1 婚約者と少し距離を置くことにした
「パトリック様。そんな風に早口で仰ってはいけません。王族はもっと泰然とした物言いをなさいませんと」
「うるさい! 君は俺の母親なのか? 家庭教師なのか?」
「いえ。婚約者ですわ」
「だったら、俺に説教ばかりするな! うっとおしいんだよ!」
うっとおしい……そこまで言われて、メロディはショックを受けた。
⦅ ガチョーン! からの、がびーん! ……でも、言われてみれば確かに、私って過干渉な母親みたい……かも?⦆
メロディは元来、とても面倒見の良い性格だった。一つ年下の婚約者パトリックのお世話がしたくて堪らず、彼と婚約して以来、可能な限りパトリックの側に付いて甲斐甲斐しく世話をしてきた。この国の第2王子であるパトリックに立派になって欲しくて、ついつい小言のような事も日常的に言ってしまっていたのだ――
現在メロディは17歳、パトリックは16歳になっている。二人とも王立貴族学園に在籍する学生だ。二人が婚約したのは今から10年前、メロディが7歳、パトリックが6歳の時であった。まだ幼かった侯爵家令嬢のメロディと王子であるパトリックの婚約は、もちろん親の決めた政略の婚約である。
メロディは、少しパトリックと距離を置くことにした。近くにいると、どうしても世話を焼きたくなってしまう。そして口を出したくなってしまうからである。幸いというべきか、学年の違う二人は学園では別の棟で学んでいる。今までは昼休みにメロディがパトリックの棟まで迎えに行って学園食堂で共に昼食を食べたり、放課後やはりメロディが誘ってパトリックと一緒に学園図書館で勉強をしたりしていたが、それらを止めてしまえば、学園で顔を合わせることは殆どないだろう。学園の休日である週末は、毎週王宮で王子妃教育を受け、講義の後は必ずパトリックの元を訪れて二人でお茶会をしていた。その王子妃教育も先週末に無事修了した。メロディが王宮に出向かなければ、パトリックの方から侯爵家を訪れる事はまず無いので、これからは週末に会うことも無くなるだろう。
「考えてみれば、いつも私がパトリック様のところに押しかけていただけで、パトリック様から望んで私と過ごしたことなどないのだわ……」
やはり自分は息子に付き纏う過干渉な母親のようだったのだと、今更ながらメロディは大いに反省したのである。
もともとメロディはパトリックに恋愛感情は持っていない。7歳の時に婚約が決まり、初めて会った当時6歳のパトリックは女児と見間違うような綺麗な男の子だった。サラサラの金髪に碧く美しい瞳。自信に満ちているようで、けれどどこか儚げで……そんな、まるでお人形のような王子パトリックを一目見て、メロディは⦅ 私がお世話してあげなければ!⦆と思ったのだ。今思えば、あの時芽生えたパトリックに対する思いは間違いなく「母性愛」である。
メロディはもともと面倒見が良く人の世話を焼くのが大好きな性格であった、にもかかわらず、侯爵家の令嬢として産まれたが故に逆に周囲から世話をしてもらうばかりの生活を送っていた。それでも弟か妹がいれば、まだ世話焼き欲求を満たせたかも知れないが、メロディにいたのは8歳も年上の兄一人だった。しかもシスコンの兄はメロディを甘やかし世話を焼きまくる。違う、そうじゃない。メロディが欲しいのは、それじゃないのだ。
幼いメロディがそんな悶々とした気持ちを抱えていた時に出会ったのが婚約者パトリックなのである。メロディの世話焼き欲求は、ついにターゲットを見つけて爆裂した。以来、メロディはパトリックに付き纏い、頼まれてもいないのにアレコレ世話を焼き、まさに「もう一人の母」となった。しかもパトリックの実の母親である、おっとりした王妃の何十倍も口煩いのだ。
「そりゃあ、うっとおしいわよね……」
メロディはがっくりと肩を落とし、独り呟いた。
が、次の瞬間、彼女はグッと顔を上げ、拳を握り締めたのだ。パトリックの世話を焼くのはもう止めよう。そして、これからは自分自身のやりたい事をやっていくのだ。ならば――
「大陸一のボーイズグループを作り上げますわ! 歌とダンスで大陸中の人を魅了しちゃうグループですわよ!」
メロディは、早速、自国の各地でオーディションを開催することにした。
その夜。
「「「いや、何で!?」」」
メロディから得意気に【ボーイズグループオーディション企画】を知らされた両親(侯爵夫妻)と兄は思わず叫んだのだった。