3 君に会いたくて
それは何処からどう見てもこの国の第2王子、そしてメロディの婚約者であるパトリックだった。
「それでは自己紹介からお願いします」
第2王子パトリックを前にしているのに、進行役のスタッフは平然と審査を進めようとする。しかし、それは仕方がないことだ。スタッフもそして応募者達も、その殆どが平民もしくは下位貴族の次男や三男で、王族の顔など見たことがないのである。
「王都出身のパトリック、16歳です。貴族の次男ですが、いろいろと差し障りがあるので家名を名乗るのは控えます。よろしくお願いします」
「……はい。よろしくお願いします」
メロディもそのまま進めるしかない。まずは応募者自身が選んだ曲を歌う。パトリックが選んだのは平民の間で人気のあるバラードだった。婚約してからの10年間の付き合いの中で、今までパトリックの歌う姿など一度も見たことがなかったメロディは、初めて聴くパトリックの歌声に驚愕した。
⦅ 何という歌唱力! 素晴らしいわ! まさかパトリック様がこんなに歌が上手いなんて! ここまでの才能があるのですもの。パトリック様はきっと本気でアーティストを目指していらっしゃるのだわ!!⦆←絶対違う。
※※※※※
☆パトリック視点
パトリックが歌い終わると、メロディもスタッフ達も全員が立ち上がって拍手をしてくれた。顔に熱が集まるのを感じる。
そのままダンスの審査が始まる。ジャンルは問われない。パトリックはヒップホップダンスを披露した。この日の為に、短期間ではあるが歌もダンスも必死に練習してきたのだ。力が入る。渾身のヒップホップダンスを踊り終え、パトリックは審査委員長であるメロディに向かってペコリと頭を下げた。
「ありがとうございました」
メロディは目を輝かせてパトリックを見つめている。
「こちらこそ、ありがとうございました。素晴らしい歌とダンスですね。歌はリズムもピッチも正確で、ダンスもとてもストレート。パトリックさま……いえ、パトリックくんの真面目な性格が表れていました」
「あ、はい。恐縮です」
「とにかく歌が美しい! バラードだけど歌謡曲っぽくなり過ぎない、本当に音楽が好きな人の歌だなと感じました。もしかしてR&Bとかも好きですか?」
「あ、はい。好きです」
「なるほど、なるほど。歌は既にプロ級ですね。ダンスに関しては、もう少し後ろでノる余裕のようなものがあれば、大人っぽい雰囲気が足されて、もっとセクシーになるかな、と思いました」
「あ、はい。善処します」
「それから一つ、お聞きしたいことがあります」
「あ、はい」
「パトリックくんは貴族令息とのことですが、何故、このオーディションにエントリーしてくれたのですか?」
⦅ 愛しい君に会いたかったからだよー!!⦆
と、パトリックは叫びたかったが、抑えた。
「え……っと。このボーイズグループオーディションの触れを見た時、これは確実にかっこいいモノになるな、と。俺はかっこいいモノが大好きなので、是非ともこのボーイズグループに入って活躍したいと思いました」
パトリックはそう答えた。嘘ではない。かっこいいモノは好きだ。ただ王子である自分が実際にボーイズグループの一員となり、大陸を股にかけた芸能活動をすることは不可能だ。王族として許されるはずがない。
なのに、メロディは真剣な顔をしてウンウンと頷く。そして、彼女は麗しい笑顔でこう言ったのだ。
「『かっこいいモノが大好き』という言葉はシンプルですが強いですね。私も、かっこいいモノが好きです。パトリックくんの歌もダンスも非常にカッコ良かったです。ファンになりました」
⦅ ぐはぁっ! メ、メ、メロディが俺の事「かっこいい」って言った?! 今、確かに言ったよな?! 俺の事「かっこいい」って!? おまけになんつった?! 「ファンになりました」だと! メロディは俺を殺そうとしてるのか!? それでもいい! それでもいいぞ! とにかく俺はメロディの側にいたい! 何が何でも彼女の側にいたいんだ! こうなったら絶対に2次の合宿審査に進むぞ!!⦆←何か間違っている。