。帝国を転覆させかねない大罪は、皇族と言えど処刑は免れません」




 カレンにもようやく話が見えてきた。


「つまりミリエルのお母さんは病気で亡くなったんじゃなくて……」


「皇帝陛下から血を賜られたそうです」


「……皇族の血は毒なんだよね」


「はい。猛毒ですが、苦痛なく眠るように逝ける慈悲の毒でもあります。皇帝の血が入った酒杯を賜るのは、わが国では名誉ある処刑法です」


「名誉の処刑ねえ……」


 この世界の切腹みたいなものなのだろう、と考える。




「死罪は免れないにしても、アンフィリーネ皇妃は将来の皇帝の母となる可能性もある方です。御名を傷つけるわけにはいかなかったのでしょう」


「でもミリエルと喧嘩してた令嬢達もロウラントも、それを知ってるってことは、真相は宮廷中がわかってるってことだよね?」


「事が事ですので、人の口に戸は立てられません。それでも表向きの名誉が保たれたおかげで、トランドン伯爵やミリエル殿下の立場は守られています。宮廷で重要なのは、必ずしも真実とは限りません。もっともアーシェント伯爵家のように、その件があるゆえに、ミリエル殿下は皇太子に相応しくないと、頑なに主張する人々もいるにはいますが」




「……そうだったんだね」


 ミリエルが令嬢らとの口論で激高したのを思い出す。ミリエルにとっては罪人であろうとアンフィリーネは大切な母親だ。仕方がなかったとはいえ、死罪を命じたのは父ともなれば心中は複雑なはずだ。それを口論で持ち出した令嬢らはやはり卑劣だ。


「先生に免じて、これ以上の説教はしません。ですが、わずかな油断や無知が宮廷では命取りになるのはわかったでしょう。今後はさらに気を引き締めてください」


「……わかった。気を付けるよ」

 カレンがしおらしく頷いたせいか、ロウラントはそれ以上何も言わなかった。






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