112、問題児たち
ランディスとイゼルダが退出した後、ディオスは椅子に身を沈めるように寄り掛かり、深く嘆息した。
六人の子供たちの中でも、無駄に行動力が過ぎる上の三人には散々手を焼かされた。大人になり相応に落ち着いたかと思ったが、まるでそんなことはなかった。怒りを通り越して、もはやため息しか出てこない。
特にランディスは幼い頃から気難しく、共に育ったイヴリーズとグリスウェン以外の人間に心を開かない子供だった。それでも下の弟妹には、他人よりは多少まし程度の情を見せることはあったので、《ひきこもり姫》と呼ばれていたカレンディアの面倒を見させることにした。
これで少しは他人への情や気遣いを覚えるかと思いきや、とんでもない方向に変化した。
何がどうした訳か、急に性格が様変わりしてしまったカレンディアに、ランディスはすっかり耽溺し切っていた。情念の行先が変わっただけで、むしろ執着心と排他的な性格はさらに悪化している始末だった。
二人が実の兄妹でないこともあり、このまま共に過ごさせるのは危ういのではと、懸念していたところで、イヴリーズとグリスウェンの方が最悪の形で問題を起こした。
ディオスがイヴリーズとグリスウェンに話をしたのは、もう昨日の出来事ということになる。立て続けに起きた事件のせいで、すでに日付は変わっていた。
為政者としては、自分はまだまだ若いと思っていたが、こう揃いも揃って子供たちの問題を起こされれば、さすがに心身ともに疲れ果てる。それぞれを怒鳴りつける気力すら失せていた。
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衛兵に子供たち三人の連行を命じた後、改めてイヴリーズとグリスウェンをこの執務室へ呼んだ。顔色を失い現れた二人を見やり、ディオスはまずイヴリーズに言った。
「私が気を遣う。お前は椅子に座れ」
その言葉に、もはや身籠っていることは誤魔化し切れないと悟ったのか、イヴリーズは突然床に膝を付いた。
「――私がスウェンをたぶらかしたのです。スウェンとお腹の子供だけはご容赦ください」
涙混じりの声を震えさせ、イヴリーズは訴えた。
その言葉に弾かれたようにグリスウェンが跪き、かばうようにイヴリーズの肩を抱く。
「それは違います! 皇女殿下に狼藉を働いたのは私です。どうぞすべての咎はこの私めにお与えください!」
もはや息子を名乗る資格なしと自分で判断したのか、グリスウェンの物言いは臣下のそれだった。
ディオスはしばらくの間、嗚咽を漏らすイヴリーズと、深く頭を垂れるグリスウェンを無言で見つめた。やがて子供たちの中で最年長である娘に向かって、冷ややかな口調で言う。
「……そのくだらん三文芝居をいつまで続けるつもりだ?」
最も長い付き合いであり、最も手を焼いた娘は、その言葉にぴたりと嗚咽を止めた。すっと顔を上げると、真珠の涙をあっさりと引っ込めイヴリーズは悔しげに唇を噛む。
「……え?」
隣で信じられぬ物を見るように目を丸くする、グリスウェンがいささか気の毒になり、「……演技は半分くらいだろう」と、つい余計なことを言ってしまった。
この二人、イヴリーズの同情心から始まった関係かと思っていたが、案外ほだされたのはグリスウェンの方だったのかもしれない。
「もう半分は本気です、父上」
イヴリーズは真っ直ぐに、射貫く様な眼差しをディオスに向けた。そんな娘の訴えを、ディオスは平然と受け流す。
「だからどうした。私が感涙にむせび泣くとでも思ったか? 腹の子を親であるお前が守るのは当然のことだろう。ましてその子供はお前たちの無責任な行動のせいで、生まれる前から苦労を背負わされているのだ。これまでの無謀のせいで子に何かあれば、それは誰でもない、母であるお前の責任だ」
イヴリーズは大きく目を見開き、腹を押さえたまま愕然としていた。ようやく、我が子の安全を一番損なっていたのが誰なのか理解したようだ。そんな娘の姿にディオスは呆れ返る。
根拠のない自信に満ち溢れ、この世のことは何でも自分の思い通りになると思っている高慢さ。幼い頃からまるで進歩がない。欲した物はどんな手段を使ってでも、手に入れなければ気が済まない所といい、子供たちの中でイヴリーズは若かりし頃の自分と一番性格が似ている。昔の己を見せつけられているようで、頭が痛くなってくる。
「お前もだ、グリスウェン。男としてあまりにも無責任過ぎる。……他の兄弟はともかく、お前にこのような説教をする日が来るとは思わなかったぞ」
「……申し開きのしようがございません、陛下」
グリスウェンが恥じ入ったように頭を垂れる。
彼は子供の頃からお人よしが過ぎ、いつもイヴリーズやランディスの言動に巻き込まれ、割を食っていた。グリスウェン単独で問題らしい問題を起こしたことはなかったが、他の二人が絡むと、なぜか一層ろくでもないことが起きる。そしてついに、ここ一番でとんでもないことを仕出かしてくれた。
「それから、その他人行儀な話し方をよせ。気持ち悪い」
驚いたように顔を上げたグリスウェンに、ディオスは言った。
「お前が私の血を引かぬことは、私自身が一番よく知っている」
「……どういう意味ですか?」
「それを説明するために呼んだのだ。――イヴ、具合が悪いのなら、お前は先に退出して構わん」
「いいえ、父上。私にもぜひお聞かせください」
イヴリーズの瞳はすでにいつもの冷静さを取り戻していた。確かに彼女の子の系譜にまつわる話でもある。もはや無関係とは言えなかった。
「……よかろう。ならば椅子に座れ。お前もだスウェン。――少し長い話になる」