135、本当の出自
「信じられない! いい大人が不和を暴力で解決しようなんて、二人とも恥ずかしくないのですか?」
仁王立ちで腰に手を当てて、まなじりを吊り上げる妹を前に、ロウラントとグリスウェンが二人そろって大きな背を丸めてる。互いの拳より、末の妹に正論で殴られるのが一番堪えるらしい。二人は返す言葉もなく、気まずそうにしている。
イヴリーズがしぶしぶ兄弟の治療をしたため、全員傷はきれいに治っている。ロウラントは何か思う所があったのか、律儀に弟たちの傷が治るのを見届けてから、自分の傷を治していた。
一方的に、ロウラントに半殺しにされたらしいユイルヴェルトは、しばらくしてから意識を取り戻し、今は素直にイヴリーズの問いに応じていた。
「……つまりあなたはお母様の仇が討ちたくて、自分の存在を殺してしまったのね」
「僕は姉上たちみたいに、帝位に対する熱意はなかったしね。別に惜しくはなかったよ」
「だからって……あなたが死んで、ランまで再起不能になったと聞いたとき、私たちがどれほど悲しんだと思ってるの? 事情があったのはわかるけど、せめて生きていることくらい教えてほしかったわ」
「……その件は本当に悪かったと思ってるよ」
怒りに頬を染めながら、うっすらと涙を浮かべる姉に、ユイルヴェルトも居たたまれない表情になる。
一方、カレンはずっと思っていた疑問に首を傾げる。
「ロウは――あ、ここではランディス兄上って言った方がいいのかな?」
「……外向きはともかく、内輪であなたに兄と呼ばれると何かゾワッとするんで、今まで通りでいいです」
ロウラントが振り返って、心底嫌そうに言う。
「はいはい。――それでロウは私の側にいつも居たのに、本当に姉上たちは気づかなかったの? 顔も見て、スウェン兄上とは会話もしてたのに」
「だってなあ……」
「……ねえ?」
イヴリーズとグリスウェンは気まずそうに顔を見合わせる。その様子を見て、ロウラントが小さく鼻を鳴らした。
「さすがに俺だって正面から問い詰められていたら、観念して正体を明かしましたよ。でもこいつら本当に鈍感で、気づく素振りもないんだから呆れますよ」
(……気づいてもらえなくて、少しショックだったくせに)
恨みがましさが完全に顔に出ているが、ロウラント自身はわかっていないようだ。
グリスウェンが改めてロウラントを見やると、首をひねる。
「そう言われても、ランは子供の頃の面影がなあ……言われてみれば、わからなくもないんだが……」
「カレンたちは覚えてないかもしれないけど、ランは子供の頃は本当に桃みたいなほっぺで、まつげだって長くて、お人形みたいだったのよ」
「嘘!? ロウが!?」
(スマホ……! この際白黒写真だっていいから、こっちにカメラがあればっ……)
文明に違いにはいい加減慣れてきたが、ここにきて悔やまれる。
「僕は少し覚えてるよ。今はこんなだけど、昔はちょっと近寄りがたいくらい綺麗な顔してたんだよ、この人」
ユイルヴェルトに指さされ、ロウラントは弟を睨む。
「そうよねえ。私もあなたは大人になったら、もっと繊細な美青年になるかと思い込んでたわ」
「何だかこう……ずいぶん地味に仕上がったな」
イヴリーズとグリスウェンが同時にふっと乾いた笑いを零す。
確かにロウラントは他の兄弟姉妹に劣らず、間違いなく顔立ちは整っている。ただしすれ違った程度では、そうと気づく人は少ない。圧倒的に『華』がないのだ。隠しきれない陰気な性格のせいと考えれば納得だが、美形の持ち腐れが惜しまれる。
「いいなあ。子供のロウ見たかったなあー」
「こっちとしては、そんなにいいものじゃないですよ。年頃の男からすれば、女顔なんて劣等感の要因でしかありませんでした」
「ああ、絵姿ならきっと残ってるわよ」
「本当!?」
イヴリーズの言葉に、ロウラントが呻くように言う。
「……余計なことを言うな、イヴ」
「そういえば、あの頃のランは今のミリーと少し雰囲気が似てるわね」
「わたくしと……? ええ……」
末の妹に嫌そうに顔をしかめられ、ロウラントはさすがに傷ついたような表情になる。
(あれ? でもロウって……)
カレンのもの言いたげな視線に気づき、ロウラントが「ああ……」と思い出したかのようにつぶやく。
「そうだった。言い忘れていたけど、俺はお前たちの本当の兄弟じゃないんだ」
(……え? なにその雑なカミングアウト……)
ロウラントは意外と大雑把な所があるのは知っていたが、さすがにそれはないだろうと、カレンは呆れて見やる。ぽかんとしている兄弟姉妹たちの反応に、気まずくなったのか、ロウラントは誤魔化すように咳払いをした。
「その話、私もくわしいことはまだ聞いてないんですけど……」
イゼルダから大方のことは聞いていたが、ロウラントの母親が何者なのか、まだ謎は残っている。
「期待されるほど、たいした話ではないですよ。……俺の産みの母は先々帝の娘だったんです」