異世恋の拳! ──世紀末革命伝説
179X年。侯爵家の僕ピートと男爵令嬢レダは今まさに教会で結婚式をあげようとしていた。
とはいえこの教会には誰もいない。僕たちを祝福するものは誰もいないのだ。
ただ目の前の偶像が優しく微笑むだけ。
しかし僕たちは幸せいっぱいだ。僕は新郎と神父のふた役をした。
「あー、汝ピートは健やかなるとき病めるときもこのレダを妻と認め永遠を誓いますか? はい。誓います」
「うふふ」
「あー、汝レダよ。笑うときも怒るときも苦しいとき悲しいとき。一年中ピートと共にいることを誓いますか?」
「うふふ。誓います」
僕たちは顔を見合わせてニッと笑う。
「それでは誓いの口づけを」
僕たちは寄り添いあって神の偶像の前でキスをした。長い間──。この時が永遠であって欲しかった。
その時。教会の大きな扉が開き、僕たちは急いでそちらに顔を向ける。
招かざれる観客! とっさに僕はレダを背中に回して守った。だがその観客たちは下品な笑いを浮かべてこちらに近づいてくる。
「へっへっへ。女だ。女がいるぜぇ」
「高貴な上玉だ」
「女は奪え。男は殺しちまえ」
カラフルなモヒカン頭で肩にはトゲトゲの肩当てを着けている。コイツらは!
何てことだ。見つかった! つい先日、都で革命が起きて王制はぶっつぶれた。僕たち貴族階級はもはや名ばかりか、罪人扱いとなってしまった。
そりゃ悪い領主たちもいただろう。しかし僕たちは領民たちに慕われ、そして僕たちも領民たちを愛したはずだ。
だがこの風潮。貴族を弾劾し、自分たちの国を作るという目的のもとに集まったのは『いいもの』ばかりではなかった。
気に入らない仲間は粛清し、貴族を弾劾しないものを裏切りものと牢屋に入れる。
主人を失った王国だった場所は狂ってしまった。国王の支配を打ち破った民たちの楽園という崇高な目的はどこにいってしまったのか。
ここは前以上に人々が怯えて暮らす、暴力が支配した、まさに世紀末な世の中になってしまったのだ。
そんな暴徒の群れから逃げ、僕とレダは人里はなれた場所で二人で暮らすことを夢見ていたのに。
僕は奥歯を噛み締めた。
「レダ。礼拝堂の後ろに秘密の抜け道があるはずだ。そこから逃げるんだ!」
「いやよ! あなたはどうするのピート。逃げるなら二人よ!」
「バカ! 大人しく言うことを聞くんだ! 大丈夫。コイツらをうまくまいたらすぐに行くよ。だから教会からでたら近くの森の中に隠れているんだ。いいね?」
「わ、わかったわ」
レダは偶像のある祭壇の後ろに駆け回ったのを見計らい、僕は近くにある背の高い金属製の燭台を手にとって構えた。
「へっへ~。こいつ何かの拳法を使うらしいぜぇ?」
「おもしれぇ。打ち込んできてみろよ」
僕は燭台の先を暴徒の一人へと向けた。そいつは筋肉が山のように盛り上がり、僕の体の四倍はあるようだったが負けるわけにはいかない!
「くらえ! 常山流槍術双頭蛇撃!」
燭台の頭と尻を交互にうねらせ、まるで蛇のように相手を打つ。我が侯爵家に伝わる槍の流派だ。それが暴徒の体にヒットした。
「うぐぅ~」
「や、やったか?」
「──なんちゃってぇ~」
「はっ!?」
その男は凪払うように大きな手のひらを僕な顔に打ち付けた。僕はぶっ飛んで壁に衝突した。
「ぶぐぅ!」
そのまま床に倒れ込む。生暖かいのは己の血だろう。男は大きな指で僕の顔をつかんで持ち上げ、黄色い歯を見せてニヤリと笑った。
ああもうおしまいだ。レダ。キミだけは逃げ切ってくれ。キミの幸せを僕は空から見守っているよ……。
その時だった。
「キャーーーッ!」
「へっへー。女を捕まえたぞぉ!」
しまった! レダが捕まってしまったんだ。レダは屈強な男に抱えられながら教会の中に連れてこられた。
くそぉ! 僕に力がないばかりに!
僕を指で捕まえている男はレダを一瞥して興味無さそうに僕のほうを向いた。
「女はお前らにやる。オレはこっちの男だ」
「でたぁ。アニキのいつものが。首を絞めながらやり殺しちまうんだ」
なんだってぇ!?
僕は暴れるものの固定された顔はさっぱり動かない。あわれ僕たちは神の御前でコイツらに凌辱されてしまう運命なのか!?
「なんだぁテメエわぁぁ!」
その時、教会の外から声がした。おそらくこの男たちの手下だろう。そして叫び声。まるで喧嘩というよりは一方的にやられているような?
