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元地下アイドルは異世界で皇帝を目指す!  作者: 烏川トオ
第1部 4章 プロモーション
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140、二つの大罪




 皇帝の血縁者であり、ルスキエ七家門の中でも最高の家格の一つ、レブラッド公爵家の当主ダリウス。皇帝自ら彼を告発したことに、枢密院の誰もが動揺していた。




 ダリウスが半分炭と化した木片をつまみ上げ、悲し気に眉尻を下げた。


「……このような木くず一つを証拠に、私が陛下を陥れた戦犯だとおっしゃるのですか?」


「先ほど大司教殿の話にも合ったとおり、木簡などあの当時くらいしか使われておるまい」


「手紙を出す機会はいくらでもありましょう。確かにこれは私の署名に見えますが、それだけです。肝心な内容の部分がございません。何者かが私が当時よそに宛てた木簡を手に入れ、焼いてそれらしく偽装したとしか思えません。それに――」

 

 ダリウスが大司教に視線を移す。


「先ほど大司教猊下もおっしゃっていたではないですか。筆跡など真似する気になれば、できなくはないと。この木片とて、本当に私が書いた物かどうか……」




「――なるほど。それを見せていただけますか?」


 ダリウスが無言でレスカーへと木片を差し出す。皆が奇異の目で見つめる中、レスカーはそれをまじまじと眺めた後、鼻を近づけ匂いを嗅ぐ。


「……最近焼いた物にしては、焦げ臭さが薄すぎるな。おや……? これは芸香うんこうかな」

 

 レスカーは珍しい虫でも発見した子供のように目を輝かせる。


「その傭兵崩れの犯罪者は、本当にマメな性格だったのでしょうね。長期に渡り防虫剤と一緒に保管しておいたから、その匂いが移ったようだ。――それにここ」

 

 レスカーが木片を掲げる。

「署名の端の方……焦げが少ない部分、わかりますか? よく見るとインクの色が黒じゃない」


 小さすぎて大半の人間には見えなかったが、レスカーの隣に座るノア伯爵が「言われてみれば確かに……」とつぶやく。




「鉄を酸で溶かして作るインクは、完全な黒ではなく青みがかった色になることがあるのですよ。……先代レブラッド公爵がお使いになっていた、インクの色が珍しかったので興味本位で聞いたことがあるんです。レブラッド家の当主は、領地で作られた希少なインクを使っているそうですね。楢の虫こぶから抽出した樹液に、レブラッド領のフィス川から採れる鉱石を溶かして作られたインクは、耐光性や耐水性に優れ、何十年も深く滑らかな暗紫色を保つのだとか……――そうそう、ちょうどこんな色だ」


 レスカーは再びダリウスの前に木片を戻す。


「インクの配合はレブラッド家の秘伝で、市場にはないと先代はおっしゃっていましたが、今は違うのですか?」


 揶揄するような言葉に、ダリウスが目を見開いたまま硬直する。


「……まあ、細君がレブラッド家の方なのですから、陛下ならいくらでも入手できましょうが」


 ディオスを援護したいのか、妨害したいのか分からぬレスカーの台詞に、半ば感心しつつ彼を見つめていた一同の視線が、再び苦々しい物へと変る。


「むろん陛下がそこまでして、ご自分の汚点ともなりかねない、従兄弟のレブラッド公爵の犯行を仕立て上げる意味があるとは思えませんがね」


 両手を広げ、肩をすくめるレスカーの隣で、ダリウスが押し黙ったままうつむいている。

 



 気まずい空気が流れる中、恐る恐る進言する声があった。


「……陛下、法に携わる端くれとして申し上げさせていただきます。ここはやはり、改めて場を設けた方がよろしいのではないでしょうか? 大罪の嫌疑がかかっているとはいえ、七家門の当主たる者を貴族以外の人間もいる場で、このように断罪するのはいかがなものかと……ダリウス卿にも弁明の機会は、与えられるべきではないでしょうか?」


 法務大臣であるシュクラ侯爵の言葉に、一同が「確かに」と頷き合う。


 ディオスはゆっくりと首を振った。


「レブラッド公爵の罪はそれだけではない。だからこそ皆にもこの場で聞いてほしかったのだ。――ダリウス、ベルディ―タをそそのかし、皇妃たちの殺害に加担したのはそなただな?」




 皇帝の言葉に会議場を長い沈黙が支配した。


「まさか……」と最初につぶやいたのは、デ・ヴェクスタ公爵だった。


「では、セリシアは病ではなく……」


「そうだ。ベルディ―タの侍女が自供した。レブラッド公爵から手引きされた主の命令で、セリシアとルテアに毒を盛ったと」


「何ということを……」

 

 青ざめて声を失う弟を、同じくセリシア皇妃の兄であるレスカーが乾いた笑いを浮かべる。


「意外、というほどでもなかろうよ。六人の妃の内、四人が若くして亡くなっているのだ。暗殺は当然想定できたことだ。――となれば、残り二人の皇妃にもレブラッド公爵の関わりが?」


 第四皇妃アンフィリーネと第五皇妃ティアヌは、それぞれ病による急死と事故死とされているが、実際の所アンフィリーネは、外国の大使に軍事機密を漏らした咎で処刑されている。第五皇妃ティアヌも、実兄への死刑が宣告されたことへの、抗議と嘆願のため自殺していた。


「その二人に関しては証拠はない。しかし、アンフィリーネから機密を受け取ったラグセスの大使は、そなたとも交友関係があったそうだな? そしてティアヌの兄であり、殺人の罪で処刑されたハイゼン伯爵の嫡子ともそなたは友人だったはずだ」




「お待ちください、陛下!」

 声を上げたのは、大臣たちの中でもまだ若いノア伯爵だった。


「外務大臣であるダリウス卿が、外国の大使と交流があるのは当然のことです」


「年齢が近い名家の嫡子同士が友人同士であるのも、むしろ自然なことでしょう」

 

 最年長者であるカロン公爵の言葉に、他の大臣たちもうなずく。


 レブラッド公爵ダリウスは、癖の強い名門貴族たちの中では珍しい、温和で謙虚な人柄として、あらゆる年齢層の者から親しまれている。皆が庇い立てするのは当然だった。




「反逆の件にしろ、二人の皇妃殿下の件にしろ、自白しか証拠がないのであれば――」


 グリーデン侯爵の言葉を奪うように、デ・ヴェクスタ公爵が大声を荒げる。


「ベルディ―タ皇妃の侍女が、なぜ縁もゆかりもないレブラッド公爵の名を出す!? 他二人の皇妃殿下とも繋がりがあるのだぞ。一つ、二つなら偶然であっても、四人すべてに関りがあるなら当然怪しむべきだろう!?」


「やめろ。見苦しいぞ、デ・ヴェクスタ公」

 レスカーが頬杖をついたまま、弟へ静かに苦言する。


「我らはあくまで皇帝陛下の諮問機関。貴公らの口論で結論が出るわけではない」


「ですが、兄上……」


 そのとき、ふらりと円卓から立ち上がる者があった。

 血走った目を見開き、身を震わせるトランドン伯爵だった。











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