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元地下アイドルは異世界で皇帝を目指す!  作者: 烏川トオ
第1部 1章 セカンド・デビュー
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14、戦いの始まり

 



 すべての演目が終わった後、イヴリーズはすぐにでもカレンディアに声を掛けたかったが、彼女を称賛しその周りに集う人々はなかなか途切れなかった。


 カレンディアにとっては、宮廷の貴族に自分を売り込む絶好の機会だ。自分がその邪魔をするのも無粋だろう。そう考え直し、妹の元に行くのを後回しにしていたら、いつの間にか姿が見えなくなっていた。




「カレンは帰ってしまったようだ」

 

 ついと、横から差し出されたワイングラス受け取ったイヴリーズは、グリスウェンが視線でうながす方向を見る。皇帝である自分たちの父が、侍従からの何事かを耳打ちされ、無表情でうなずいている。


 カレンディアは(いとま)を願い出たのだろう。コルセットで長時間体を締め付ける貴婦人たちは、何かと体調を崩しやすい。宴席を途中退席するのは珍しい話ではない。


「残念だ。もっとゆっくり話がしたかったのに。数年見ない間にずいぶん立派になったと思ったが、やはり緊張して具合でも悪くなったかな?」

 



 グリスウェンの言葉を、イヴリーズはふっと笑う。


「スウェンが万が一にでも皇太子になるようなことがあったら、妃選びが大変ね。だってあなた女性を見る目がないもの」

 

 あれがそんな殊勝に見えるとは。


 とはいえ、グリスウェンにとってカレンディアは唯一の同母の妹。兄弟姉妹(きょうだい)の中でも特別な存在だ。目が曇るのも仕方はない。


 おそらく早々に退出したのも戦略の内だ。すべてを最初から明かしてしまうより、少々の謎を残し消える方が周囲の人々の印象に残る。


 そのすべてが、カレンディアの計算上かはわからないが。そういえば少し前に就任したという、彼女の従者らしき男もいた。優秀な参謀役が付いたとなれば、妹の変貌ぶりも納得できる。




「カレンは大丈夫よ。心配なのはミリーの方ね」

 

 カレンディアと同じく歌唱を披露したミリエルは散々だった。元々歌を得意とする彼女は、カレンディアにお株を奪われた上、大絶賛の後に歌う重圧に耐えきれず自滅した。緊張で声はかすれ、音も外れるという悲惨な有様だった。


 ミリエルの取り巻きの侍女たちが、『今日は空気が乾いていましたもの』『喉の調子がよろしくなかっただけですわ』などと、おべっかで取りなそうとする声も耳に入っていない様子だった。彼女も青白い顔のまま、どこかへ行ってしまった。




「可哀想に……ミリーは矜持が高いから、今頃落ち込んでいるだろう」


「ええ。ただあの子にとって、この時期に鼻っ柱を折られるのは、悪くない経験かもしれないわ」

 

 ミリエルは頭の回転がよく、十四歳と思えぬほど知識も豊富だが、やはりまだ幼い。臣下の追従を真に受け、最近は慢心している傾向があった。多少の痛い思いはミリエルを成長させるはずだ。


 それよりも気にかかるのは、やはりカレンディアだ。


(……あの子には本当に申し訳ないことをしたわ)


 イヴリーズもまた彼女を侮っていたのが本音だ。世間の《ひきこもり姫》という評価を真に受けていたわけではなかったが、やはり帝位を争う相手とは見なしていなかった。




「カレンのせいで、明日から継承争いは大きく荒れるわよ。いよいよ私たちは本格的に覚悟が試されるわ」


「おおげさだな。確かに今日のカレンは立派だったが、歌が上手かったくらいで――」


「そういうことではないのよ」


 グリスウェンの言葉を、ばっさりと切り捨てるようにイヴリーズは言う。




 継承争いという観点からすれば、グリスウェンの言う通り歌唱の良し悪しなど問題ではない。実際に彼女の歌は、技量でいえばそれほどではなかった。


 それなのに皆が、カレンディアに引きつけられていた。恐ろしいのは、嵐のように人を巻き込み、惹きつける魅力だ。誰もが彼女の一挙一動から目が離せなかった。カレンディアが次に何をするのか、何を言うのか。その期待に胸を高鳴らせていた。


