表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
元地下アイドルは異世界で皇帝を目指す!  作者: 烏川トオ
第1部 3章 バック・ステージ
108/228

104、グリスウェンの決断




 ロウラントの濃紺の瞳が狼狽で揺れていた。カレンの腕を掴む手も震えている。これほど動揺しながら、ほとんど反射的にカレンを止めたのだろう。


 カレンを引きずるように、ロウラントは人々の間を縫って、玉座とは反対の方向へ動き出す。


「……ロウ!」

 

 カレンはロウラントの手を振りほどこうとしたが、その手は石のようにまったく弛まない。従者が皇女を力尽くで引きずるという異常な行動は、ユイルヴェルトが起こした騒ぎのせいで、誰も気づいていなかった。




 人だかりの間を歩く中、カレンの仮面はいつの間にか剥がれ落ちていた。人目のつかぬ扉の前まで連れてこられ、ようやくロウラントの手を振り解く。


「何してるの!? このままじゃ姉上たちが!」


「もう無理です。この状況は誤魔化し切れない。下手に口を挟めば、殿下まで加担していたと思われます」


「だから何!? あの二人を見捨てるわけにいかないでしょ! ロウだって――」


「わかってる!!」


 苦渋と焦りに満ちた、見たこともないロウレントの表情にカレンは言葉を失う。






 幼い頃からずっと共に育ったイヴリーズとグリスウェンのことを、ロウラントは誰よりも案じ続けてきた。そしてこれまで秘密を共有し、信頼していたはずの弟に、もっとも手痛い盤面で裏切られてしまった。この状況に、自分の不甲斐なさを痛感していない訳がなかった。


「……ごめん」


「こちらこそ失礼しました。まず落ち着きましょう……」


 ロウラントが自分に言い聞かせるように、低くつぶやく。




「妊娠の件は医官に調べられればすぐにわかる。二人の関係も追及されるでしょうが、これに関しては証拠はない。……イヴは何があっても、子供の父親について口を割らないはずです」


「でも無理だよ……当の兄上が黙ってると思う?」


「――俺はこの後、スウェンと接触して正体を明かします。必ず説得してみせます」


「待って、待って――」

 カレンはロウラントの服を掴み、すがるように問う。


「それで、姉上のお腹の子はどうなるの?」




「……殿下はまずご自身をお守りください。こんな状況でも――いえ、こんな状況だからこそ、選帝会議は予定通り開かれるでしょう。あの二人とご自分の立場を、天秤にかけるような真似は絶対しないでください」


「そんな話、今してないでしょ!?」


 ロウラントが故意に質問を無視したことに、カレンは慌てる。


「だから二人の子はどうなるの!?」


「それは――」


 ロウラントは感情の抜け落ちた声で言った。

「……俺の天秤には入っていません」




 考える前に体が動いていた。乾いた音が響き、手の平がじんじんと痺れる。


 カレンの平手打ちなど、避けようと思えばたやすく避けられたはずなのに、ロウラントは身じろぎもせず頬を打たれた。


 憐れむようにカレン見つめるその顔が、視界の中で徐々に歪む。頬を伝う涙をぬぐうこともせず、それでもカレンはロウラントに睨み続けた。互いに視線を外すことができなかった。






「――イヴリーズ、ユイルヴェルト」


 子供たちのやり取りを、それまでただ静かに見下ろしてた皇帝が、初めて声を発した。その言葉を聞き逃さまいと、周囲が静まり返る。


 カレンはロウラントから顔を背け、踵を返す。再び大広間の中央へと早足で戻り、人々の間から玉座をのぞき見る。




「――二人とも、今すぐに退出せよ」

 皇帝の命令に、人々が大きくどよめいた。


 四年間も生死を偽り、外国の賓客もいる中で兄姉の不祥事を告発するという、ルスキエ宮廷の権威に泥を塗ったユイルヴェルトは当然として、イヴリーズまでこの場からの退出を命じられた。つまり皇帝が、イヴリーズの挙動に不審な点があると判断したということだ。




「父上……?」


 うめくようにつぶやいたイヴリーズが、よろよろと玉座へと数歩足を動かしたが、すぐに床に崩れかけた。


 傾ぐ体を受け止めたのはグリスウェンだった。その場にゆっくりとイヴリーズを座らせると、耳元で何かをささやいている。はっとしたように顔を上げるイヴリーズに、いつもと変らぬ明るい笑みを向けるのが見えた。




「――皇帝陛下!」

 グリスウェンが立ち上がり、大きく声を張り上げた。


「二人を退出させる前に、私からも申し上げたい儀がございます」


「下がれ、グリスウェン。これ以上、一族の醜態をさらすな」

 

「その件で、陛下にお詫び申し上げなければなりません」


 冷徹な皇帝の言葉にも、グリスウェンはまったく臆していなかった。


「私は皇帝陛下の子ではございません。――母ルテア皇妃の不義により生まれた人間なのです」




 場違いなくらい、曇りのない晴れやか声で告げられた告白に、息を呑む気配がいくつもあった。最初に聞こえたのは、グリスウェンに執心していた令嬢たちの含み笑いだった。


「ま、まあ殿下ったらご冗談を……」


「きっと混乱されているのね」


 そう言っている、自分たちの言葉すら白々しく聞こえるのだろう。かすれた笑い声がむなしく響いた。




 奇妙な空気の中、グリスウェンは落ち着き払った態度で話を続ける。


「ユイルヴェルトの訴えを半分は認めます。ですがイヴリーズ皇女と私の関係は、神の教えに背くものではありません。そしてすべての責任は、卑しき身でありながら皇女に無理を強いたこの私にございます」


 ついにイヴリーズとの関係を認める言葉に、今度こそ令嬢たちから嘆きの声が漏れる。






 カレンは泣き濡れた瞳で兄姉たちを見つめながら、ようやくグリスウェンの真意を悟った。


(きっと最初から、兄上はこうするって決めてたんだ……)


 イヴリーズが身籠っていることが露見した場合、彼女の立場と名誉を守るため、自分が皇家の血を持たぬことを告白し、無理やり関係を強いたことにすると。カレンを急に突き放したのも、陰謀に同母の妹が加担していることを疑わせないためだ。


 罪を犯し、陰謀に手を染めようと、結局彼は誰よりも優しいグリスウェンのままだった。
















次は明日更新予定です。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