5 ヤマナーカ湖畔合宿スタート
ここは王都から少し離れたヤマナーカ湖畔にある、侯爵家の別荘である。
今日からこの別荘で1ヶ月に亘る合宿審査が始まる。例のボーイズグループオーディションの2次審査及び最終3次審査だ。
合宿初日の今夜。自己紹介を済ませた後、参加者の親睦会を兼ねたバーベキューパーティーが始まった。
「さぁ、皆さん。た~んと食べてくださいね!」
そう言いながら、頭にスカーフを巻きエプロンを身に着けたメロディが、テキパキと肉や野菜を切り、じゃんじゃん焼いていく。
「メロディ社長! 私達がやりますから!」
と、スタッフが叫んでいるが、聞いてはいないメロディ。
「ほらほら、お肉もドンドン焼きますわよ。遠慮なくたくさん食べてくださいね。選りすぐりのヨネザーワ牛肉の霜降りですわよ~。おーほっほ」
メロディ主催のボーイズグループオーディション1次審査を通過し、この合宿にやって来た15名の男子たちは、約1名を除き皆が平民だ。彼らは見たことも無い豪勢なバーベキュー食材を前にして目を白黒させていたが、やがてバクバクと勢い良く食べ始めた。その姿を満足気に見渡しながらも、メロディは手を休めずに肉をひっくり返す。
「おほほほほ。若い男の子の食べっぷりは見ていて気持ちが良いですわね~」
自身もまだ17歳であることを忘れ、学食のオバちゃんのような台詞を吐くメロディ。
そんな彼女におずおずと近付いて来た一人の男子がいた。それはこの国の第2王子にしてメロディの婚約者、パトリックであった。メロディはパトリックが王族だからと忖度などしていない。彼は見事実力で1次審査を突破してきたのである。もちろん他の参加者やスタッフにはパトリックの正体を明かしていない。彼が王族である事を知っているのは、この場でメロディだけである。
パトリックは、バーベキュー前の自己紹介の時にやはりファーストネームだけを名乗り「貴族の次男ですが家名は控えさせてください」と言った。他の14名の男子は平民なので「やべっ。御貴族様のオーラ半端ねぇ!」「俺、こんな近くで御貴族様見たの初めて!」「肌すべすべじゃん!?」と、ざわついていた。
そのパトリックがバーベキューの最中、肉を焼いているメロディに声を掛けてきたのだ。
「……メ、メロディ。その……あの時はすまなかった」
「パトリックさま……いえ、パトリックくん、どうしました?」
「君に酷い事を言った。本当にすまなかった。とても反省しているんだ」
周囲に気付かれぬよう、声を潜めて謝罪するパトリック。
「???……あ、もしかして『うっとおしいんだよ! このブス!』と仰った事ですか?」
「えぇ?! 言ってない!『ブス』なんて言ってないぞ!『うっとおしい』と言っただけだ!」
パトリックは焦った様子で必死に否定した。
「そうでしたっけ?」
「いや、思い出してくれ。重要だぞ、そこのところ!」
「いえ。どちらにせよ、私が口煩過ぎたのです。申し訳ありませんでした」
「俺は言ってないぞ! 断じて『ブス』なんて言ってないからな! メロディは可愛い! 超絶可愛い! 超超超絶可愛い! いや、まだ足りないな。超超超超超超超絶――」
「はいはい。ところで、パトリックくん。食べてますか? このヨネザーワ牛肉、とっても美味しんですよ。あ、海鮮が届いたようですわ。急いで運んで来て焼きますね。アワビも帆立もサザエも、そしてなんとイセーエビもありますのよ。パトリックくんも、いっぱい食べて楽しんでくださいね!」
「え? ちょ、メロディ!?」
メロディはエプロンを翻し、バタバタと走って行く。
「メロディ社長?! 私達が運びますからー!」
と、叫ぶスタッフの声が響いた。
その後、届いたばかりの新鮮なアワビを焼きながらメロディは思った。
⦅ パトリック様ったら、あの時の事を気にしていらしたのね。私が悪かったのに、わざわざ謝って下さるなんて……やはりパトリック様は優しくて可愛らしい方だわ ⦆
この10年、常にパトリックの世話を焼いてきたメロディは、パトリックに対して恋愛感情こそ持っていないものの、可愛い【弟】に覚えるような親愛の情を抱いている。
⦅ パトリック様。私はいつでも貴方の味方ですわ。いえ、もちろん審査は公平に致しますわよ。忖度無しのガチ審査ですからね。その後の事ですわ。もしもパトリック様がこのオーディションを最後まで勝ち抜いても、恐らく国王夫妻はデビューに反対されるでしょう。その時こそ私の出番ですわ。絶対に国王夫妻を説得してみせます。パトリック様、安心してください。私は何があろうと貴方の夢を応援しますわ!『大陸一のアーティストに俺はなる!』という貴方の夢を!⦆←一言も言ってない。
メロディは、半年後に7人組のボーイズグループを大陸デビューさせる予定で戦略を考えている。1次審査を通過した15名の男子のうち、このヤマナーカ湖畔合宿で行われる2次審査でまず5名、そして最終3次審査で更に3名が脱落することになるのだ。オーディションとは、ある意味非常に非情なものである←駄洒落ではない。
明日からは厳しくなる一方のオーディション。せめて今夜は思う存分楽しんでほしい、とメロディは思った。
「ほらほら、皆さん。こちらの海鮮も食べ頃ですわよ。召し上がれ!」
バーベキューパーティーは大変盛り上がり、ヤマナーカ湖畔の夜は実に賑やかに更けていったのである。