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元地下アイドルは異世界で皇帝を目指す!  作者: 烏川トオ
番外編3 宮廷の策略家
190/228

1、噂の二人




 それはさる舞踏会での出来事だった。


「遠乗りの時に連れていた伯爵の愛馬は元気にしていますか?」


「はい。あれは本来気難しい馬なのですが、皇太子殿下とは相性がよかったようで。手ずから氷砂糖をいただき、珍しくはしゃいでおりました」


 カレンと会話を交わしていたのは、数か月前に新たなレブラッド公爵が叙されるまで、七家門当主の中では最年少であった軍務大臣ノア伯爵だ。彼は昨年の仮面舞踏会での事件のおり、グリスウェンの減刑嘆願のため真っ先に動いた人物の一人だった。七家門の当主たる彼が皇帝へ奏上したおかげで、『元』第二皇子に同情しつつも、身動きの取れなかった貴族たちが多く追従したと言われている。


 カレンはあまり接点がなかったが、兄の恩人ということでノア伯爵には好印象を持っている。ただ一方で、彼が宮廷の貴婦人たちからは距離を取られていることも知っていた。軍人らしい上背と体格に恵まれた伯爵を前にすると、それだけで圧倒されるが、そこに加えとにかく無口で感情が乏しいのだ。


 幸か不幸かカレンは()()()()人間に耐性があるが、男性から誉めそやされることに慣れているご令嬢たちからの評判が今一つなのは納得だ。ノア伯爵は二十代半ば。すでに家門の当主で、眉目秀麗と言っていい容姿であるのに独り身なのは、その親しみにくい為人ひととなりが原因だろう。


 浮ついた噂がないどころか、まず女性と接点すらないノア伯爵が、皇太子であるカレンと会話している光景は当然目立っていた。人々の視線を感じながらも、カレンは素知らぬ振りでノア伯爵と会話を続けていた。




「ええっと、あの子名前はエリス……だった? 私の侍女に聞いたのですけど、ああいうクリーム色の子はサンタリアに多いとか」


「おっしゃる通りサンタリアは月毛馬の名産地で、エリスもあそこの生まれです。先日も十歳の弟の乗馬を探しに訪ねたばかりです」


 こうしてノア伯爵と会話していると、確かに素っ気ない物言いは親しみやすさには欠けるが、物を知らないカレンにもわかりやすい丁寧な受け答えをしてくれる。宮廷には珍しく裏のない人柄は、他の欠点を差し引いても好感が持てた。


「――殿下」


 聞き知った愛想のない声で呼びかけられ、視線を上げると、そこには想像通りの人物が立っていた。


「ああ、ロウ……レブラッド公爵、間に合ったの」


 ロウラントの所領となっているレブラッド領は、雪と氷に閉ざされる北部でも特に過酷な土地だ。春になり領地から公爵を訪ねて来る人間が増えたせいか、彼はますます忙しそうにしている。今日の舞踏会も所用があるので、間に合わないかもしれないと言っていた。既に終わりの間際だが、顔だけでも出しておこうと駆け付けたのだろう。


 傍らにいたノア伯爵は表情一つ動かさないが、ロウラントに向かって丁寧に礼を取る。


「レブラッド公爵、ご無沙汰しております」


「こちらこそ、ノア伯爵」


 傍から見ている者が冷や冷やするほど、そっけないやり取りだが、この二人にとっては特に問題はないようだ。ノア伯爵はロウラントを卑賎や成り上がりと侮らず、最初から対等な態度で接する数少ない貴族だった。




「そうそうノア伯爵がね、私の親衛隊にふさわしい人物を選んでくれているの」


 選帝会議が終わった直後から、皇太子専属の親衛隊を組織すると言う話は聞いていたが、カレンは密かに数奇な巡り合わせに浸っていた。こればかりは、この世界の誰に話しても共感を得られない。


(まさか令和のアイドルだった私に『親衛隊』とはねえ……)


