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元地下アイドルは異世界で皇帝を目指す!  作者: 烏川トオ
第1部 4章 プロモーション
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157、あれから1




 髪を優しく梳かれる感覚に瞼が重くなる。ウトウトと舟を漕いでいると、頭上からくすりと笑う気配がした。


「……ごめん、先生。ちょっと寝落ちしてた」


「昨晩もお戻りが遅かったのに、今日は朝から救貧院の訪問でしたからね。お疲れだったでしょう。夜会まではまだ時間がありますから、少し休憩されてはいかがですか?」


「そうだね。ちょっと昼寝でもしようかな。あ、その前におやつ食べたい」


「それでしたら、ちょうどよい物がありますよ」


 鏡越しに映るフレイの姿はまだ少し見慣れない。彼は金色の髪を顎の辺りでばっさりと切り落としていた。


 正宮殿から戻ってきたフレイは、その変貌ぶりに驚くカレンに「修道院にいた頃のようで、こちらの方が落ち着きます」とあっさり笑って言った。皇帝ディオスと対話をしてから、何か心境の変化があったのかもしれない。




 外でカレンの付き人をする時はドレスを着ることもあるが、離邸の中ではゆったりとした修道服を着ていることが多い。その清廉な空気をまとう姿はますます性別不明になったが、フレイにとってそれが本来の姿なのだろう。彼本人はやはり性別へのこだわりがないようだ。


 相変わらず礼儀作法の指南役兼侍女の仕事に変わりはなく、カレンの身支度を整えたり、着替えも手伝ったりしている。性別が何であろうとフレイはフレイなので、カレンも別に気にしていなかった。

 



 フレイは外出用にきっちりと結われていたカレンの髪を解き、緩く編んでいく。つっぱっていた頭皮が解放され、カレンはほっと息をつく。


「先生こそ疲れてないの? 私の世話でただでさえ忙しいのに、姉上の所にも顔を出してるんでしょう? 」


「私の方は大丈夫ですよ。それに来月からはフィンシャー男爵夫人が来てくださいますから、少し余裕ができると思います」


 信頼のできる侍女を増やそうとは、以前からフレイたちと相談していたが、皇太子に決まったことでいよいよその必要が出てきた。奇妙なきっかけで知り合ったフィンシャー男爵夫人シレナだったが、年上の貴婦人として学ぶべきところも多く、良い友人として交流を続けていた。駄目で元々と、侍女の打診をしてみたら、『下女は困りますが、侍女でしたら喜んで』と、バルゼルトとの賭けを引き合いに出して、快く引き受けてくれた。


「そうそう! 手紙でバルゼルト王子にそのことを知らせたら『どうせすぐに職を辞すことになるから、次の侍女を探しておけ』だって。……応援したいところだけど、そっちの方はどーかなあ?」


「今後バルゼルト殿下がいらっしゃった際には、皇太子宮に入り浸りになりそうですね」




 カレンは年明けすぐに皇太子宮に移り住むことになっていた。今住んでいる離邸と比べれば、別段の広さになる立派な離宮だ。そして来月半ばには立太子式に臨み、そこで正式に皇太子に立てられたことが宣言される。


 本来なら立太子式は年内に執り行われるはずだったが、ランディス皇子の突然の逝去により、喪に服すため延期となっていた。


 今週はちょうど喪が明けたばかりで、この先は年末年始の行事と、立太子にまつわる祝賀行事がみっしりと詰め込まれている。これから一月以上、式典に正餐会に舞踏会と怒涛の忙しさになるはずだ。




 カレンの身支度を仕上げると、フレイは紅茶を淹れ、焼き菓子と共にカレンに出してくれた。


「これは頂き物です。昨日もイヴリーズ殿下の離宮に顔を出させてもらいました」


「私は先週から姉上に会ってないなあ……元気そうだった?」


「ええ。つわりもすっかり落ち着いて、食欲も出てきたとおっしゃっていましたよ。グリスウェン様もイヴリーズ殿下の離宮にお住まいを移されましたし、これで一安心ですね」

 

 イヴリーズは出産や医療の心得のあるフレイに相談がしたいという名目で、ときおり自分の離宮に彼を招いている。その実の理由はグリスウェンと対話する機会を設けさせるためであり、イヴリーズが橋渡しになったおかげで、最初はぎこちなかった実の父子も今ではすっかり打ち解けて、三人で母ルテアの話や、生まれてくる子供の話題で盛り上がっているという。




「いいなあー。私も一緒に混ざりたい……」


 胡桃入りのクッキーをかじりながら、カレンは拗ねたように頬を膨らませる。


「祝賀行事が落ち着いたら、いくらでも遊びに行けますよ。春にはお子様を生まれますし、楽しみですね」


「そうそう、姉上と兄上と子供だもん。もう絶対美形確定! 超絶カワイイに決まってるよね!」


 ミリエルが『カレンお姉様だけズルい』と拗ねるのであまり口外できないが、カレンにとって生まれてくるのは普通の甥姪ではない。異母姉と異父兄の間に生まれる、自分とは一際血の繋がりが濃い子だ。顔を見る前から、愛おしいと思えてしまうのも仕方なかった。





「それに来年は北部地方の巡啓も予定されています。公務とはいえ、カレン様の念願だった温泉にも行けますよ」


「温泉!」


 カレンはぱっと顔を輝かせた。文化や文明の違いにはもう慣れたが、風呂に関しては蒸気浴しかできないことだけが、数少ない不満だった。


「特にレブラッド領には至る所に温泉が湧いているそうですよ。街中にも温泉が湧いていて、庶民が野菜や卵を茹でたり、病気の治療や美容のために飲用されているとか」


「レブラッド領か……」


 北国のドーレキア王国との国境に位置するレブラッド領は、一年の半分は雪と氷に閉ざされる、厳しい気候の土地だと聞いている。


「次の公爵が決まり、体制が落ち着くまでは領民も不安でしょう。カレン様が訪問されれば、きっと慰めになると思いますよ」


「そうだね……せめて私にできることがあればいいな」


 レブラッドの名に、カレンは複雑な思いでうなずいた。










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