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元地下アイドルは異世界で皇帝を目指す!  作者: 烏川トオ
第1部 1章 セカンド・デビュー
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9、舞踏会へ




「皇女殿下、お時間にございます」


 控えの間から女官が退出すると共に、ソファーに座っていたカレンは頭を抱え、足をバタバタさせる。


「ああー、緊張してきたあー」


「……殿下、落ち着いてください」


 そう言って、(たしな)めるロウラントの声もかすかに固い。




 舞踏会の当日、カレンたちは広大なベスラ宮殿の中心である正宮殿に来ていた。ここは皇帝や妃らの住居でもあるが、同時に貴族たちの政治と社交の場でもある。まさにルスキエ帝国の中心だ。

 

 大広間ホールではすでに大勢の貴族が集い、舞踏会が始まっていた。慣習では年長の皇子皇女から入場することになっている。今日は最年長であるイヴリーズから年齢順に入場し、カレンディアは三番目に登場する手筈だ。




「やれることはやりました。後は腹をくくるしかありません」


「うん、わかってる……」


 この一週間、カレンは礼儀作法、一般常識にダンスと寝食を惜しんで努力してきた。それでもしょせん付け焼刃。学べば学ぶほどその奥深さに、自分の至らなさを思い知らされた。


「私はカレン様ならきっと大丈夫だと思います」


 礼儀作法の教師を務めてきたフレイは、胸を押さえて言う。


「……ありがとう先生。うれしいよ、お世辞でも」


「いいえ、これは私の希望ではありません。予言です」


 フレイはカレンの両手を取り、ぎゅっと握った。彼女の言葉は不思議と力強い響きを持っていて、カレンはなぜかドキドキする。




「私は広間にはいけませんから、ここで無事にお戻りになるのをお待ちしています」


「うん、行ってくるね」


 両手に灯るぬくもりを名残惜しく思いながら、フレイの手を放す。


「俺もそろそろ移動します。あとは大丈夫ですね?」

 

 皇族は他の招待客とは違う、吹き抜けの階段上の扉から入場することになっている。従者であるロウラントとは一緒に入場は出来ない。エスコート役は別にいる。

 

 カレンは一息大きく空気を吸って吐く。


「大丈夫。――行こう」






 部屋の外へ出ると、一人の人物がいた。カレンの姿を見て丁寧に礼を取る。歳は三十代くらいだろうか、柔和な顔立ちの中背の男だ。


 ロウラントが無言で礼をし離れて行くのを、視界の端に捕らえながら、男に話しかける。


「コレル男爵、本日はよろしくお願いします」


「カレンディア殿下。お供を仰せつかり光栄に存じます」

 

 コレル男爵エスラム――カレンディア皇女の形式上の後見人とされている人物だ。

 

 皇女の後見役としてふさわしい身内がいなかったので、宮廷より形ばかりの役割を命じられたと聞いている。権力争いに興味のない、朴訥とした人柄ゆえの人選だろう。今晩の夜会では、カレンディアのエスコートをしてくれる。




 エスラムの腕に軽く手を添え、宮殿の回廊を歩く。

 

 回廊はカラントラ鉱石と呼ばれる、発光石を光源としたランプで煌々と照らされている。このランプ一つで、庶民が半年食べていける価値があると聞いた。


 カレンが今まで過ごしてきた離邸では、皇女の自室など一部を除き、照明のほとんどは燭台キャンドルだ。『元の世界』の明るさに慣れていたカレンには、夜がとても暗く感じられた。


 対して、このベスラ宮殿の中では、ふんだんにカラントラ鉱石が用いられているので、あちらの世界の夜と遜色ないくらい明るい。




「私も若い時分には、初めての舞踏会で緊張したものです。なに、すぐに楽しめるようになりますよ」


「は、はい……」


 カレンの緊張を解そうとしているのか、何かと話しかけてくれるエスラムの言葉もろくに耳に入らず、返事を返すのに精一杯だ。


 カレンは頭の中で、フレイに教わったことを反復する。まず、入室したら階段上で立ち止まり、大広間に向かいゆっくり礼を取る。立ち上がったら、さりげなく扇を動かし、口元が見えるか見えないかの位置で軽く微笑む。

 

 頭の中で何度も手順を繰り返す内に、大広間へと続く扉に到着していた。

 



 ――いよいよだ。


 レリーフで装飾された、巨大で荘厳な扉の前で息を呑む。自身の両の手を強く握った。フレイが握ってくれた温もりはとっくに失せ、緊張のせいか汗ばみ指先が冷たい。


『礼儀作法というのは、元々は人に不快な思いにさせないための思いやりです。本来は恐れるような物ではありません』


 一通りの作法をカレンに教え込んだフレイは、最後の日にそう言った。

 

 確かにフレイの言動は、すべてカレンへの思いやりであふれていた。本来仕えるべき主は自分ではないのに、まるで本物の皇女であるように大切にしてくれた。


 フレイと接していると、自分にはそれだけの価値があるのだと、自信を失いそうになるたびに勇気づけられた。彼女と同じ域に到達することはできなくとも、その根底にある心掛けは胸に留めておこうと思えた。




 そう考えて、ふとカレンはあることに気づく。


「あっ……」


「殿下?」


 心配そうにこちらを見つめるエスラムに、カレンは小さく首を振る。


「大丈夫です。――では、行きましょう」




 中央開きの扉を小姓たちが明ける。押し寄せるまばゆい光の洪水に、カレンは目がくらみそうになる。


 宝石のように煌めくシャンデリアの光。色とりどりに艶やかな装いの大勢の男女。ざわめきの中でカレンは胸の高鳴りを感じていた。

 

 その光景にカレンの記憶が重なる。

 

 ――七色に踊るステージ照明。暗闇の中で波のようにうねるペンライト。人々の熱狂と歓声を一身に受け、その真ん中に立つ、あの高揚感。


 ……ああ、帰ってきたんだ。


 体の奥から込み上げる、何か熱いものを感じながら、カレンは一歩踏み出した。







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