表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
元地下アイドルは異世界で皇帝を目指す!  作者: 烏川トオ
第1部 4章 プロモーション
147/228

143、かつての皇子と従者1




「……先ほどの選帝会議で思い出しました。昔の陛下は今よりずっと多弁で、詭弁を弄させれば随一でした」


「そうだったか?」


 ディオスは自室にてダリウスと向かい合っていた。ティーテーブルの上には茶器ではなく、グラスとワイン瓶が置かれている。最近はその機会もめっきりなくなったが、皇子時代にはよくこうして酒につき合わせた。手酌でワインを注ぐディオスの前で、グラスを傾けながらダリウスは言う。


「結局は子供たちを不遇な立場から救いたかっただけでしょう。それらしく継承法の欠点をあげつらっていましたが、本音はそちらだ」


「継承法が時代にそぐわないのは事実だ。皆が救われるのであれば、それのどこが悪い?」

 



 ダリウスはグラスを手の中で回しながら、ため息をつく。


「……そして、そのように傲慢で自信家だった。目障りな改革を推し進めようとする陛下を、亡き者にせんと考えた者は当時大勢いたでしょう。だから痛い目を見れば、少しは大人しくなると思ったんですが、結局本性はお変わりにならなかった。……いや、しかるべき時のために、二十年も本心を隠し通したという点では、忍耐は覚えられましたか」


「さあな。二十年以上培った性格などそうそう変わらんだろう。……それで? ラドニアで私を裏切った理由はそこか?」


「……陛下は私の亡き妻のことを覚えていらっしゃいますか?」


「むろんだ。私が羨むほどの美しい貴婦人だったからな。……そなたの細君は出産で亡くなっていたな」


 医師や産婆による、手厚い補助がある貴族婦人の出産であっても、本人や子供が死亡する確率は低くない。こればかりは人智では覆せぬ運命のようなもの。ルテアの亡くした後、ディオスも周囲の人間からそう慰められた。――あの当時は、そこに誰かの意志が介入しているなど思いもしなかった。




「偶然にもイヴリーズ殿下がお生まれになった日でした。陛下の最初の御子の誕生とあって、私は宮殿に詰めていました。妻が産気づいたと知らせがあっても、私は陛下のお側にいることを優先しました。その間に妻は産声を上げぬ子を一人で産み落とし、自身もそのまま息を引き取りました」


「私への忠義を優先したせいで、妻子の死に目に会えなかった……それが復讐の理由か?」


「少し違います。陛下とて私の妻が産気づいたと知っていれば、無理やりにでも私を宮殿から叩き出したでしょう。さすがにあの時の選択の結末を、陛下に押し付けるほど恥知らずではありませんよ」


「では、何を恨んでいるというのだ?」


「私は従兄弟として従者として、子供の頃から誰よりも何よりも陛下に尽くしてきました。それなのに、その陛下は私の反対をも押し切り、身を危険にさらすような改革を推し進めようとした。わが身はもちろん、家門や妻よりも心を砕いてきた存在が、自らを平然と危険にさらし、すべてを台無しにしようというのです。……ならば私が犠牲にしてきたものにも意味はなく、価値はなかったのですか?」




 ダリウスの問いにディオスは答えなかった。


 肥大し過ぎた貴族の特権の撤廃。それは間違いなく国家安寧のために成そうとした改革だが、私心が一切ないとは言えない。皇家に生を受けた子供たちが、少しでも真っ当に生きられるよう考えた結果でもある。


 自分が家族を救おうと奔走している裏で、ダリウスは自らの家族を犠牲にしていた。ディオスが望んだことではないとはいえ、その確固たる事実を前にどんな言葉も無意味だとわかっていた。




「陛下にこのやるせなさや惨めさを、ご理解いただくのは難しいですか?」


「……ああ。まったく理解できんな」


 あえて平静な顔で応じるディオスに、ダリウスは従者時代から変わらない苦笑を向ける。


「よくおっしゃいます。いくら陛下でも私への断罪を利用して、継承法の改正を押し通すなど手際が良過ぎます。ここ最近考え付いたことではないでしょう。証拠が見つからなかっただけで、当時から私を怪しんでいたのではないですか?」