 昭和アイドルの熱狂的ファンで構成された『親衛隊』の過激ぶりは、テレビで見たことがあるし、事務所の社長からも『あの時代の熱量はすごかったねえ』と話を聞かされたことがあった。


 もちろん、こちらの親衛隊は護衛を担う真面目な組織だ。一方、表向きの役割とはまた違う重大な『任務』を担っていることを、カレンも薄々気づいていた。




「それはよかった。春の巡啓に間に合いそうで安心しました」


 カレンの皇太子として初めての大仕事として、北部を中心とした所領を訪問することになっていた。案内役兼補佐役としてロウラントと、その旗下にあるレブラッドの騎士も同行する予定だ。親衛隊の組織が間に合わなければ、ロウラントが護衛の責任を任されることになっていただろう。彼としては肩の荷が一つ下りたことになる。


「もっとも実際に主体となって隊員を選定してくれているのは、親衛隊の隊長――殿下の兄君ですが」


 こちらも間違いなくそうなるだろうと思っていたが、親衛隊の隊長に選ばれたのはやはりグリスウェンだった。親衛隊は命令系統としてはカレンの直轄ではあるが、所属は近衛騎士団になるので、グリスウェンは帝都守衛騎士団から移籍することになった。以前の中隊長の立場から、独自の権限を持つ親衛隊長になるということは、かなりの出世になるらしい。


 グリスウェン本人は『妹の七光りだな』と苦笑いしていたが、親衛隊長が警護を担うと共に、まだ年若い皇太子のお目付役であることを考えれば、立場実力共に彼以上の適任者はいなかった。




「来週から本格的な訓練を近衛の駐屯所で開始します。よろしければ一度ご覧になりませんか? 隊員たちも殿下のお顔を見れば励みになるでしょう」


「ありがとうございます、ノア伯爵。ぜひうかがわせてください」


「――あら、おもしろい組み合わせね」


 朗らかな声に振り返ると、藍色の上品なドレスに身を包んだ黒髪の女性が立っていた。四十路を過ぎているというのに、相変わらず匂い立つような色香の美女だ。ロウラントが涼しい表情のまま、さりげなく半身を引く。


「イゼルダさま。今、ノア伯爵と私の親衛隊の話をしてたんです」


「きっと皇太子殿下にふさわしい、精悍で美しい若者たちが集まるのでしょうね。わたくしも密かに楽しみにしていてよ」


 現宮廷でただ一人の皇妃となったイゼルダは、扇の影で悪戯っぽく笑うとロウラントへと視線を向ける。


「レブラッド公爵、少しよろしいかしら? あなたに紹介したい方がいるの」


「……かしこまりました、()()()


 しらじらしく薄笑いを浮かべたイゼルダと、表情一つ動かないロウラントが視線を交らわせる。ロウラントは先代レブラッド公爵ダリウスの息子ということになっている。本来母であるイゼルダをロウラントは人前で『皇妃殿下』、もしくは『叔母上』と呼んでいた。


「では、これで失礼いたします。殿下、ノア伯爵」


「ええ」


 去って行くロウラントを見送ると、カレンはノア伯爵に向き直る。


「――そうそう、実は私も専用の乗馬を探しているのですけど、伯爵から何か助言はありませんか?」


「馬を? では私の知り合いの牧場に――」


 周囲から放たれる刺さるような視線はうっとうしいが、そんな物をいちいち気にしていてはこの宮廷ではやっていけない。結局カレンは開き直って、ノア伯爵と会話を素直に楽しむことにした。






