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元地下アイドルは異世界で皇帝を目指す!  作者: 烏川トオ
第1部 4章 プロモーション
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133、兄弟喧嘩1




「何ですか、今の音?」


「……ちょっと待って」


後ろにいるミリエルには見せぬよう、カレンはドアの隙間からもう一度、中の様子をうかがう。




 ロウラントが上半身を起こしかけたところを、大股で歩み寄ってきたグリスウェンがその胸ぐらをつかみ上げ、間髪入れず顔に拳を叩き込む。部屋の奥では優雅に椅子に座り、お菓子をつまむイヴリーズが、冷めた眼差しで二人の様子を眺めていた。


(何コレ……)

 その光景に、カレンの思考がしばらく停止する。




「よくも騙してくれたな……!」


 地を這うような怒気を孕んだ声は、カレンも一度聞いたことがある。普段の陽気で温厚な振る舞いとの落差が恐ろしい。据わった目つきで、機械的に拳を振り続けるグリスウェンの姿は悪鬼の様だった。


 一方、ひたすら殴られ続けていたロウラントが、一瞬の隙をついて頭をのけぞらせると、グリスウェンの額に渾身の頭突きを見舞う。そのまま流れるような動作で立ち上がり、脳を揺さぶられるよろめくグリスウェンの鳩尾みぞおちに、回し蹴りを喰らわせた。


 形勢を逆転させたロウラントは肩で息をしながら、床で腹を抑えてうめくグリスウェンへ見下ろす。


「お前こそ、人の苦労も知らないで墓穴掘りやがって! どう血迷えば、この世で一番面倒な女に手を出すことになるんだよ!?」


「大きなお世話だ、クズ野郎!!」


「ああ!?」


 鼻血を拭いながら意味のわからぬことを叫ぶロウラントを、頭からダラダラ血を流すグリスウェンが罵倒する。


 カレンは目も当てられなくなり、そっと視線をそらした。




「ちょっと! 今のお兄様方の声ですよね!?」


 中の状況が見えず、後ろからミリエルが叫んでいる。カレンはドアの隙間から身を滑らせるようにさっと中に入ると、すぐに鍵をかけた。


「何で閉めるのですか!?」


「……うん、何て言うか……ちょっと」


 ミリエルがドア越しに叫んでいるが、妹にこの暴力沙汰は絶対に見せられない。


 この部屋で何があったかは、聞かなくても大体わかる。今思えば、これまでの兄弟姉妹きょうだい間のすれ違いなど可愛いものだった。我を忘れて壮絶な乱闘を繰り広げる、己の従者と兄の姿にカレンは頭を抱えた。




 罵りながら殴り合いを続ける二人を横目で見つつ、カレンは壁伝いにこそこそと移動する。


「あら、カレンも来たのね?」


 二週間ほど顔を合わせていなかったというのに、まるで昨日会ったばかりのような気軽さで、イヴリーズが声をかけてきた。


「姉上、体調は大丈夫なの?」


「驚いたのと呆れたので、それどころじゃなかったわ」


 ドアからは死角になっていたが、テーブルの側で背中を丸めて横たわる人物を見つけ、カレンはぎょっとする。


「え、ユール兄上!?」


 低くうめいているので、ユイルヴェルトが生きていることに、ひとまず胸を撫で下ろす。




「お菓子あるわよ。食べる?」


 弟が倒れ込む傍らで、イヴリーズは呑気にクッキーの乗った皿を押しやる。


「食べるけど、あの姉上……ユール兄上が……あと、ケンカ止めようよ」


「ユールは自業自得だからいいのよ。スウェンとランには一応声をかけたけど、全然人の話を聞いてないから、もう諦めたわ」


 肩をすくめる横顔には、まったく焦りはなかった。


「滅茶苦茶やっているように見えるけど、あれでも最低限の超えてはいけない一線は弁えてるみたいだから、心配いらないわよ」


「最低限?」


「武器は使ってないし、急所は狙ってないでしょ?」


「ああ……なるほど」

 あれでも理性を残していることに、カレンは半ば感心する。


(姉上でダメなら、私も無理だよね……)


 自分が止めてもどうせ無駄だろうと、カレンもあっさり諦める。本音を言えば、あんな猛獣同士の頂上決戦のようなものに巻き込まれたくない。




「それでね、姉上。ミリーが怪我してるんだけど……」


「今度は何したのよ?」


 うろんげな視線を向けられ、カレンははっと思い出す。腹を刺され、イヴリーズに窮地を救ってもらったのが、もうずいぶん昔のことのようだ。


「そうだった姉上! その節はありがとう」


「ありがとう、じゃないわよ。こっちはどれほど肝が冷えたと思ってるの!」


「……ごめんなさい」


 カレンは素直に頭を下げる。おそらくイヴリーズにも相当負担を掛けたはずだ。身重の体であるのに、申し訳ないことをしてしまった。




「あと、今回のミリーは事件じゃなくて、自分のかんざしでわざと手を突いたの。二人で選帝会議に押しかけて、ミリーは皇位継承権を放棄して、私に皇族の血を証明させてくれたの」

 

 ざっくりとした説明だったが、イヴリーズはすべて解したらしい。渋い顔で額を抑える。


「……仕方ない子たちね。ミリーにこの騒ぎを見せるわけにいかないから、私が行くわ。今ドアの外にいるのよね? カレンは念のため、あの二人を見張ってて」


 まったくもう、とブツブツ文句を言いながら、席を立つイヴリーズを見送り、カレンは派手に殴り合いを続ける二人に目を向ける。




 こうなるだろうなとは、薄々感じていた。

 互いに十年に及ぶ募る想いがあり、相手のそれを裏切る行為をしたのだ。手に手を取り合って感動の再会を喜び合う光景など、楽観的なカレンでもまずないだろうとは思っていた。思っていたが――。


「……ここまで普通やる?」











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