 それが計算づいたものなのか、天性の才能かはわからない。だがカレンディアは確実に自分がそれを成せると知っていた。そう遠くない内に、彼女は選帝会議の行く末を大きく揺るがす奔流となるかもしれない。




 イヴリーズは実のところ、選帝争いに皇子皇女たちの個人の才覚など微々たる影響しかないと考えていた。もちろん自分を含めてだ。


 肝心なのは誰の後ろ盾があり、どれほど強大な力を動かせるか。よほど目に見えて愚鈍でもない限り、最低限のお飾りが務まれば十分だ。


 そういう意味で、カレンディアは最高の『お飾り』になる。あの場を華やかにする雰囲気や人を惹きつける愛らしさは、知性や思想と違い、相手を問わず目に見えてわかりやすい魅力だ。庶民の反応も悪くないだろう。




 おそらく日和見だった貴族の一部は、カレンディアを担ぎ始める。大司教派やトランドン伯爵ほど力は持たず、そのおこぼれにすがるか、生涯を日の当たらぬ場所で終えるかしかないと諦観していた者たちが。彼らが新たに台頭した少女を担ぎ上げ、自らが権力を得る野望を抱けば十分に脅威だ。


 警戒すべきは老獪な野心家だけではない。血気盛んで夢見がちな、貴族の子弟や騎士たちも危険だ。戦乱や昏迷とは無縁な時代育ちながら、世間への不満と能力を持て余している若者たちは多い。不遇な立場でありながら、容姿と心映えが優れた姫君は、そういう手合いの忠誠心をさぞくすぐることだろう。


 彼らは恐れを知らぬがゆえに、冗談のような暴挙に走りかねない。歴史上でも人心掌握に長けた指導者が若者を先導し、嵐のごとく情勢を変えてしまった例は少なくない。




 そこまで考えて、イヴリーズはゾッとする。


 今現在、その若者や騎士たちの指示を最も得ているのは、間違いなく隣に立つグリスウェンだ。グリスウェンは個人の武勇に優れるだけでなく、上官や部下からの信頼も厚い。


 彼はこれまで、あえて宮廷の権力争いから一歩退いた姿勢を取っていた。この弟のことは脅威とは考えていなかったが、それも今日までの話だ。


 グリスウェンとカレンディアは、皇帝の子の中で唯一同母の兄妹同士。グリスウェン自身は帝位に興味がないが、妹がそれを望んだ時、彼がどう動くかはわからない。二人が手を組めば、イヴリーズが思い描く最悪の予想が実現するかもしれない。


 不思議そうな顔をして自分の隣に立つグリスウェンに、イヴリーズはこっそりと苦笑する。性根が善良な彼は、恐ろしい可能性の鍵を自身が握っていることに、まだ気づいていない。




「イヴ? ぼんやりして、どうかしたか?」


「いいえ。……少し頭痛がするだけよ」


「今日はもう下がったらどうだ?」


「妹たちがいないのに、私まで退席するわけにはいかないわ。大丈夫よ、たいしたことはないわ。――ちょっと薬をもらってくるわね」


 そう告げて、イヴリーズはグリスウェンの傍から離れた。






 イヴリーズの隣に背の高い人物がやって来た。騎士の装いをしたその人物は、身を屈めイヴリーズの耳元でささやくように問いかける。


「イヴリーズ殿下、何か問題がございましたか?」


 短く刈られた灰色の髪、彫りの深い顔立ちに険のある目つき。騎士の礼装に包まれた、よく鍛え上げられた肩幅の広い体躯。一見しただけで性別を見抜ける者は少ないが、声音は間違いなく女性の物だ。




「ジュゼット……何でもないわ。ただ私もうかうかしていると、妹に足をすくわれかねないと反省していただけよ」

 

