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元地下アイドルは異世界で皇帝を目指す!  作者: 烏川トオ
第1部 3章 バック・ステージ
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105、暁の瞳と黄昏の瞳




「……違うっ……違う……嘘です、父上っ……」

  少女のように泣きじゃくるイヴリーズの声に、皇帝の忌々しそうな長いため息が重なった。


「――衛兵。ここにいる三人を拘束し連行せよ」

 怒気を孕んだ皇帝の命に、ついに衛兵たちが動いた。

 



 形ばかりとはいえ、両側から腕を押さえられた皇子たちの姿に、悲鳴が漏れ聞こえる。舞踏会の最中に、皇族が拘束されるなど前代未聞の事件だ。


 もはや舞踏会は打ち切りと思われたが、皇帝は立ち上がり楽団の方に声をかける。


「――演奏を続けよ」


 そして自身も壇上を降り、扉の方へと歩きだす。その後ろを慌てたように皇妃のイゼルダが追いかける。




 困惑のざわめきは収まらなかったが、曲が奏で始められると、数組がおずおずと中央に出て踊り始める。

 

 カレンが扉の方へと先回ると、衛兵に誘導されるように三人の兄姉たちがやってきた。先頭を歩くユイルヴェルトはカレンに気づくと苦笑し、肩をすくめた。イヴリーズは青ざめたままうつむき目も合わない。そしてグリスウェンはカレンの前で足を止めた。




「殿下……」


「すぐ済む」


 グリスウェンは諫めようとした衛兵を制し、カレンに向き直る。その涙の跡に何を思ったのか、痛ましそうな表情を浮かべた。


(ああ、そっか……)


 周囲の視線がこちらに集まっていた。グリスウェンがルテア皇妃の不貞により、皇帝の血を引いていないなら、同母の妹であるカレンも同様と考えられるのが当然だ。近い内にカレンも取り調べを受けるかもしれない。

 

 カレンは涙をぬぐい、毅然とした表情をグリスウェンに向ける。せめて兄から、一つだけでも不安を拭ってあげたかった。

 

 母から受けついだ、暁の瞳と黄昏の瞳が互いを映し出す。




「兄上……――私は皇帝陛下が第五子にして、第二皇女カレンディアです」


 それを周囲で聞いていた人々の中には、『同じ母から生まれようと、もう立場が違う』という意味に解釈した者もいただろう。卑賎の生まれを隠していた兄と、最後まで皇太子の座を争った、実の妹からの決別の言葉と。


 他人が何を思おうがどうでもいい。グリスウェンも今さら馴れ合い、カレンの嫌疑が深まることなど望まないはずだ。だが彼なら、カレンの真意をわかってくれると信じていた。




「……そうか」

 

 グリスウェンはまるで落胆したように顔を伏せたが、その一瞬、口元に笑みが広がるのをカレンは見逃さなかった。


 ――自分が皇帝の子であることは、既に把握しているから心配はいらない。そして血の繋がりはどうあれ、カレンの中で兄弟姉妹きょうだいの存在も順番も変わらない。


 その思いさえ伝われば、それ以上の言葉は互いに必要なかった。グリスウェンはもうカレンには目もくれず、素直に衛兵に従い去って行った。




「――皇帝陛下」

 

 大広間から退出するために、扉へと向かっていた皇帝ディオスにカレンは声をかける。


「姉上方が心配です。わたくしも退出のお許しいただけないでしょうか?」


 ディオスはそんなカレンに冷ややかな視線を向けた。

「――ならん。そなたは皇族の責務として賓客の相手をせよ」


 娘の嘆願を切り捨てて、父は扉の奥へと消えていく。残されたカレンは自分の無力にただ立ち尽くしていた。






「――皇女殿下」


 視線を上げると、形の良い髭をたくわえた中背の男性の姿があった。


「ダリウス卿……」


 以前ディラーン商会で出会った七家門の当主の一人、レブラッド公爵ダリウス。ロウラントの出自がはっきりしない今となっては、真実かは不明だが、少なくとも公にはランディス皇子の伯父とされている人物だ。




「大変なことになりました。何と申し上げてよいか……」


「……ええ」

 カレンは視線を下げ憂いの表情を作る。

 

 今ここに大勢の人の視線が集まっている。カレンディア皇女に不審な点はないかと。少しでも動揺する様子があれば、死肉をあさる獣のように喰らいついてくるだろう。カレンは努めて表情を繕う。




「このような時に恐縮ですが、しばしロウラントをお借りしたいのです。お許しいただけますか?」


「今はそれどころじゃ――」


 ロウラントの言葉を遮るようにカレンは答える。


「もちろん、かまいません。どうぞ、わたくしのことはお気遣いなく。ゆっくりお話しなさってください」


「殿下!?」


「……ロウラント、下がっていいわ」

 ロウラントに視線を合わせずに、カレンは言った。


「殿下! 今はそれどころではありません」


「ロウラント、私の話を聞きなさい!」


 食い下がろうとするロウラントと、彼を引き留めるレブラッド公爵に背を向け、カレンは自らその場を後にした。今はロウラントの側にいたくなかった。




 カレンはできるだけ離れた場所まで歩くと、給仕からワインを受け取る。苦い味とむせ返るような芳香は今も慣れないが、気分は少し紛れた。


 大広間を見れば、先ほどの出来事が嘘のように、再びダンスに興じる男女であふれている。なんて美しく、そして歪な世界なのか。




「カレンお姉様……」


 少女の声に振り向けば、頬を紅潮させたミリエルがいた。引き留めようとする侍女を振り払い、カレンに近づいて来る。


「あれは……さっきのあれはいったい何なのですか!?」


 いまだに混乱した様子のミリエルにカレンも言葉を失う。一番可哀想なのは、この何も知らなかった末の妹かもしれない。




「お兄様方の言葉は嘘ですよね?」


「……ごめんね、ミリー」

 

 その一言で敏い少女は、すべてを察したようだった。


「カレンお姉様は全部ご存じだったのですね……」

 

 無言のまま否定しないカレンに、ミリエルは口の端を歪める。


「……そう。みんなでわたくしを欺いていたのですね。大切な兄弟姉妹きょうだいなどと綺麗事を言いながら……」


 思わずカレンが差し出した手を、ミリエルが払い落とす。


「触らないで!」


「ミリー……」


「気安く呼ばないで! こうなった以上、あなただって本当の姉かわかったものじゃないでしょう!?」




(違う! 私たちは血の繋がった本当の姉妹――)


 そう言いたかった。けれどこの状況で、言葉など何の意味もなさないことはわかっていた。それに、この言葉はグリスウェンを否定してしまう。血の繋がりはなくとも、心の底からミリエルを妹として愛していたはずだ。 

 

 言葉を返せないカレンに、ミリエルは泣き出しそうに顔を歪め、踵を返し去っていく。カレンに侮蔑の視線を向けながら、侍女たちが主の後を追う。


 ミリエルに向かって伸ばした腕を、カレンはゆっくりと下した。














明日か明後日にもう一話更新できそうです。




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