136、皇女になれなかった娘
「先々帝の娘って……ええっと、私たちのひいおじい様のってこと?」
「はい。俺を産んだ女性の名はリーゼラーナといいます。血縁としては父上の叔母に当たりますが、歳は父上よりも下です」
「そっか、だからロウも皇族の血を引いてるんだ」
カレンは指を折り数える。
「ランは私たちからすると、本当は叔従父に当たるということね。――カレン? 何を数えてるの?」
イヴリーズがいぶかしげな視線を向ける。
(ルスキエでも従兄妹同士は結婚できるんだよね……。従兄妹は四親等だから――)
「ねえ、だから何で数えるのよ!?」
何かを察したらしい姉を無視して、カレンはやがて満足そうに頷く。
(五親等離れてるのか……なーんだ、全然余裕じゃん)
ロウラントが親族であるのは元からわかっていたが、彼の実母とディオスの親しい関係性からして、最悪血が近いことは覚悟していた。いざとなれば、別にためらうつもりもなかったが。
「もしかしてランお兄様の母君は、選帝には間に合わなかった皇女ということですか?」
ミリエルの問いにロウラントがうなずく。
「そうだ。皆も知っているように、皇位継承権は長子が十四歳の誕生日を迎える日までに、生まれている子供にしか与えられない。俺の母は先帝が皇太子決まった後に生まれたから、厳密には皇女の称号は与えられていないんだ。幼少期は宮殿で育てられたが、その後は規定通りに修道院に送られている」
特例が許されるのは、宮廷に残す価値のある才覚を持つ皇子皇女だけ。そして修道院送りを免れても、その後は皇族を名乗ることは許されない。ロウラントの母は生まれ落ちた瞬間から、皇女を名乗る権利はなかったのだ。
「父上と母は年が近い縁で兄妹のように過ごした時期があり、大人になってからもずっと手紙のやり取りをしていたそうだ。母は生まれつき肺の病を持っていて、修道院では治療もままならなかった。そこで父上が皇太子になった後、特別な計らいで辺境の城で養生できるように手配させたらしい。監視の目が行き届かない所だから……まあ、そういう不祥事もあったんだろう」
自分の存在を素っ気なく不祥事と称する辺り、ロウラントも心中は複雑だったのだろう。
(やっぱり庶子って話は本当だったんだ……)
他人にそれ以上詮索されぬよう、あえて後ろ暗い庶子という立場を取っていたと、ロウラントは言ったが、それも多分少し嘘だ。
ロウラントは自信家の割には、妙に自罰的な所がある。あえて黙っておけばいいことを、そうできないのはいかにも彼らしい。少年時代はおそらく今以上に、気位と自意識が高かかったロウラントに、出生の事実がどんな影響を与えたのかは想像がつく。
「母は俺を産んですぐに亡くなった。死ぬまで誰にも父親の存在を明かさなかったらしい。――実の両親の出自がわかってるだけ、お前はまだましだ、スウェン」
グリスウェンが複雑そうに表情を曇らせる。
「……父上はお前には出生時の事情を話してたんだな」
「仕方なかったんだ。最初から自分の子として産ませたお前と、身内が勝手に生んだ俺とでは立場が違う。……父上が憐れんでいたのは、きっと俺よりも母の方だ。彼女のことが不憫で、息子である俺に本当の母の存在を教えたんだろう」
イヴリーズがロウラントに指を付きつけ、グリスウェンに向き直る。
「見なさいよ。ランは後ろめたさなんか微塵もなく、陛下を父上とお呼びしてるじゃない。あなただって、その点のふてぶてしさはランを見習うべきね」
「責任を引き受けると決められたのは父上だ。その意向を否定する方が失礼だろう」
ロウラントのまるで悪びれない物言いに、グリスウェンが苦笑した。
「確かに、その割り切り方はうらやましいよ」
「……スウェン、これだけは言っておく。父上はお前を本当に気にかけていた。『何かあった時は弟と苦楽を共にしてやれ』と、子供の頃に言われたことがある。……お前は馬鹿真面目だから、真実を知れば悩み苦しむだろうとわかっていたんだ」
いつかミリエルを諭した時と同じ表情で、ロウラントは切々と語る。自覚があるのかわからないが、今の彼は間違いなく弟を前にした兄の顔をしていた。
そんなロウラントの心情を察したのか、グリスウェンの表情は少しやわらいでいた。
「でも結局、ランは肝心な時に雲隠れしてたじゃないか」
「別にいいだろ。お前には今まで――これからもイヴが側にいるんだから」
そのさらりと言われたロウラントの一言に、イヴリーズとグリスウェンが目を見開く。
今までも、これからも。
二人が共にあることをあっさりと受け入れる弟に、イヴリーズが泣き笑いのような表情を浮かべる。
「……本当、よく言うわよ。あれほど私たちのこと怒ってたくせに」
「当たり前だろう。こっちがどれほど気を揉んだと思ってる?」
カレンは顔をしかめるロウラントに笑いかけた。
「しょうがないよね、二人とは赤ちゃんの頃から一緒だったんでしょ? 一人だけ置いてかれちゃったみたいで、ロウも寂しいよね」
その言葉に、ぽかんと呆気にとられた三対に視線が集まる。
「……はあ? 違いますよっ!」
真っ先に我に返ったロウラントが慌てて叫ぶ。
「ああ、そういうことだったのか……」
「寂しかったのなら、そう言えばいいのに」
「誰が寂しがるか! ――おい、なに笑ってるんだよ」
にやにやと笑う二人に、ロウラントが顔を赤くして睨む。
「ねえー? 素直じゃないよね」
「殿下はもう黙っててください!」
「――だから姉上と兄上も、もうロウのこと許してあげてよ」
真面目な顔でイヴリーズとグルスウェンに向き直ると、それまで気色ばんでいたロウラントが、はっとしたようにカレンを見つめ返した。