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元地下アイドルは異世界で皇帝を目指す!  作者: 烏川トオ
第1部 4章 プロモーション
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152、遺された者



 再び兄弟姉妹きょうだいは談話室に呼び出されていた。


 昨日は積もり積もった確執を、派手に()()しただけあって、最後は穏やかな雰囲気で数年ぶりの交流を楽しんでいた。しかし今朝は侍従からの報告で、暗い空気に包まれている。


 それは七家門の当主にして皇帝の従兄であるレブラッド公爵が、紛争の最中に犯した背信行為を認めたという、驚くべき知らせだった。その上、数か月前のイヴリーズとグリスウェンの襲撃を企てたことも自白したらしい。レブラッド公爵はその日の内に、つまりすでに昨晩皇帝の命令で処刑されたという。




「……公爵はきっと、自ら父上の血を賜ることを願い出たのだと思うわ」


 そうつぶやくイヴリーズの傍らで、椅子に座ったユイルヴェルトが子供のように膝を抱えて、頭を埋めていた。


 彼の死の偽装にはレブラッド公爵の協力があった。公爵は自分の屋敷を提供し、怪我のせいで隠遁生活を送るランディス皇子を演じる、ユイルヴェルトを住まわせていた。ロウラントもまた、公爵の庶子という新たな人生のための肩書を用意してもらっていた。


 二人にとってずっと協力者であったはずの公爵の裏切りは、相当な衝撃だったようだ。そして恨み言や疑問をぶつけようにも、彼はもうこの世にいない。レブラッド公爵が何を考え、何を望んでいたのかも永遠に知ることはできない。




「あのお爺様ですらレブラッド公爵のことは、悪く言ったことがありませんでした。人格者と称えられ、宮廷中の誰からも信頼されていました。……人はわからないものですね。まさかイヴお姉様を――いえ、本当の狙いはスウェンお兄様でしたね。まさか殺害を企てるなんて」


 宮廷から潔白が証明されながらも、ミリエルやトランドン伯爵が襲撃事件へ関与しているという噂は、いまだに一部の人々から頑なに信じられていた。真犯人が判明したことで、今度こそ彼女への疑いは完全に晴れるはずだが、その表情は明るくなかった。


 そもそもミリエルが疑われるよう仕向けたのは、撃事件の被害者であったイヴリーズだが、真犯人は誰もがベルディ―タだと信じていた。ここに来て明らかにされた真実は衝撃だった。




 公爵の本来の標的であったと知らされたグリスウェンが、やるせない表情で言う。


「俺はレブラッド公爵を恨み切れない。……歪んでいたかもしれないが、彼は忠義者だった。公爵は母上の秘密を知っていて、皇家の血を引かない俺の存在が許せなかったのかもな」


「どっちにしろ、筋違いの私怨には変わりないわ」

 

 イヴリーズがきっぱりと断じると、傍らで縮こまったままの弟に言う。


「ユール、いつまでも落ち込んでるのよ。いい加減になさい!」


「……無理言わないでよ。落ち込みもするさ」

 

 返ってきたくぐもった声に、イヴリーズは呆れたようにため息をつく。




 イヴリーズたちがあの日貧民街に行くことを、レブラッド公爵は把握していた。カレンからその話を知ったロウラントが万が一に備え、ディラーン商会に護衛を依頼する旨を、手紙でユイルヴェルトに知らせたためだ。その内容を目にしたレブラッド公爵は、イヴリーズを人質にしてしまえば、グリスウェンを始末できると考えたらしい。


 信頼していたレブラッド公爵の裏切りと、手紙の処分を怠った自分の失態に、ユイルヴェルトはすっかり落ち込んでいた。




「辛気臭いわねっ。……そういえば、ランはどうしたの?」


「あっち」


 カレンが指さす先には、窓の向こうのバルコニーで一人立ち尽くすロウラントがいた。すべてを拒むように、部屋に背中を向けている。


「まったく……しょげてても可愛げのない子」


「ランなりに責任を感じてるんだろう」


「私は公爵のことあんまりよく知らないけど、ロウとはどういう感じだったの?」


 カレンの質問に、ロウラントの子供時代をよく知るイヴリーズとグリスウェンは、思い出すように考え込む。


「……子供の頃のあいつを諫められるのは、父上とイゼルダ様を除けばレブラッド公爵くらいだったな」


「レブラッド公爵にも生意気な態度ではあったけど、彼にこんこんと諭されると、さすがのランも意地を張れなかったのよね」




 従者の今ですらアレだ。皇子時代のロウラントが、相当生意気で小賢しい少年だったことは想像がつく。レブラッド公爵の凡庸さを侮りつつも、人間性は信頼し、どこか甘えがあったのだろう。


 初めてディラーン商会でレブラッド公爵と顔を合わせた時、ロウラントは彼を父親だと偽っていた。

 ――偽っていたが、他の件がそうだったように、すべてが嘘とは思えない。


 少なくとも伯父として、後見人として共に過ごした時間に嘘はないはずだ。皇帝である父ディオスよりも、ロウラントにとって距離の近い家族のような存在だったのではないだろうか。


 そしてロウラントは猜疑心が強く、簡単に他人に気を許さない性格だが、その分身内や気心知れた人間には抱く感情が深い。


 いつもの偉そうな態度が嘘のように、寂しげな背中を見やって、カレンはため息をつく。




「……カレン、ちょっと行ってきてくれないか? こういうのは俺たちより、お前の方がいいだろう?」


「拗ねてる時のロウは、私だって扱いづらいんだからね」

 

 バルコニーを指し示すグリスウェンにそう言いつつも、カレンはソファーから立ち上がる。


「……私もスウェンも気にしてないって伝えて」


 小さく言い添えるイヴリーズに、自分で言ってあげればいいのにと少し呆れながら、カレンはロウラントの元へ向かう。




 久々に外に出ると、風が数日前よりも冷たくなっていた。後一か月もすると、帝都レギアでも雪が舞うという。


 バルコニーの手すりに手を掛け、中庭を眺めるロウラントの横にカレンは無言で並び立つ。視線一つ動かさないその横顔からは、何の感情も読み取れないが、かすかに青ざめている。


「……結局俺は、兄弟姉妹の中で一番まぬけだったわけです」

 

 唐突にロウラントが言った。











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