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7(終)、いつか来るその日のために




「昨晩、ロウラント様の部屋に医官と一緒に戻ると、水差しの水が増えていました。きっとその誰かさんが、気を利かせてくれたのでしょうね」


 意味ありげな言葉に私は言葉をつまらせる。看病をした誰かとは、私のことだったようだ。しかもフレイにはなぜかそのことがばれているらしい。


「フ、フレイだってロウラントの部屋に出入りしているでしょう!?」


「看病のためとはいえ、若い未婚の使用人を長時間殿方の部屋に遣わすわけにはいきません。その点私は、ロウラント様とは親子ほど年齢が離れています。そこはお目こぼしください」


「……そうだったわね」


 若々しく見えるが、フレイは結構いい歳だったことを思い出す。




「なんにせよ部屋に入った方に他意はなく、間違いがないことは信じています」


 涼しい顔で言われ、私は思わず熱くなる顔を背けた。私のことを子供の頃から知っているフレイだ。どこまでロウラントへの思慕を見透かされているか油断できない。


 ちらりとフレイの方をうかがうと、彼女が急に眉根を寄せた。


「……これは残念ながら手遅れだったでしょうか」


「え!?」


 フレイが手を伸ばし、どぎまぎしている私の額に触れてため息をつく。


「ディア様、熱がおありです。すでに風邪をもらってしまったようですね」


 ぼんやりとする頭で私は「そう……?」と力なく答えた。






 ※※※※※※※※※※






「誠に申し訳ありませんでした」


 回復しつつあったロウラントと入れ違いのように風邪を引いた私が、彼と再び対面したのは、あれから一週間後のことだった。


 部屋を訪ねて来るなり、前置きもなしに潔く謝罪するロウラントに私は少し呆れる。


「別に謝ることではないでしょう。風邪をもらったのは部屋に勝手に入った私が悪いのだし」


「いえ……内向的なわりには無謀な殿下の性格を考慮し、先生によくよく注意を払うよう、あらかじめ私が伝えておくべきでした」


 素直に謝っていても、やはりそこは不遜なロウラントで、釈然としない気持ちになった。




 私は長引く風邪のせいではない咳払いをしてから、気を取り直して言う。


「そんなことよりもお見舞いをありがとう。これ、あなたが買って来たの?」


 私はティーテーブルの上に乗った、色とりどりのキャンディが入ったガラス瓶を手に取る。私もひどい咳に悩まされていると聞き、ロウラントはお見舞いの品を届けてくれたのだ。


「もちろんそうですが。……それが何か」


「いいえ、なんでもないわ。本当にありがとう」


 ハートや花をかたどったキャンディは見ているだけで可愛らしい。これを仏頂面のロウラントがお菓子屋に自ら出向いて買ってきたかと想像すると、思わず吹き出しそうになる。


「子供っぽかったでしょうか? ……こういう時の気の利いた物を思いつかなくて」


「むしろ懐かしくてうれしいわ。子供の頃、スウェンお兄様からこういう小さなお菓子をよくいただいたわ。私が泣いた時なんかにね。お母様も小さなお兄様のためにお菓子を持ち歩いてたから、その真似だって」


「妹思いのグリスウェン殿下らしいですね。私は母親にそういうことをしてもらった記憶はありません」


 それはリーゼラーナのことなのか、その手のことに意外と無頓着なイゼルダ様の話なのかはわからない。




 本当はロウラントに、あなたもまた深い愛の元に生まれた人間なのだと伝えたかった。リーゼラーナが命を削ってまで誕生を願い、その幸せを祈った人間なのだと。


 セルマの日記は燃やしてしまったが、いつか時が来たら――例えば兄弟姉妹きょうだいの誰かが帝位について、その立場が覆しようないほどに盤石になった頃なら、彼に母親にまつわる真実を伝えることができるかもしれない。


 きっとその頃の私たちはお互いに歳をとっていて、直接会うことも叶わないだろうから手紙でも書こう。その頃にはロウラントは結婚もしてて、子供や孫もいるかもしれない。真実と共に遠い昔に世話をしていた皇女に、想いを馳せてくれればそれでいい。その頃には、私のこのやるせない恋も美しい思い出に昇華しているだろう。






「では、俺はこれで。また午後の勉強の時間に顔を出します」


「ええ。――ロウラント、あなたに慈愛の女神(カレン・セダ・イクス)の加護があらんことを」


 それは親しい人間に使うには少し形式ばっているが、ルスキエではよくある挨拶の言葉だった。ロウラントは少し不思議そうに眉を上げたが、特に気に留めなかったようだ。


「ありがとうございます。殿下にも女神のご慈悲がありますように」




 部屋を去るロウラントを見送ると、私は椅子の上で大きく伸びをした。


 また今日から変わらぬ日課が始まる。ロウラントは自分の責務をこなすと言っていたので、私への厳しい指導も授業も今までと変わらないだろう。


 私が努力する意味などもうないのかもしれない。それでもいつか遠く離れた地で、ロウラント共にこの離邸で過ごした記憶を『幸せだった』と懐かしむその日のために、もう少しだけ頑張ってみてもいいかと思えた。


 運命を決定づける選帝会議まであと八ヶ月。私は窮屈で、ほろ苦くも平穏な日々を、大切に噛み締めながら過ごそうと心に決めていた。











お読みいただきありがとうございます。本編で書き切れなかったことと、続編を書くとすればの布石は打てたかなと自己満足しております。


また今週末と来週末に、もう一つの番外編の話を更新する予定です。感覚を忘れない内に、本編後の主人公もちゃんと登場させようと思います。


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