115、父たるもの3
母の真実を知ったグリスウェンは愕然としていた。
「ルテアはお前が私の子として育つよう望んだ。だがもっと早く真実を話しておくべきだったな。無用な心配をさせたことは私の落ち度だ。すまなかった」
「いいえ。何も知らず皇子として……いえ、父上の息子としての待遇をずっと享受していたのです。厚かましさをお詫びしなければならないのは俺の方です」
「それは違う」
ディオスは静かに首を振った。
「血の繋がりがなかろうと、お前は私が存在を望み生まれてきた子だ。そして私に父として成すべきことを教えてくれた。――だからスウェン、間違いなくお前は私の息子だ」
その言葉にグリスウェンは目を見開く。金色がかった茜色の瞳――彼が母の死を知った時と同じ黄昏の光だ。終わりの光であると同時に、ディオスにとっては始まりの光でもある。
グリスウェンは片手で目元を覆い、肩を震わせ始めた。図体は大きくなっても、子供の頃と変らぬ様子にディオスは小さく苦笑した。そしてその背をさする娘を、いささか複雑な思いで見やる。
「……それでお前たち、これからどうするつもりだ?」
非常にやるせないが、こうなった以上はっきりさせなければならない。
「どうとは……?」
きょとんとした娘と赤く腫らした目を向ける息子に、ディオスは嘆息する。
「お前たちの皇位継承権は剥奪せざるを得ない。規則は規則だ。それはわかるな?」
二人は「はい」と真摯な表情でうなずいた。
「それからスウェン。公の場で自分からああ言った以上、お前を皇籍に置いておくことはできない」
「覚悟の上です。いかようにもご処分ください。俺は父上の考えに従います」
「せめてお前は口を噤んでいれば、他にやりようがあったものを……」
グリスウェンは困ったように眉尻を下げた。
「――つまりだ。お前たちはもう姉弟ではなくなる。その上でこの先どうするかと聞いているのだ」
「父上……それはもしかして――」
ディオスの言葉を先に解したのはイヴリーズだった。その口元が緩むのをみて、ディオスは鼻を鳴らす。
「喜ぶな馬鹿者」
いまだ意味が分かっていない様子のグリスウェンにディオスは問う。
「いいか、スウェン? 世の中にはもっとましな令嬢はいくらでもいる。その上でお前はその隣に座る娘を選ぶのかと聞いているのだ」
グリスウェンが呆けたのは一瞬のことだった。すぐに晴れやかな笑みを浮かべて応える。
「はい。俺にとって子供の頃からずっと想い続けてきた人です。後にも先にも愛するのはイヴリーズただ一人です」
迷いのない真っ直ぐな言葉に、ディオスもこれは観念するしかないと思い知る。
「……くれてやるのが、心の底から惜しいな」
「なぜです? 父上もおわかりでしょう。スウェンほど私ふさわしい人間はいません」
「逆だ、馬鹿者」
イヴリーズに向かって、ディオスは苦々しい表情を浮かべる。
「お前にスウェンをくれてやるのが惜しいと言っているのだ。馬鹿者。どうしてお前はそう自分本位なんだ。私そっくりのお前をスウェンに押し付けると思うと、ルテアへの申し訳なさで胃が痛くなる」
ディオスの言葉に本気で衝撃を受けで、イヴリーズは唖然とする。
「だって普通娘が嫁ぐのに……。それと、そう馬鹿馬鹿おっしゃらないでください」
「人並みの父親の反応が欲しかったのなら、まず人並みの娘としての振る舞いを心掛けるべきであったな」
「どうして私にはそう厳しいのですか!? 子供の頃から思っていたのですが、父上はスウェンにだけ甘過ぎます!」
「お前やランは手綱を引き締めんと、すぐ調子に乗るからだ」
久しぶりの親子喧嘩が始まりそうな気配に、グリスウェンが身を引き居心地が悪そうにしている。
「そもそも、おかしくはありませんか? 子供ができたのに、今更スウェンに私を妻にする覚悟を問う必要があるのですか?」
「お前が自ら謀ったことだろう。ある程度は成り行きだったとしても、スウェンの退路を断つつもりだったのではないか?」
残念ながら似た者同士だからこそ、イヴリーズの思考は誰よりも理解できる。
ディオスの指摘を否定できず、とはいえ開き直ることもできなかったイヴリーズは口ごもったまま、恐る恐る上目遣いでスウェンの様子をうかがう。
「それはまあ……薄々気づいていたから――いや、そんなことよりも父上」
グリスウェンが真面目な表情を向ける。
「皇太子になれなかった者は、本来結婚も子供を持つことも許されないはずです。俺はともかく、イヴリーズや子供はどうなるのですか?」
ディオスは少し思案する。グリスウェンの問いは、これからディオスが成そうとしていることの根幹に関わる。それに比べれば、次の皇太子を誰に選ぶかという点に関してはさほど憂慮していなかった。
むしろディオスの構想は確実に皇太子候補から外れることになった、イヴリーズたちの方が関係のある話になる。この二人なら、先に伝えてもよかろうと思い直した。
「――実を言うと、私はかねてから皇位継承法についての改正を検討していた」
あっさりと言い放たれた一言に、二人の子供たちは声を失った。
2023/10/19 誤字修正