 口元に手を当てて考え込むイヴリーズを、従者ジュゼットは困惑したように見る。


「失礼ながら、カレンディア殿下のことでしたら、気をかける必要性は低いかと……」


「ジュゼもスウェンと同じことを言うのね」


 イヴリーズは肩をすくめて苦笑する。気にかけるまでもない、と油断を誘うのもまた脅威だ。


 少なくともカレンディアはミリエルの挑発を受けて立ち、堂々と渡り合う気概がある。可愛い妹には目が節穴になるのか、グリスウェンはまったく気づいてなかったが、あれはただの無邪気な娘などではない。




「確かにご幼少の頃とは、別人のように成長なさいましたが……」


「あなたはカレンの小さい頃を知っているの?」


「お姿を見かけたことなら。大人しく物静かな姫君だったと記憶しております。あとは噂程度でしか……」


「噂ね」


 イヴリーズは鼻で笑う。どんな噂かはだいたい想像がつく。




「恐れながら殿下……」


 いつも以上に眉間の皺を深める従者に、イヴリーズは小首を傾げる。


「ここ数年の間、カレンディア殿下を外部の者が見かけたことはございません。本当にあの方は、カレンディア殿下なのでしょうか?」


「成り代わりだと?」


「話に聞いていた雰囲気とは違うので……」


 その言葉にイヴリーズはくすりと笑う。


「もっともな考えだけど、あの子の瞳はとても珍しい色だから、替え玉を都合よく用意するのは無理だと思うわ」


 かつて宮廷の明星と謳われたルテア皇妃。そんな母から受け継いだカレンディアの瞳は、瑠璃色と茜色が混ざり、暁の空を想わせる不思議な色をしている。容姿は母に似ていると言われるグリスウェンも、これは受け継がなかった。




「さすがに、実兄のスウェンまでは欺けないでしょうしね」


 その名前にジュゼットのこめかみがぴくりと動く。


「最近グリスウェン殿下とよくお話をされていますね。弟君とはいえ、あまり気をお許しになるのはいかがなものかと……」


「そうね。それも気をつけるわ」


 イヴリーズとグリスウェン、そして今は継承権を放棄してしまったランディスの三人は歳が近く、幼い頃は寝食を共にして育った。三人の結束は兄弟姉妹の中でも特別だった。


 今もグリスウェンとは何でも相談できる仲であり、為政者としての在り方についても意見が近い。選帝会議が周囲の予想通り、イヴリーズとミリエルとの一騎打ちになれば、自分の味方をしてくれるだろうという目論見もあった。……ただし、それも昨日までの話だ。

 



「ああ、そうだわ。怒られついでに言っておくけど、近々兄弟姉妹でお茶会を開こうと思うの。ふさわしい場所を考えてちょうだい。腹を割って話せる、最初で最後の機会かもしれないわ」


「話し合って済む問題とも思えませんが……」


 ミリエルは可愛い妹だが、彼女を皇帝の座に就かせるわけにはいかない。


 彼女の祖父にして、財務大臣であるトランドン伯爵は、ただでさえ宮廷貴族筆頭を気取る厄介者だ。現皇帝の打ち出した改革案をことごとく台無しにし、弱者から搾取した利を貪る、悪しき権力者そのもの。


 賢いが幼く性根が素直なミリエルでは祖父に利用されるだけだ。

 

 イヴリーズ自身の後見人である、大司教らもなかなか食わせ者だが、自分なら彼らを制御しつつ利用することもできる。何より自分には、皇帝となり果たさなければならないことがあった。




「……うまくいけば、スウェンとカレンはこちら側に取り込めるかもしれないわ」


 困惑した表情を浮かべるジュゼットに、イヴリーズは顎をそらし悠然と微笑む。


「心配しないで。何があっても皇帝になるのはこの私よ」


 名実ともに、帝国第一の皇女と言われるイヴリーズは、その自負をこめて当然のごとく言い放った。








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