7 クリエイティブ審査で恋におちる
メロディ主催ボーイズグループオーディションのヤマナーカ湖畔合宿も早12日目を迎え、今日はいよいよ2次審査当日である。
メロディが考案した、この2次審査【クリエイティブ審査】の課題については、当初スタッフから反対の声が上がっていた。素人の男子達にたった10日で作詞・作曲・コレオグラフの作成までさせ、尚且つそれをグループパフォーマンスさせるなど無謀だ、と。それでもメロディは、これはどうしても必要な審査だと譲らなかった。
ただ上手に歌を歌い、卒なくダンスをするグループなど、この大陸に腐る程いるのだ。メロディがプロデュースしたいのは、そんな面白味のないボーイズグループではない。メンバーの一人一人が心から音楽やダンスを愛し、自分の思いをきちんと言葉にして仲間と共有し、時にぶつかり合っても、お互いへのリスペクトは決して忘れる事は無い――メロディが思い描いているのは、そんなボーイズグループだ。そういうグループを結成する過程として、音楽やダンスとの距離感を測りグループ活動への適性を見極める【クリエイティブ審査】はどうしても外せなかったのである。
そして、男子達はメロディの期待を裏切らなかった。3チームとも、しっかり今日までに楽曲及びコレオグラフを作り上げ、歌とダンスの練習を繰り返し、グループパフォーマンスを完成させてきたのだ。
3チームがパフォーマンスを披露する場は、ヤマナーカ湖畔に設営された立派な屋外ステージである。野外フェスを取り仕切った経験のあるスタッフが、王都から多数の職人を集めて完成させた。優秀なスタッフに感謝感激のメロディである。もちろん王都から来てくれた職人達には破格の賃金を支払い、豪勢な食事にお土産まで付けた。こういうところでケチってはいけない。つまりは【これからもよろしくね!】という挨拶なのである。
そうして、まずチームAのパフォーマンスが始まった。メロディ及びスタッフ、そして出番を待つチームB・チームCのメンバーが見守る。ちなみにメロディの婚約者パトリックはチームBのメンバーだ。
先陣を切ったチームAのパフォーマンスは素晴らしいものだった。
どのチームよりも早く楽曲とコレオグラフを完成させ、すぐに練習を始めたチームA。他チームよりずっと時間的な余裕があったにもかかわらず漫然と過ごすことなく、毎日毎日歌とダンスのブラッシュアップを重ね、そのパフォーマンスはもはや素人集団とは思えぬ完成度だった。
チームAのパフォーマンス披露が終わると自然に大きな拍手が沸き起こり、多くの「ブラボー!!」が飛び交った。
そして次は問題のチームBである。
何が問題かって? とにかくこのチームは揉めたのだ。楽曲作りの最初からメンバー同士の意見が合わず、作品の方向性さえなかなか決まらない。己の主張を通そうとする者達がぶつかり合い、ケンカに発展してしまった日もあった――そう、例のケンカである。
チームBの平民男子とパトリックが掴み合いのケンカをしたとスタッフから報告を受けた時は、さすがのメロディも「ヤバいよヤバいよ」状態となった。パトリックはこの国の第2王子なのだ。彼には当然【王家の影】が付けられている。婚約者であるメロディは、もちろんその事を知っている。
王家から抗議が来るに違いない、とメロディは覚悟した。
だが、別荘に届けられたのは抗議ではなく、王妃からの差し入れだった。それは王宮のパティシエが作った、大量の焼き菓子だった。平民の男子達はその美味しそうな差し入れを見て歓声を上げ、貪るように焼き菓子を頬張った。
差し入れに添えられた、メロディ宛の王妃からの手紙には、パトリックがいかにグループのセンターに相応しいかが長々と綴られていた。親バカ丸出しのその手紙を、メロディは笑顔でぐしゃりと握り潰した。このオーディションに忖度は存在しないのである。
そんなこんなで他のチームに比べて格段に進捗状況が悪かったチームB。やっと楽曲を完成させたと思ったら、今度はコレオグラフ作成でまた揉めた。揉めに揉めた。本当に纏まらないチームであった。
だが、いざ楽曲とコレオグラフが出来上がってからのチームBの集中力は凄まじかった。寝る間も惜しんで早朝から深夜まで歌とダンスを猛練習し、何とか今日までにグループパフォーマンスを完成させたのである。
チームBのパフォーマンスが始まった。
それは予想外にセクシーなパフォーマンスだった。直前に見たチームAのパフォーマンスが爽やか系だったが故に、チームBのいやらしさが余計際立つ。メロディはステージに釘付けとなった。
♪♬ 先っちょだけならOKかい? 迸るのは君のせいだよ ここはどう? ここはダメ? もっと深く……あぁ~あぁ~ ♪♬
悩ましい歌詞を妖しい振り付けで歌い踊るチームB。腰をくねらせヤバい角度で突き上げる。この振り付け考えたヤツ誰だよ!?
「エッロ……」
メロディの口から思わず言葉が漏れる。だが、そう感じたのはメロディだけではない。メロディの後方にいる女性スタッフの呟きが聞こえてきた。
「……あんっ、見てるだけで妊娠しちゃう♡」
さすが、平民は物言いがアケスケである。
そして、メロディは気付いてしまった。ステージ上で歌い踊るチームBの中で、一番エロいのがパトリックであることに。
1次審査の時とはまた違う、美しいだけでなく何とも言えない独特の艶を纏った歌声。妖しい色気が漂う眼差し。誰よりもいかがわしい腰つき。指先の動き一つさえ何やら猥褻だ。もはやパトリックの全てがコンプライアンス違反ではないか!?
⦅ パトリック様ってば、いつの間にこんなにセクシーな【男性】になられたのかしら? あんな腰つきを見ちゃったら、もう【弟】のようには思えませんわ。彼のあの細くて長い指で弄られたら……あんな角度で突き上げられたら……あぁ、ムラムラしてしまいますわ!⦆←淑女にあるまじき妄想である。
【弟】のように思っていた可愛い年下の婚約者が、いつの間にか大人の男性になっている――メロディは衝撃を受けた。そして初めてパトリックのことを異性として意識し、ついついイケナイ妄想まで……。
「これが恋するという事なのね……」
そう。女の「好き」だって、あれもこれも込みでの「好き」なのだ。
婚約後10年の時を経て、メロディは初めて婚約者パトリックに恋をしたのである。
あ、忘れてた。
チームCのパフォーマンスも素晴らしかった。このチームはとにかく美しい楽曲を作ることに注力していて、音楽性が一番高かった←2行で済ませた? チームCに謝れ!
その日、別荘の会議室では夜遅くまでスタッフ会議が行われた。そして厳正な選考の結果、2次審査通過者10名が決定したのである。
通過者リストの中にはパトリックの名も含まれていた――