表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
元地下アイドルは異世界で皇帝を目指す!  作者: 烏川トオ
第1部 3章 バック・ステージ
111/228

107、化け物になった皇妃1




 もう二十年以上前のことだ。


 初めてベルディ―タが宮廷へと足を踏み入れた十四歳のあの日、帝国の太陽に恋をした。眉目秀麗な凛々しい顔立ちに、自信に満ちた堂々たる振る舞い。まだ二十代にも関わらず、若き皇帝ディオスは誰よりも威厳を備えていた。

 

 ――いつか必ずこの方の妻になる。

 初めての謁見が終わった瞬間から、心にそう決めていた。まだ少女であった自分はそれだけを希望に、皇妃に相応しい教養を身に着け、礼儀作法も完璧なものとするべく努力を続けてきた。

 



 ディオスにはすでに三人の皇妃がいた。皇妃に定数はなく、御子も多ければ多い方がいいとはされていたが、残された時間は多くなかった。


 ルスキエ帝国の法では、皇帝の長子が十四歳になるまでに誕生し、健在である皇子皇女にしか皇位継承権は与えられない。貴族たちは躍起になって、娘が皇帝の寵愛を得られるよう、女官や侍女として宮廷に送り込んだ。


 ベルディ―タが初めての謁見した時点で、すでに第一皇女が生まれて一年が経っていた。その後もすぐ、二人の皇子が立て続けに誕生している。皇太子を決める選帝会議は、母方の後見者の力はもちろん、個人の資質も見極められる。それまでに成長している方が優位になる。少しでも早く子を設ける必要があった。




 自らの努力と親族の力添えもあり、ベルディ―タが十六歳の時、第一皇妃イゼルダ付きの侍女になることができた。かつてイゼルダの侍女として、見事皇帝の目に留まり、皇妃の座を射止めた者もいると聞いていた。夢に一歩近づいたことに心が躍った。


 しかしそれ以降、虚しい日々が続くことになる。皇帝と顔を合わせる機会は格段に増えたはずなのに、何の進展もなかった。主であるイゼルダ皇妃が「陛下は子供じみた、騒々しい子は苦手みたい」と言うので、慎み深く従順な令嬢としての振る舞いを心掛けてきたが、それでは自分の存在を訴えようがなかった。




 さらに数か月後、自分より遥かに若い――というより幼い、わずか十三歳のトランドン伯爵家の令嬢が新たな皇妃になった上、美貌で名高い十九歳のハイゼン伯爵令嬢まで、同時に皇妃に任じられた。


 皇妃は一挙に五人となった。歴代の皇帝を見ても皇妃の数は大抵その程度だ。これで打ち止めではという噂が流れる中、イゼルダから仕え先の鞍替えを打診された。古女房同然の自分より、まだ若く皇帝の通いが多い第三皇妃に仕えてはどうかと。




 その提案を受け、宮廷に上り一年が経った頃、ベルディ―タは第三皇妃ルテアに仕えることになった。


 ルテアは不思議な女だった。貴婦人らしからぬ率直な物言いに豊かな表情、自分より三、四歳年上で一児の母でもあるのに、まるで少女のような純粋さを持っていた。


 これでは皇帝の好みと真逆ではないかと思った。しかし皇帝はルテアの取り留めのないおしゃべりや、くるくると小動物のように動き回る様子を、いつも愛おしそうに見つめていた。その穏やかだが、何者も立ち入れぬ空気に、主を変えたのは失敗だったと思った。




 しかし幸か不幸か、ルテアは仕える主としては良い人間だった。何か助言をするたびに大げさに褒められ、「私のことをいつも助けてくれてありがとう」と両手をしかと握られれば悪い気はしなかった。皇妃としての威厳に今一つ欠けたルテアの補助役として、自分でもよくやれているとベルディ―タは自負していた。


 いっそこのまま、ルテアを真実の主人として、支え続けることを人生の糧にしようか考え始めていた頃、何のきっかけだったか彼女はふとこう言った。「……陛下はあなたのように、ひた向きな人を愛すればよかったのに」と。子供っぽく朗らかなルテアには似合わぬ、愁いを帯びた表情に、ちりと心が焙られたような気がした。




 宮廷の中で、最も皇帝の寵愛を受ける立場でありながら、なぜそんなことを言い出すのか困惑した。彼女を愛する皇帝がそれを聞いたらどう思うか、その身勝手な言い分がまるで理解できなかった。その場ではさらりと受け流した言葉が、ベルディ―タの頭にこびりつき、後からふつふつと怒りへと変っていった。


 自分が死ぬほど欲した物をあっさりと手にしながら、ぞんざいに扱うルテアへの嫉妬は、やがて身を焦がすほどの憎悪へと変っていった。ただの一言で、そこまで変貌する自身に驚いたが、その感情は抑えられなかった。




 ある晩のこと、それはルテアが実家にも等しい修道院へ里帰りした日のことだった。皇子の世話は専属の乳母がいるので、留守番を任された侍女の自分は手持ち無沙汰だった。


 皇妃の身の回りの品の整理でもしようと、日が暮れてから彼女の私室に入ると、なぜか皇帝がいた。宮殿のどこであろうと、いつであろうと皇帝の訪れを阻むことはできない。しかし誰もいないルテアの部屋で、明かりも付けず窓辺にたたずむ皇帝の姿は異様だった。




 人の気配に振り返った皇帝は、まるで痛みを堪えるような表情を浮かべていた。愛しい人の痕跡が残る部屋で、その人も見ているであろう、同じ星空を眺める姿に居たたまれなくなった。


 なぜこれほど愛してくれる人を置いて、ルテアはいつも平然と宮廷を離れられるのか。再び怒りが込み上げる。それならば自分が奪いたいと思うほどに。




 気づいた時には、ベルディ―タはディオスの胸にすがっていた。彼の心を動かした言葉が、「情けをかけてもらえないなら死ぬ」だったのか、「ルテア様の代わりにして」だったのかはわからない。ただ最初はベルディ―タを押し戻すように両肩かけられた手が、やがて背中に回った瞬間「勝った」と思った。


 親族の根回しもあったのだろう。一か月後、ついにベルディ―タは第六皇妃に任じられた。









評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