彼氏役
『明後日収録します。朝10時に、前と同じ駅まで来てね』
『了解です』
朝奈さんとそれだけのやりとりをラインで済ませる。
ちょうど『ゆかなん』さんの動画を見ていたところだった。まさかここに写っている人の家に行けるとは……神様っているんだな。
◇
当日、俺は前と同じ10分前に駅に到着した。今日は朝集合だ。
「おはよう、柏木君」
「おはよう朝奈さん」
朝奈さんの格好はロングコートにマフラー、下はタイツ。
今日は隣に並んでマンションまで歩く。はたから見れば、カップルに見えるかもしれない。
「ネタ、考えてきてくれた?」
「もちろん、20個くらい」
「20個!? す、すごいね」
20個でもだいぶ厳選した。本当は100個くらい提案したい。
「ちなみに、どんなのがあるの?」
「心音とか、あとロールプレイ。メイドさんとか、彼女と添い寝的な……ごめん、引いてる?」
聞かれたから答えたけど、冷静に考えるとなかなかきついことを言っている気がする。彼女でもコスプレしてくれなんて嫌がる人もいるかもしれないのに、ほとんど関係性のない男に朝奈さんは、メイドや彼女の真似事をしてくれと頼まれているのだ。
「いや、引いてないよ。私がネタを頼んだんだし。それに、みんなHなのが好きって知ってるもん。コメントしてる人を見てれば分かるから」
よかった、朝奈さんは全然平気そうだ。
確かにコメントはセクハラまがいの物が多い。朝奈さんの大きい胸を強調した、サムネイルの影響が大きいと思うけれど。下品な男性が、大きい胸に釣られて動画を見にきているのだ。俺もそのうちの一人ですけどね。
「ロールプレイかぁ……あんまり得意じゃないんだよね」
「本当に? 確かに、ロールプレイしてる動画は一本しかあげてないよね『ゆかなん』さん。サンタのやつ」
「よく覚えてるね、柏木君……」
今度はちゃんと引かれた気がする。
マンションに着いた。朝奈さんがオートロックを打ち込む前に、俺はすぐに後ろを振り向く。朝奈さんが俺を呼んでから、マンションに入った。
朝奈さんが203号室の鍵を開ける。「待っててね?」 と朝奈さんに言われおとなしく俺は待った。再び鍵が開いて扉がひらいた時、朝奈さんは前と同じタオルと紐を両手に携えていた。
「ごめんね、今日は腕だけだから……」
朝奈さんは申し訳なさそうにしている。俺は『ゆかなん』さんの収録が見られるなら、どんな扱いでも構わなかった。朝奈さんに背中を向けて、両腕を差し出す。
「今日のタオルは、いい匂いの柔軟剤使ったから!」
そう言いながら朝奈さんは俺の手首を縛っていく。タオルがいい匂いしてようが、俺にはあんまり関係ないのだが、もしかして朝奈さんは天然な所があるのか?
朝奈さんは少し手馴れたのか、前回よりも早く俺の手首を縛ることを終えた。
俺は玄関でもたもたと靴を脱ぐ。見兼ねた朝奈さんが俺を手伝ってくれた。
「そういえば、今日は何の動画を撮るの?朝奈さん」
「うーんと……これ」
靴を脱ぎ終えた俺に、朝奈さんはコートを脱いで中の服を見せた。これは、セーラー服の上にカーディガン!? 高校生!?
「ロールプレイは、相手がいないのに演技することが苦手だったの。でも今日は喋る相手がいるでしょ?練習になるかなって」
「え?どういうこと……?」
「彼女のロールプレイの練習相手になってね、柏木君。頷いたりするだけなんだけどね」
俺が彼氏の役ってことか!?