「……大司教やトランドンの次くらいにはな」


 思いのほか手管を読まれていて、さすがに自分の元従者だっただけはあると思う。

 



 継承法の改正は即位当時から考えていたことだ。幸いにも自分は経験しなかったが、血縁者同士の蹴落とし合いが前提である、選帝制度の在り方には疑問があった。その思いは妃を娶り、子供が生まれるごとに日に日に強くなっていった。七家門から大反対をされることは承知だったが、どんなに強固な手を使ったとしても改正はやり遂げるつもりだった。とはいえそのせいで、次代の皇帝が割を喰うことはあってはならない。


 ラドニア紛争が帝国側に不名誉な形で終結したことで、ディオスは七家門に大きな借りを作り、貴族の特権を撤廃する方針は失敗に終わった。しかしその後も、ディオスは継承法の改定だけでも確実にするため、説得の材料を考え続けていた。その折にダリウスのことが頭に浮かんだ。




 自分を敵国に売った戦犯が、ダリウスではないかという疑いはずっとあった。それはあくまでディオスの勘であり、物質的証拠はなかった。


 しかし自分への義務を超えた忠義心、貴族の権限を撤廃すると告げた時の鬼気迫る反対ぶり、妃たちの葬儀で垣間見た冷ややかな表情。そんな小さな欠片のような疑念は長い時を経て集まるにつれ、はっきりとした形になっていった。


 それでも、そこまでなら見て見ぬ振りもできた。ルテアたちを失った悲しみも怒りもあったが、悲劇を蒸し返したところで死者は帰らない。何よりも子供たちに、憎しみを植え付けることだけはしたくなかった。


 しかしダリウスは選帝期に入り、ついに一線を越える行動を取った。




「陛下を恨んでいたのは、私や彼らだけではありません。戦争に勝利していれば、陛下はなおさら無茶を押し通していたでしょう。そして必ず、いずれかの陣営から命を狙われたはずです」


「つまりお前のおかげで私は虜囚の恥辱を味わい、貴族からの圧力に屈する羽目となり、暗殺を免れたということだな。……守られたことに感謝すべきか?」

 

 皮肉を交えた問いに、ダリウスは澄ました顔で笑う。


「一応気は遣ったのですよ。そして陛下に命の危険が及ばぬ方法で、その鼻っ柱をへし折る方法を考えました。アトス共和国は元々大商団を祖とする合理主義者の集まりです。金の卵を産むガチョウを無下に扱うはずがありません。捕虜とした陛下を賓客のようにもてなしたのではないですか?」


「……悔しいことにルスキエの宮廷料理よりも、あちらで出された食材の方が新鮮で美味かった。気の利いたことに、夜には美女まで宛がわれたぞ。どうせ国に帰れば針のむしろとわかりきっていたし、いっそ亡命できないか本気で考えたわ」


「イゼルダには黙っておきましょう」


 軽口を交えたやり取りは、皇子と従者時代の頃と同じだった。ともすれば、和解できるのではという錯覚に囚われそうになる。しかしすぐにそれが幻想であることを思い出し、ディオスはかすかな胸の痛みを覚えた。




「しかし苦心した割に得た物は少なかったですね。せっかくイゼルダは第一皇子を得たのに、ランディスは継承権を放棄してしまった。おかげでレブラッド家は他の六家に比べ落ち目のままです」


「それは私のせいではない」


「いいえ、陛下のせいですよ。あなたがお育てになり、その影響を受けた息子がしたことです。……ところで、ランディスはイゼルダの子ではないのでしょう?」

 

 その言葉にディオスは軽く目を見張る。

「何だ、知っていたのか?」


「イゼルダが臨月になるまで気づかず、遠方へ訪問中に産気づいたなどという説明は怪しすぎます。結局ランディスは陛下のご落胤ですか?」


「違う。厳密には従弟になる、私の叔母の子だ」


 ダリウスは呆れたように笑った。

「つくづく因果な一族ですね」


「そう思うなら、深入りなどしなければよかったのだ……たわけが」


 ディオスが本題を切り出したことに気づいたのか、くつろいでいた様子のダリウスが居住まいを正す。











評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