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元地下アイドルは異世界で皇帝を目指す!  作者: 烏川トオ
第1部 4章 プロモーション
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161、星月夜のダンス1

 



 その後しばらくの記憶がない。カレンは魂が抜けたように過ごしていた。


「本当に人が悪いよなあ……って聞いている、カレン?」


 ほとんど惰性でぼーっとダンスをこなしていたら、いつの間にかユイルヴェルトとの三曲目が終わりかけていた。エスコート役とは最初に二、三曲ほど踊るのがマナーなのでそれはいいが、ずいぶん長い間ぼんやりしていたようだ。


「ごめん、ユール兄上。ちょっとビックリし過ぎて、意識があさっての方に行ってた……」


「そうみたいだね。無理はないけどさ。――でもあの人、これからどうするつもりなんだろう?」


「どうって?」


 曲が終わり、ユイルヴェルトは礼を取ると、カレンの手を取り大広間ホールの端へと誘導する。


「公爵である以上、宮殿でカレンの側にずっといるわけにはいかないだろう? 自分の所領だってあるわけだし」


「でもトランドン伯爵とかは、自分の領地に帰ってる様子がほとんどないよ。いつもミリーにべったりだもん」


 領地の治めることは、当然領主である貴族の責務だ。七家門の当主ならそれに加え、枢密院の人員としての役割と、大臣のとしての職務がある。


「古参の伯爵と、爵位を継承したばかりの公爵とは立場が違うよ。トランドン伯爵ともなれば、領地を長いこと留守にしても、代理ができる配下を幾人も抱えているだろうけど、ロウラントはこれからそういった人材を見極めて、選出しなくちゃならない。特にレブラッド領は豊かな土地とは言えないし、資料だけじゃ把握できない、実際に目で見て判断するべきことも多いと思うよ。もちろん宮廷での仕事も大事だけど、だからこそ四六時中カレンの側にいるわけにはいかないんじゃないかな」


「――俺もそこは疑問だ」


 ぬっと上から落ちる影に顔を上げると、グリスウェンが立っていた。




「あ、スウェン兄上! どうしたの?」


「お前をダンスの誘いに来たんだ。もう皇族じゃないから、俺は序列が下がったと思ったんだが、どうも身内枠でユールの次にお前を誘わないといけないらしい。早くしろとせっつかれた」


 例外はあるが、ルスキエ宮廷で男性が女性をダンスに誘える順番は決まっている。皇女なら最初はその日のエスコート役、その後は家族、そうしてようやく外国からの賓客や、爵位持ちの貴族やその子弟らの誘いを受けることができる。カレンならば、父であるディオスは舞踏会に参加しないので除外するとして、その次に権利があるのは実兄である二人となる。


「誘っていただけるのなら喜んでお受けします、ルーデン伯爵」


 カレンがスカートの裾をつまんで、澄まし顔でお辞儀すると、グリスウェンは複雑な表情で首をひねる。


「……どうもその呼び方には慣れんな」


 正式に皇籍から外れたグリスウェンは、皇女の配偶者として伯爵位が与えられることになった。所領もなく、一代限りの爵位だ。元皇子だったことを考えれば、ずいぶんわびしい立場に思えるが、当のグリスウェンはそれすらも面倒だと言っている。




「それで、あいつは本気でレブラッド公爵を継ぐつもりなんだろうか?」


「ベルディ―タ皇妃の件もあるし……ロウラントとして宮廷に戻るには、それしかなかったのかもしれないけど」


 とはいえ、先ほどユイルヴェルトが言ったように、カレンと共にいられないなら本末転倒だ。


「さすがに庶民出の遠戚に、レブラッドの爵位と大臣職を継がせるわけにはいかないだろうしな。あいつはまあ……性格はアレだが能力はあるし、遊ばせておくのはもったいないと、父上なら考えそうだ」