 一方、イゼルダによって大広間の端に連れて来られたロウラントは、わずらわしさを隠さず、なおざりに『叔母』に問う。


「で? 誰を紹介したいんですか?」


「バカね、方便よ。――あなた今の状況で本当にいいの?」


「いいの、とは?」


「見ればわかるでしょう。 ……さすがカレンディア殿下ね、あんなに長く女性と会話を続けるノア伯爵は初めて見たわ」


「殿下は相手が誰でも物怖じしませんから」


「そういうことが言いたいわけではないの。……本当はわかっているくせに」


 ロウラントは小さく鼻を鳴らす。


 楽しげに会話を交わす二人について、ひそひそと周囲が噂をしていることにはもちろん気づいていた。今宮廷の最大の話題は、未来の皇帝の夫となる人物の予想だ。カレンは誰に対しても愛想がいいし、相手からの好感も高い。だからこそ、これといった有力候補の名は挙がらなかったが、今晩で風向きが少し変わるかもしれない。




「……いいんじゃないですか。ノア伯爵なら申し分ない立場です。七家門の当主本人という点がいささか引っ掛かりますが、軍部が味方に付けば殿下にとっても悪くない。殿下なら対外的には適度な距離を取っていると見せかけ、軍部を御することも不可能ではないでしょう」


「自分で言っていてわからないの? それならレブラッド公爵であるあなたとも同格でしょう。家格だけならむしろ上よ! 規模は小さくとも、レブラッド旗下の騎士団だって練度は引けを取らないわ」


「殿下にとって肝心なのは中央での影響力です。俺の立場では夫君になったところで、殿下にそれほど有利を与えることはできませんよ」


「ノア伯爵だけじゃないわ。親衛隊が組織されるって、つまりそういうことなのよ?」


「わかっていますよ」


 近衛や親衛隊は単純な皇族の護衛兵というだけでなく、その見目麗しく統率された姿で君主を飾り立て、国内外にその威光を誇示するための存在でもある。身分や血筋が良いことはもちろん、背が高く容姿端麗な青年が厳選される。


 そして今度の皇太子は女だ。つまりあらかじめ親衛隊から『お手付き』が出ても問題ない人選となっている。カレンのための小さな後宮と言っても過言ではない。




 イゼルダは一層声をひそめて言う。


「いい? カレンディア殿下の婿選びは、あなたが皇家に戻れる絶好の機会なのよ。もちろんレブラッド家にとっても名誉を挽回する好機よ」


 この事なかれ主義で風変わりな母にも、まともな貴婦人の感覚があったのだなと、ロウラントは妙な所で感心していた。皇妃たちは皇家の一員となるべく嫁いでくるが、その一方で実家に対する責任と影響は一生付きまとう。少しでも実家の優位になるよう宮廷で立ち回るのが常だ。


「俺が自分から捨てた物です。何を今さら……。殿下の結婚相手として、他にまともな人間がいないならともかく、立派な候補がいるなら俺に出る幕はありません」


「まさかあなた、本気でカレンディア殿下の情けにすがって愛人にしてもらうつもりではないでしょうね? 」


 その問いにロウラントは無言で視線を逸らせたが、否定はしなかった。その様子にイゼルダが天を仰ぐ。


「まったく……レブラッドの当主ともあろう者が情けない。兄上も草葉の陰で泣いているわ」


「勝手に泣かせておけばいい。俺がこんなやっかいな立場になったのはあの男のせいです」


「まったくよ。兄上は何を考えて、あなたなんかを後継者にしたのかしら」


「叔母上こそすでに皇家の人間なのだから、どうぞ他家の事情に首を突っこ――お心をわずらわせないでください」


「まあ、何て言い草! ……いいわ。ロウラント、あなたがそこまで言うのならこちらにも考えがあります。あなたの言う通り私は皇家の妃で、カレンディア殿下の継母でもあります。娘の結婚をまとめるのは母の役目、わたくしはわたくしでやらせてもらうわ!」


 それだけ言い捨てると、わざとらしく踵を鳴らしながらイゼルダは立ち去って行った。ロウラントは怒りを露にした後姿に、小さく息を吐き捨てる。


「……俺にどうしろと言うんだ」












ひさしぶりの更新になりました。お遊び的な内容なので番外編としていますが、時系列でいうと続編になります。全十六話くらいになる予定です。またお付き合いいただけるとうれしいです。



2024/04/12 誤字修正







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