闇 ~闇の向こうに見えるものと、見えなかったもの~
物騒なタイトルですけど、ホラーではないです。
ホラー風味ではあると思いますけど、ホラーではないです。
ニヤニヤ一人で笑うおじさんも、体調不良を起こす謎の小屋も出てきません。
もちろん、死体の話なんてしません。
……本当ですよ(にっこり
と言いつつ、昔ネットではやった怖い話を一つ。
皆様はこの都市伝説を聞いたことがあるだろうか。
タイトルは確か『電気をつけなくて良かったな』とかそう言うの。
とある学生がクラスメイトの部屋へ行った。
鍵はかかっておらず、中へ入ると部屋は真っ暗。
寝ているのかなと思って、届けに来たものを置いて帰る。
そして翌日。
変わり果てたクラスメイトが見つかる。
学生は警察から事情聴取を受けた際に、とあるメモを見せてもらった。
そこには『電気をつけなくて良かったな』と書いてあった。
とまぁ……クラスメイトの部屋を訪れた時に、犯人が闇の中で息をひそめていたということですね。
これを読んだ当時はゾクゾクさせられたものです。
今回お話するのは、これと似たような話です。
あっ、もちろんですけど殺人犯は出てきませんよ。
誰も死んでませんし、誰も傷ついてません。
あくまでホラー風味な実体験の話……です。
私が以前に勤めていた会社で、こんなことがありました。
Aさんが体調を崩し、Aさんの住むアパートにBさんがお見舞いに行きました。
Bさんがアパートに着くと玄関のかぎが開いています。
不審に思ったBさんは部屋の中へ入って、声を掛けます。
すると、うめき声と衣擦れの音が聞こえ、BさんはAさんが寝込んでいるものと判断。
手土産を置いて帰りました。
しかし……そのあとちょっと困ったことに。
Aさんから会社の上司に連絡が入ります。
誰かが勝手に家に入ったと。
……どういうことなのか。
Aさんは一日休んで体調がある程度回復し、近くのコンビニに買い物に行っていたそうです。
その際に鍵をかけ忘れてしまったそうで。
Aさんが留守にしている間にBさんが部屋を訪れて手土産を置いて行き、帰って来たAさんがそれを発見して誰かが来たのだと不安になったようです。
幸い、上司がきちんと説明したので、大事にはなりませんでした。
ちょっとの間、部屋を開ける時でも、施錠はしっかりとしておいた方がいいですよね。
とまぁ、特に何でもない出来事だったわけですけども。
変な風に話がこじれたのはこの後。
Bさんは、確かにあの時、部屋に誰かがいたと言うのです。
物音が聞こえた。うめき声が聞こえた。人の気配がした。
そう言って譲ろうとしません。
また、Aさんには「あの部屋、絶対何かいるよ」と繰り返し訴えていました。
Aさんは聞く耳を持たず、ほかの社員からもBさんちょっとアレな印象を持たれてしまいます。
実際、その後Aさんに何か起こったわけでもなく、普通に同じ部屋で暮らしていました。
この話を聞いて、たらこは「ふーん」程度にしか思っていなかったのですが、似たような体験をすることになります。
たらこは当時、祖母と二人ぐらしだったのですが、たらこが仕事から帰ると祖母は必ず食事を用意して待ってくれています。
朝帰ろうが、夜帰ろうが、必ず待っていてくれたのです。
当時は若干の鬱陶しさを感じていたのですけど、せっかく作ってもらった食事を無下にはできず、たらこはどんなに体調が整わなくても必ず全て食べました。
おかげで少しずつ体重が増加していく日々。
定期的にダイエットに励んでは、また元の体重に戻るというのを繰り返していました。
話を戻して、祖母は必ずたらこの帰りを待っていてくれたわけですけども、ある日のこと、夜遅くに帰ると部屋が真っ暗で誰もいません。
たらこと祖母が住んでいたのは古いタイプのマンションで、買った当時からリフォームなどはしていません。
そのため部屋の構造が昭和中期のまんま。
リビングに二つ部屋が直結しているのですが、扉ではなく引き戸で区切られています。
祖母の部屋はそのうちの一つなのですが、引き戸は常に開けっ放し。
それは祖母が寝ている時も同じでした。
自宅に帰ったたらこは、部屋が真っ暗なことに異変を感じます。
こんな時間に祖母が家にいないのはおかしい。
たらこは試しに何度か呼びかけました。
返事がありません。 人の気配もありません。
たらこは急に不安になって、すぐさまバイクに乗って周辺を捜索に出ました。
30分ほど近所を走り回って手掛かりが見つからず、とりあえず家へ戻ることに。
頭の中は祖母のことでいっぱいです。
この後、どうしよう。
警察に連絡するか。
そんなことを考えながら、玄関の扉を開くと……明かりがついていました。
食事がテーブルの上に置いてあります。
台所では、味噌汁を温める祖母の姿が。
「えっ……どこいってたの?」
たらこが尋ねると、祖母は首をかしげます。
「ずっといたけど?」
……え?
祖母曰く、夕食の準備が終わって疲れたので、横になって休んでいたとのこと。
たらこが最初に帰った時も自分の部屋で寝ていたそうです。
ただ単純に、たらこが気づかなかっただけ。
……ということになるらしい。
変だなと思いつつ、この前のAさんとBさんの話を思い出しました。
Bさんは何も見えない暗闇の中に、そこにはいないAさんの存在を感じ取っていました。
たらこはいるはずの祖母の存在に気付かず、誰もいないものと思い込んでしまった。
それぞれ全く違う内容の話なのですけども、共通点が一つ。
Bさんも、たらこも、闇の向こう側に隠れる世界を、頭の中で勝手に想像していたということです。
Bさんは、闇の中に存在しないAさんの姿を想像した。
たらこは、闇の中にいる祖母の存在を、いないものと思い込んだ。
当たり前の話ですけども、明かりがついていたらこんな勘違いはしなかったはずです。
Aさんがいるものと思って、気を使って明かりをつけなかったBさんはともかくとして、自宅に帰って電気をつけず、祖母を一人で探し回っていたたらこは間抜けと言わざるを得ません。
ただ一つ、言い訳をさせてもらうと……たらこが帰った時は常に明かりがついていたので、暗い部屋をみて祖母が不在であると思い込んでしまったのです。
電気をつければ自室で横になっている祖母の姿を発見できたはずなのですけどね。
闇。
人は見えない闇の向こう側に、見えてはいけないものを見ることがあると聞きます。
その実、思い込みをしているだけなのかもしれません。
見えないからこそ、そこにあるものを想像してしまう。
あるいは逆に、存在しないものと思い込む。
不思議というよりも、単純にお間抜けさんの話だとは思うのですけれど。
どうしてもただの思い込みとは思えないんですよね。
Bさんが聞いたという物音やうめき声、確かに感じた人の気配。
あれは本当にただの思い込みだったのでしょうか?
まぁ……Aさんも、たらこの祖母も、そのあと別に何かあったわけではないので、怖い話にはならないのですけれども。
闇はありふれた日常を非日常に変える、ある種の『窓』のようなものなのかもしれません。