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元地下アイドルは異世界で皇帝を目指す!  作者: 烏川トオ
第1部 4章 プロモーション
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159、降星祭




 フレイとのおしゃべりを楽しんだ後、たっぷりと昼寝をしたカレンは、軽食を取りながら夜会の準備に勤しんでいた。ノックの音に返事すると、現れたのは正装姿のユイルヴェルトだった。


 普段はのらりくらりとしたつかみ所のない言動が際立つが、本来はいかにも皇子らしい爽やかな美貌の持ち主だ。今日は白地に金と銀の刺繍が施された、まばゆい礼服を完璧に着こなしていた。


 しかし中身はやはりふてぶてしいユイルヴェルトで、カレンがローブ姿で身支度中にも関わらず、ずかずかと部屋に入り込み、どさりとソファーに座り込む。




「もう少しのんびりしようと思ってたのに、早くカレンを迎えに行けって、従僕たちに追い出されちゃった。どうせご婦人の方が身支度に時間がかかるのに」


 フレイに髪を結ってもらいながら、軽食のサンドイッチをかじっていたカレンは、鏡越しにユイルヴェルトに見やる。


「ユール兄上は宮廷に戻ってから初めての公式行事だもん。仕方ないよ」


 もちろん彼が酷い騒ぎを起こした、仮面舞踏会を数に入れなければだが。




 イヴリーズたちにも落ち度があったとはいえ、公の場で兄姉を告発するやり口は卑劣過ぎると、ユイルヴェルトへの非難の声は多かった。それでも日が経つにつれ、何事もなかったかのように宮廷でにこやかに会話を交わす兄弟姉妹きょうだいの様子に、あれは結局行き過ぎた喧嘩だったのでは、ということで話は落ち着いた。


 こうして無事(?)に皇子として宮廷に舞い戻ったユイルヴェルトには、改めて従者を始めとしたお付きの者たちが選出された。ユイルヴェルトは次に何か問題を起こせば、今度こそ皇家を追い出される身だ。仕える者も気が気ではないだろう。




「僕に後がないって、みんなヤキモキしてるから息苦しいったら……」


「今日はがんばらないとね。皇太子わたしをしっかりとエスコートしてる所を見せれば、周りの人たちも安心するよ」


「わかってるよ」


 ユイルヴェルトが大仰な素振りで、胸に手を当てて悠然と微笑む。


「本日は皇太子殿下のお供に預かり、光栄の至りにございます」


「しばらくそうなると思うけど、よろしくねユール兄上」


 現在の宮廷で、皇太子になったカレンディアのエスコート役ができる人間は限られている。未婚であり、実の兄であり、そして皇子であるユイルヴェルトに、しばらくその役が任されるだろう。ダンス上手で身長差がほどよいユイルヴェル相手なら、カレンもありがたい。




「今日の夜会にはイヴ姉上も出るんでしょ? さすがというか、何というか……」


「お腹が大きくなってきたけど、体調はいいって言ってたからね」


「あー……そっちもだけど」


 カレンの言わんとしてることを悟り、ユイルヴェルトは肩をすくめる。


「だってあの姉上だよ?」


 選帝期間中に妊娠するという騒ぎを起こしたイヴリーズだが、さすがに気丈な彼女だけあった。そこかしこから聞こえてくる噂話や非難の声など、まるで歯牙に掛けない、高慢なほど堂々とした皇女らしい態度に、やがて周囲も口をつぐむようになってきた。


 イヴリーズが皇女であることには変わりないし、現状では彼女の子が皇位を継承する可能性もある。そして、異母妹であるカレンディアとも仲が良いことから、将来はイヴリーズが宰相に任命されるのではという、気の早い噂まで立っていた。




「要職に就く可能性のある姉上と敵対するより、今からゴマ擦っておいた方が得だしね。スウェン兄上の方も人気がまた増してるんだって?」


「あれはちょっとびっくりだよね」


 イヴリーズと同じくらい、あるいはさらに酷い非難を受けることが危惧されていたグリスウェンについては、やはり当初は『皇族に紛れ込んでいた下賤』と、揶揄する声も多くあった。


