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元地下アイドルは異世界で皇帝を目指す!  作者: 烏川トオ
第1部 4章 プロモーション
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129、本当はずっとやりたかったこと




 大広間では決まりの悪い、不穏な空気が流れていた。貴族たちは互いに罪を擦り付け合うように、無言で非難がましい目配せを交わす。その様子がおかしくて、思わず扇の影で笑いを嚙み殺した。


 音程は結構はずしていた。声量だって大広間ホールの音響の良さに救われただけだ。それなのに、胸の中で燻っていた感情を、こんなにもたぎらせる歌があるなど知らなかった。




 もしそれができたなら、どんなに気分が晴れるだろうと、ずっと想像していたことがあった。そして今日がそれを成せる最後の機会だ。


(わたくしも始めなくては――)


 自分の人生を生きてもいいんだと、あの腹立たしいが嫌いにはなれない、姉に言われたような気がした。




「ミリエル殿下?」


 無言のまま、ふいに大広間に背を向け扉の方へと向かうミリエルに、侍女たちがいぶかしげな顔を見合わせた。











 大広間から脱出したカレンディアは、薔薇園でぼんやりとたたずみ空を眺めていた。さすがにもう人前には戻りにくいのだろう。


「――こんなところで何をしているのですか、カレンお姉様?」


 カレンディアが振り返る。そのきょとんとした間の抜けた表情は、先ほど堂々たる振る舞いで貴族たちを圧倒した皇女とは思えなかった。


「ミリー……」


「好き勝手な真似をして、あとは素知らぬ振りなんて、本当にお姉様は薄情です」


「薄情……? 私が?」


 目を丸くする姉にミリエルは苦笑する。この人はきっと、かつて自分が仕出かしたことなど覚えていまい。ミリエルを裏切者と決めつけ、目の前から逃げ去ったことなど。


 それでもいい、と思えた。過去を引きずるのは馬鹿ばかしいし、何よりこの姉には些事などに気をかけるより、自由でいてほしかった。その方がミリエル自身も晴れやかな気分になれる気がした。




「わたくし、カレンお姉様に一つお願いがあります」


「ミリーが私に? 珍しいね」


「言っておきますが、貸しを作る気はありませんよ。お姉様にとっても悪い話ではないはずです」


「ええーっと……なんの話?」


 当惑するカレンディアの元へと進み、ミリエルは広げた扇の影でそっと耳打ちする。


 その話に姉は笑顔を引きつらせる。

「……本気? ミリー、怖くないの?」


「わたくしを侮らないでください。いい考えだと思いませんか? うまくいけば、イヴお姉様たちにも会えるかもしれませんよ」


「確かにそうなるかもしれないけど……」


 カレンディアは眉尻を下げる。

「何だかミリーらしくないなあ」


「だとすれば、出来の悪い上の兄姉きょうだいたちの影響でしょうね。本当、手間のかかる人たちなんだから」


 ミリエルはふんと鼻を鳴らして、悠然と笑った。


 







 ※※※※※※※※※※






 正宮殿の中央部に円卓の間と呼ばれる部屋があった。今は皇帝と枢密院による、選帝会議の場として使われている。


 王の詰問機関である枢密院は、大臣や大司教を世襲する七家門に加え、従属国の大公、宮殿内に本拠地を置く帝都守衛騎士団と近衛騎士団の総長、さらに地方領主、聖職者、学者などから代表者が数名ずつ選出されている。


 その厳選された人間以外、何者であろうと円卓の間に入室することは許されていない。






 部屋の扉が閉ざされ、すでに二時間ほどが経過していた。


 円卓の間は長く真っ直ぐな回廊の先にあり、その間には窓も他の部屋への扉もない。円卓の間は扉が閉ざされると、完全な密室となる。

 

 回廊をコツコツと歩く足音に、円卓の間の扉の前で、退屈そうにあくびを噛み殺していた衛兵がはっと視線を上げる。


「カレンディア皇女殿下、ミリエル皇女殿下……」


 扉の中で議題の中心となっているであろう、二人の皇女の姿に衛兵たちは狼狽する。彼らの仕事は、今この部屋に何人たりとも入れさせないことだ。それは皇女であろうと例外ではないが、一兵士が無下に扱える相手ではない。




 衛兵が手にしていた槍を扉の前にかざす。

「殿下方……ご存じであらせられるでしょうが、ここはお通しする訳には――」


「お下がり! 口頭を許した覚えはないわ」

 ミリエルが皇女らしい尊大な言葉で、衛兵の言葉をぴしゃりと遮る。


 青ざめ口ごもる衛兵に、今度はカレンが穏やかな口調で言う。


「火急の知らせなの。すべての責任は私が負います。あなた方に落ち度がないことは、きちんと説明するわ」


 恫喝と懐柔に心を揺さぶられる衛兵の様子を見て、カレンがカーテンを払う気軽さで、槍の穂先を持ち上げてその下をくぐる。


「――あっ……」


 ミリエルが後に続くが、皇女に武器を向けるわけにもいかず、衛兵たちは指をくわえて、その様を見送るしかなかった。











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