 ディオスは神経質そうな外見とは裏腹に、その実は大雑把で合理主義者という、いかにも自分たち兄弟姉妹の父らしい性格だ。


「ま、いいんじゃない。歴代皇帝の中にはレブラッド家出身の母親を持つ人もいるし。あの人にも一滴や二滴くらいレブラッドの血は流れてるだろ」


「それ言い出したら、私たちでも継げるじゃない」


 父ディオスの実母がレブラッド家出身なのだから、むしろカレンやユイルヴェルトらの方がレブラッド家の血は濃い。


「ユール兄上、代わってきてよ」


「無茶言うなよ。――とにかく、この際その辺の真意は本人に聞いてみれば?」


 ユイルヴェルトが顎で促す先を見ると、こちらに近づいてくるロウラントの姿があった。




 元従者が、主人であった皇女の元へ向かう様子を、好奇心旺盛な視線がいくつも向けられる。


「――え!? ど、どうしよう……」


 カレンは狼狽するが、兄たちはむしろ一歩引いて様子を見守る体勢に入っていた。――その表情は笑いを噛み殺しているようで、完全に面白がっている。


 おろおろとしている間に、ロウラントがカレンの前に立つ。誰よりもよく知る人間であるはずなのに、立派な礼装姿のせいか、気恥ずかしさが込上げてくる。


 ロウラントは完璧に取り繕った冷静な表情で、優雅に礼を取る。その所作はカレンが嫉妬するくらい寸分の隙も無く美しく、どきりとする。

 

 装飾の少ない礼装は、彼本来の長身と鍛えられた体躯にむしろ威厳さを与え、前髪も上げているせいか理知的な印象が強くなっている。普段の気安いやり取りのせいで忘れがちだが、間違いなくロウラントは、自分よりも深い経験を持つ大人の男なのだと思い知る。




「カレンディア皇女殿下におかれましては、立太子の運びとなりましたことをお喜び申し上げます」


「あ、ありがとうございます。……そちらこそ、この度の叙位おめでとうございます、レブラッド公爵」


「もったいないお言葉にございます」


「あ、はい……」


 カレンは緊張のあまり頭の中が真っ白になった。


(ダメだ……なんーにも言葉が思いつかない……)

 

 こういう時は、若い臣下にさりげない励ましの言葉をかけるのが、皇女たる者の振る舞いだ。それなのに何も気の利いた言葉が浮かばない。


 自分の不甲斐なさに心底落胆する。淑女としての作法を教えてくれたのはフレイだが、その上で皇女らしい堂々とした所作や、会話の仕方を教えてくれたのはロウラントだ。師でもある彼の前で、みっともなくうろたえる姿は晒したくなかった。




 惨めさに気落ちするカレンだったが、ロウラントは特に気にする様子もなく、ふいに居直ると、後ろにいたグリスウェンへと声をかける。


「ルーデン伯爵。大変失礼ながら貴殿より先に、皇女殿下をダンスにお誘いする無作法をお許しいただけますか?」


 慇懃に話しかけられたグリスウェンは、少し意外そうにロウラントを見やる。だがかつて皇子だった頃の彼を見慣れているせいか、カレンほどは動じていなかった。


「もちろんです、レブラッド公爵。そして私のことは、どうぞ気軽に名前でお呼びください。――共に馬上槍試合トーナメントを戦い抜いた仲ではありませんか」


 グリスウェンに敗北し無様に落馬させられたロウラントは、よく観察していなければわからぬほど、かすかに片眉を上げた。しかしすぐに涼しい笑みを浮かべて応じる。


「では、私のこともロウラントと。温かいお言葉に感謝いたします、グリスウェン殿。私は無粋な新参者ゆえ、ぜひとも宮廷事情への見識が深い、あなたの『品行』にあやかりたいものです」


 品行、という言葉を強調され、グリスウェンの口の端がひくりと引きつる。




(うっわぁー……)


 カレンは宮廷のど真ん中へと場を移した、兄弟喧嘩の延長戦を半ば感心しながら見つめる。ロウラント言葉は、品行方正とは程遠い騒ぎを起こした、グリスウェンへの当て擦りなのは明らかだった。


「スウェン兄上にあやかる、か……」


 遠い眼差しで何か悟ったようにつぶやく、すぐ上の兄を見る。


「なあに、ユール兄上?」


「……何でもない。自分で考えな」


「何それ!?」


 道理のわからぬ子供でも見るような憐れみを帯びた表情に、カレンは頬を膨らませる。

 



 ロウラントが改めてカレンを見やる。その真っ直ぐな視線に耐えられずカレンはたじろぐ。


「――私と踊っていただけますか、カレンディア皇女殿下」


 丁寧に礼を取るロウラントに、カレンははっとする。


(そっか……私、今ならロウと踊ってもいいんだ……)


 従者であるロウラントと皇女のカレンが、公の場で踊ることを絶対にあり得なかった。ただ一度だけ、練習がてら彼と踊った時があったが、場所は離邸のバルコニーで音楽もなかった。


「喜んで……レブラッド公爵」


 カレンは差し出された手にロウラントの手に、そっと自分の指先を重ねた。











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