 しかし皇帝の前で、自らの身を投げ打って愛する女性を守ろうとした姿は、感受性豊かな青年貴族や貴婦人たちの胸を打ったようで、擁護の声はやがて非難を上回っていった。


 さらに平民出身者も少なくない騎士団の中では、帝国一の高嶺の花と言われていた聖女を、見事に射止めたグリスウェンを『あれぞおとこの誉れよ』と称する、妙な信奉者がさらに増える有様だった。


 グリスウェンも皇子ではなくなったとはいえ、将来の皇帝になるカレンディアの実兄であることは変わりない。将来的には実力で騎士団の重役に就くだろう。それほど心配することもなさそうなのでほっとした。




「僕みたいないい加減な人間よりも、スウェン兄上の方がよっぽど皇子に向いていると思うんだけどね。誠意を真っ向から貫くことで、策略まみれの宮廷に立場を認めさせるなんて真似、僕には絶対できないよ。――あなたもそう思わない、フレイさん?」


 カレンの首飾りを整えていたフレイは、感情の読めぬ穏やかな笑みを湛えたまま、「……さあ、どうでしょうか」と返す。


「私には難しいことはわかりかねます。……ですが、そこに至るまでのお膳立てをした方が、本当は上の兄姉方にも引けを取らぬ才覚をお持ちで、それを隠匿したままでは、宝の持ち腐れであることくらいは想像がつきます」


 フレイに淡々と言われ、ユイルヴェルトは絶句したまま頬を掻く。




「さあ、ユイルヴェルト殿下。そろそろカレン様はお着替えなさいますから、ご退出をお願いします」


 フレイはにっこりと微笑んだまま、有無を言わせぬ調子でユイルヴェルトを追い出しにかかる。


「あなたはいいの?」


「フレイ先生は特別だからいいの。ほら、行って行って!」


 妹にしっしとばかりに手を振られ、ユイルヴェルトは「何で皆、僕の扱いが雑なんだろう……」とぶつくさ言いながら、部屋を出て行った。



 



 ※※※※※※※※※※





 降星祭はルスキエ帝国が位置する大陸中央部で、一年の内、最も多く流れ星を見ることができる日だ。ルスキエでも流れ星に願いをかける習慣があり、その年が無事に過ぎ行くことを感謝しながら、新年に向けて新たな願いを捧げる。庶民たちの間では、家族や友人とご馳走を共にしながら語り合い、夜明けまで過ごす習わしだ。


 宮廷でも夜通しで夜会が開かれ、歓談やダンスを楽しみながら皆で過ごす。長丁場ではあるが、晩餐の後は自由に中座もできるので、公式の行事の中では比較的気さくな催しだ。




 カレンの今日の装いは、深い紺色の光沢のある生地に、星に見立てたガラスビーズをふんだんに使ったドレスだ。明るい色を好むカレンにしては、いつもよりは地味な色合いだ。それでも皇太子に正式決定した後とあって、歓談の時間になると、目ざとくカレンの姿を見つけた人々がやって来ては挨拶を交わしていく。


 主要な貴族と一言ずつの挨拶を交わすだけで、一時間以上かかった。ようやく一息ついたカレンは壁際の目立たぬ場所で、今日は侍女として随伴しているフレイからグラスを渡される。




「お疲れでしょう、お座りになりますか?」


「うーん、いいかな。今座ったら立ちたくなくなりそう。――ユール兄上は?」


「それが大勢の方に囲まれている内に、いつの間にか……」

 

 ユイルヴェルトは不祥事を起こしたとはいえ、今となっては唯一の未婚の皇族男子だ。年頃の令嬢やその親から、随分と熱心に挨拶を受けていた。今もどこかで囲まれていて、動けないのかもしれない。


「そういえば、他の兄弟姉妹みんなともまだ一言も話してないなあ」


「選帝会議が終わって初めての公式行事ですからね。皆様もご親族や友人方と積る話があるのでしょう」


 小声でフレイとささやき合っていると、ふと見知った顔と目が合った。

 ゆっくりとした足取りで、カレンの元へ来て深々と礼を取ったのは、後見役であったコレル男爵エスラムだった。


 











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