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元地下アイドルは異世界で皇帝を目指す!  作者: 烏川トオ
第1部 4章 プロモーション
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122、皇妃の薔薇




「秋薔薇を見に参りませんか?」

 ぼんやりと部屋で過ごすカレンに、女官の一人がそう言った。




 フレイが皇帝の呼び出しを受けた後、身の回りの世話をする人間が必要だろうと、正宮殿から二名の女官が送られてきた。二人ともカレンより一つ二つ年上で、いずれも気立てのよい娘たちだ。


 彼女たちは、兄弟姉妹きょうだいや臣下のことで、部屋で思いつめたように過ごすカレンを気遣ってくれた。歌劇や城下への買い物に誘い出そうしてくるが、どうしても気乗りしなかった。初めて誘いに乗ったのは、正宮殿の前方に広がる薔薇園の散策だ。少しでも皆がいる場所の近くに、行きたかったのかもしれない。




 そこまで庭園が見たかったわけではないが、広大な青空の元で、咲き誇る広とりどりの薔薇は圧巻だった。かぐわしい薔薇の香りは、生まれ育った『元の世界』の実家を思い出す。感傷的な想いに囚われていると、女官の一人が通りすがりにあった薔薇を指さした。


「殿下、こちらはお母君の薔薇ですわ」


「母上……ルテア皇妃の?」


 カレンは女官が指し示す、薔薇に手を添える。中心部はオフホワイトで、花弁の縁は濃いオレンジ色だ。


「この庭園には、歴代の皇妃様の名を冠した薔薇がたくさんあるのですよ。――あちらの淡い紫色の薔薇がセシリア皇妃殿下。その奥の縁が波打った、ピンク色の薔薇はアンフィリーネ皇妃殿下。さらにその隣の、小ぶりな白い薔薇がティアヌ皇妃殿下の物です」


「そう……知らなかった――こちらの庭にはあまり来ることがないから……」

 



 皇妃たちはいなくなってしまったが、その名を冠した薔薇は、この宮廷で今も咲き誇っているとは皮肉なものだ。


 多くの人々を魅了したルテア、清廉とした品格を持つセシリア、少女のように愛らしいアンフィリーネ、従順で淑やかなティアヌ。いずれの薔薇も伝え聞く、皇妃たちの特徴を継いでいる。


「――『魅惑』、『気品』、『愛嬌』、『敬慕』……」


 不思議なことに『元の世界』で母から教わった、色ごとに異なる、薔薇の花言葉にもどこか通じている。思わず口をついて出た言葉に、反応する声があった。

 



「あら、それはなあに?」


 後ろを振り返ると、女官たちが膝を屈め、一人の女性に向かいお辞儀をしていた。蠱惑的で色香のある面差しや、肉体美とは裏腹に、少女のようにふわふわとした不思議な話し方をする女性が立っていた。


「イゼルダ様……」


 最初にして、そして今はただ一人の皇妃となってしまった彼女にも、不穏な噂が立っている。しかしイゼルダ自身はまるで動じている様子がない。今日は黄色い薔薇を大量に抱えていて、いつにも増して機嫌が良さそうだ。




「ご機嫌よう、カレンディア殿下」

 にっこりと笑いながら、イゼルダはついとカレンに近寄り尋ねる。


「ねえ、殿下。さっきの言葉はどういう意味? 薔薇を見て、何かおっしゃってたでしょう?」


 特に隠すこともないので、カレンはすんなりと語る。


「花言葉です。私の知る世界――……国には、花ごとに特別な意味を持たせる習慣があるんです。例えば赤い薔薇を異性に贈ると、『愛の告白』を意味します」


「まあ、素敵ね。わたくし、そういうの大好きよ」

 瞳をキラキラさせながら、お世辞ではない様子でイゼルダは言う。




「では薔薇は『愛情』を意味するのね」


「はい。でも同じ愛情でも、色ごとに少し意味が違います。それに同じ花でも、複数の花言葉を持っていることもあります」


「そう……それなら黄色の薔薇は何かしら?」


 イゼルダは自身の両手の中にある薔薇の束に視線を落とす。異なる三種類の薔薇で作られている。一種類は、さきほど女官から教えてもらった『ルテア』だ。そこに花弁の形や色味が少し異なる、二種類の黄色い薔薇も混ざっている。


「『友情』とか『献身』……それから――」

 

 カレンは少し考えてから答える。

「――『嫉妬』や『冷めた愛』などという意味もあります」


 その言葉にイゼルダはかすかに目を見張り、寂しげに笑った。




「……この黄色の薔薇はね、八重咲きの方は『イゼルダ』――わたくしの薔薇ね。そして少し淡い色の、ほっそりとした方は『ベルディ―タ』というの」


「そうでしたか……同じ黄色の薔薇でも、ずいぶん印象が違うのですね」


 自分でも意図せず声が固くなる。刺された恨みもあるが、ベルディ―タのせいでカレンはロウラントを失うはめになった。すでに殺されたとはいえ、その身勝手な理由もあり、同情する気分にはなれそうにない。


 イゼルダは怒りに囚われているカレンに気づいたのか、幼子に向けるような眼差しと笑みで言った。


「……ねえカレンディア殿下、少し二人で話をしましょうか?」
















毎度の言い訳ですが、花言葉は(かなり)諸説あります。




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