17、姉妹喧嘩
「いかがかしら? ――アーシェント伯爵令嬢エレシア様、ファーベル子爵令嬢リアナ様」
「――あ……ま、まあ私どもの名前まで憶えていただけていたとは」
名を呼ばれ動揺した二人の令嬢は、視線をさ迷わせ、面白いほど小刻みに震えている。
「もちろんよ。わたくし人の顔と名前を覚えるのは得意なの」
カレンはアイドルとしては歌もダンスも突出していたわけではないが、これに関して胸を張れる。
『カレンが俺の名前を呼んでくれた!』とSNSに書かれるのを見つけては、ニヤニヤするのが密かな楽しみだった。残念ながらこの記憶力は実際に会った人にしか発揮しないので、勉強には役に立たなかったが。
昨日はかなりの人数と挨拶をしていたので、令嬢たちもまさか自分の名前まで憶えられていたとは思ってなかったのだろう。
とはいえ、アーシェント伯爵家は最低でも頭に入れるよう、ロウラントから言い含められていた名前の一つだ。この家は亡き母の遠縁であり、グリスウェンの後ろ盾でもある。
エレシアは伯爵が連れていた三人の娘の一人で、リアナはその従姉妹だか又従姉妹だ。二人は舞踏会でもグリスウェンのダンスの相手をしていた。グリスウェンがもし皇太子になれば、当然妃が必要になる。十代後半と思しき彼女たちなら、ちょうど釣り合いが取れるだろう。
さっき聞いていた話では、将来の結婚相手探しに奔走しているようだが、グリスウェンが万が一皇太子になったときの、身の振り方ももちろん計算しているだろう。
「ミリエルともお友達とは知らなかったわ。こんなに仲良くしていただいているなんて、兄上もきっとお喜びになるわね」
「……えっ」
令嬢たちは、カレンが何を言わんとしているか気づいたようだ。
――ミリエルへの侮辱をグリスウェンに告げ口すると。
騎士らしい、公平正大な性格で知られているグリスウェンが、年下の少女をいじめる卑劣な振る舞いを許さないことは、彼女らもわかっているだろう。
「そ、そんな、殿下方の話題に出すほどでは……」
「そうですわ! グリスウェン殿下も、わたくしたち如きの顔など覚えていらっしゃるか――」
「そう? 兄上はダンスの相手を忘れるほど、薄情ではないと思うけど」
うっと、言い詰まる令嬢たちを見て、この辺りが引き際かなと考える。
(……追い詰めすぎて騒ぎが大きくなったら、ロウに怒られるの私だし)
「――お話し中に失礼いたします」
いつの間にかカレンの後ろに立っていた、フレイが割って入る。
「恐れながら、ミリエル殿下。お付きの方が探しておりました。すぐにこちらに来られるようです」
突然のカレンの乱入を、それまで目を丸くして見ていたミリエルだが、フレイの言葉に澄ました表情で「……そう」と鷹揚にうなずく。
これ幸いと思ったのか、二人の令嬢は弾かれたように身を翻す。
「こ、これ以上、殿下方のお邪魔をしては失礼ですわね」
「え、ええ! そうですとも!わたくしたちはこれでお暇させていただきますわ」
こちらの返答も待たず、そそくさとした道化じみた動きで礼を取り、令嬢たちは去って行った。
カレンはふふんと鼻で笑う。
「悪くないなあ。権力で他人を押さえつけるのって、ちょっとクセになりそう」
「ほどほどになさってくださいね……」
人の悪い笑みを浮かべる主に釘をさすと、フレイはミリエルに向き直り頭を下げた。
「申し訳ありません、ミリエル殿下。先ほどの――」
「結構よ。わかっているわ」
キョトキョトと、二人を交互に見つめるカレンにフレイが説明する。
「ミリエル殿下の侍女が探していたというのは嘘です。ああ言えば、ご令嬢方も長居しないかと……」
「ああ! そういうことね」
ミリエルが見下すような視線を向ける。
「察しが悪いこと。いくら気の利く侍女を付けても、主人のグズは治らないようですね」
ミリエルの言い草にカチンとしながらも、カレンは尋ねる。
「あなたこそ侍女や従者はどうしたの? 昨日はあんなにたくさんいたのに」
吐き捨てるようにミリエルは笑った。
「あんな役立たずたち、いてもいなくても大差ありませんわ! 使い古したおべっかをまくし立てるしか能がないのですもの。目障りだから離宮に置いてきました。……いくら私を案じるようなことを言っていても、しょせん我が身がかわいいのでしょう。着いてきたら暇を出すと言ったら、案の定誰も来ませんでしたわ」
その言い草にカレンは眉をひそめる。
以前、事務所の社長が言っていた。売れ始めた途端に、スタッフに横柄になるタレントは大成しないと。縁の下を支える人たちほど大切にしないさいとも。
カレンはイライラしながらミリエルに言う。
「あのねえ……人の好意を何だと思ってるの? だいたい助けてくれた、お姉様にお礼も言えないわけ!?」
「助けた!? 誰がそんなことを頼みましたか!? 少し夜会でちやほやされたからって、調子に乗らないでください!」
声を張り上げる二人の皇女に、フレイがあわあわと止めに入る。
「カレン様おやめください! 声を荒げては人が来ますよ。ミリエル殿下もどうか――」
「姉が妹を躾けているだけじゃない! 何か問題あるの?」
「《ひきこもり姫》がどの口でおっしゃってるの!? ずいぶん大きく出ましたこと!」
「あなたが何を思おうと、私は皇帝を目指す女なの。大きく出て当然でしょ!」
「ま、まあ! あまり回転のよろしくないお頭なのは存じていましたが、ここまでとは――! ちょっとダンスや歌がうまくいったくらいで、よくも皇帝などと恥ずかしげもなく言えますわね!」
「そのお歌で失敗して侍女に当たり散らしてる小娘に、言われる筋合いはないんですけど!」
間に入ろうとするフレイを突き飛ばして、ミリエルはカレンに詰め寄ると、思い切り髪を引っ張る。
「この私に向かってよくもそんなっ――! 」
「いったたたたたっ! 離してよ! ハゲたらどうしてくれんの!?」
「そのふざけた話し方は何のつもりですか! 皇女としての作法も身についていないような女が、よくもわたくしに意見できたのものですわね!」
今度はカレンはミリエルの頭と肩を鷲掴みにして押さえつける。身長で勝ってる分、取っ組み合いならカレンの方が有利だ。身動きの取れないミリエルは、悔し気に身をよじる。
「皇女の作法ぉ? そうやってキャンキャン小型犬みたいに喚き散らすのがお作法なら――っ!」
すべてを言う前に、カレンは涙目で声を失った。
「よくも、よくもっ! 皇女たるわたくしを犬などと侮辱しましたわね!?」
ガツガツと容赦なく、ミリエルが踵の高い靴でカレンの脛を蹴り上げる。
「ヒールは反則でしょ!? それと私も皇女だし!!」
突然、近くから若い男の笑い声が上がり、はたとカレンとミリエルの動きが止まる。
顔を上げれば、道の脇で腹を抱えて爆笑しているグリスウェンと、扇の陰に顔を伏せ、真っ赤になって震えているイヴリーズがいた。
2024年8月15日 加筆、誤字訂正