そうこうしていると、手下たちが数人教会の中に駆け込んできた。
「アニキィ! 変なヤロウが!」
「なにぃ? それよりお前の頭、どうなってんだ?」
「ええ? オレの頭がどうかしたんで……へぐっ!」
突然奇妙な断末魔と共に手下の一人の頭が潰れた。
アニキと呼ばれる僕を抑える男がギリギリと歯ぎしりをする。
「くそぅ! オレの手下を! 爆弾かなにか持ってるヤツだな? オレたちをピエール革命団と知っての行いか!!」
爆弾? いやそうじゃない。まるで上から押し潰したような感じだ。
それにコイツら『ピエール革命団』だったのか。王都奪還をし権勢を誇っている革命軍の一つ。団長のピエールは奇妙な拳法を使い、国王陛下を処刑の名目で惨殺した悪魔のようなヤツだ!
僕が考えていると、入り口に人影が一つ。仲間はいないようだ。このアニキと呼ばれる男よりも小さいが、ボロボロの衣服から覗く筋肉は普通の人ではないことを物語っている。
「お前らがピエール革命団か。ピエールはどこだ?」
その一人で突入してきた男は丸腰で指の関節を鳴らしている。この屈強な賊たちなど眼中にないようだ。
それがこのアニキと呼ばれる男を刺激した。
「このヤロウ! 手下を奇妙な爆弾で殺したのはお前だな!? ヤロウども! やっちまえ!」
言うが早いか、手下たちは得物をとって一人の男へ向けて攻撃を仕掛ける。しかし男は身じろぎもしなかった。
「どうやら死にたいようだな。ほぉーたたたたたたっ! ほわったぁっ!」
これは! 『強像拳!』
王家を守護する秘密の暗殺拳だ! その必殺の拳に触れると人体は像に踏まれたように上部から押し潰されるという原理がよくわからない拳法なのだ!
「たはば!」
「なにをぶぁら!」
手下たちが断末魔をあげて潰れる。これは頭文字の『た』はおそらく『助けて』。『なにを』は『なにをする』かな? その後、声帯がつぶれるんで奇妙な断末魔になるんだね。うんうん。
「ぬぅ。それは強像拳」
おいおい秘密の拳法なのにアニキに知られちゃってるよ。僕はホラ、貴族だから知ってても不思議はないけどね。
「俺様はピエール様の横で最強の悪虎拳を盗み見てきた。今日それを使ってやる」
そう言われた男は僅かに笑う。
「二千年の歴史をもつ悪虎拳を貴様のような悪党が使えるわけはない。来い」
「ぬかせ! 悪虎拳奥義、尾尻鞭鞭!!」
まずい! アニキと彼は体格差が有りすぎる! それにアニキの拳法もなんか強そうだ! あれを食らったらさしもの強像拳の使い手もただでは過ぎまい! そしてあわれ僕のお尻はアニキによって……! ああ! 使い手の人、頑張ってください。
しかし強像拳の使い手の人は身じろぎもせずに、長い足でアニキの顔面を横打ちにした。
やりました! これを食らったらアニキもただでは……。
「んー? なにかしたのかぁ?」
え???
効いてない。効いてないんですってよ、使い手の人! もっともっと攻めなきゃダメでしょ! アニキを○せ! 頭をかち割れ! 腕をもげェー!!
しかし使い手の人は、アニキに背中を向けて僕とレダのほうにやってきた。
「どこへいく! この若造がぁぁぁー!」
「自分が死んだことに気づいてなかったのか?」
一同、ポカーンですよ。だってアニキは現に……。え?
アニキの頭がモコモコと動いたかと思うと、上部から押し潰されたようになって、後には血の水溜まりだけが残った。すげぇ!
「そうか。ピエールはまだ王都に」
そう言って使い手の人は入り口へと体を向ける。それを僕とレダは呼び止めた。
「待ってください!」
「ぬ? お前たちは……」
「王都は危険です! そんなところに単身で乗り込むなんて……」
「どうしてもいかねばならん。ピエールの暴走を止めなくては」
「そうですか……せめて助けてもらったお礼を言わせてください。あなたのお名前は?」
「ジン。俺の名前はジンだ」
「ジン。ありがとう!」
そういうとジンは僅かに笑って教会の出口へ……。僕とレダは顔を見合わせ頷いた。
「僕たちも!」
「ええ!」
僕たちはジンの背中を追いかけた。ジンは振り向きもせずに問う。
「お前たちは貴族か? 貴族にはつらい旅だぞ?」
「ああ貴族だった。だが今は市民だ」
ジンはまた小さく笑った。
「ふっ。勝手にしろ」
「ああ勝手にするさ」
◇
この後、地獄と化した王都は一人の男によって平安を取り戻すことになる。
まぁ旅の途中で、レダは本当はジンのことが好きなんじゃないかと思って嫉妬したり、勝手に身を引いて立ち去ったところを暴徒に襲われてジンに救われるなんてカッコ悪いところもあったけど、レダはそんな僕を放っておけない的な母性本能をくすぐるアレで恋のレースには勝利しました。
そして僕は民主化したこの国の初の大統領になって、ものすごく忙しくなるのはまだ先の話である。