ネタ
「あっ、柏木君、ちょっといい?」
「朝奈さん」
大学で朝奈さんとすれ違った。同じ学部なので、結構すれ違う日はすれ違う。だが挨拶ぐらいならまだしも、向こうから話しかけられたのは初めてだ。
「今日必修の授業終わったら時間ある?図書館で会えないかな?」
「えっ……あ、空いてます」
朝奈さんに学校で呼び出されるなんて驚きだ。同じ大学の仲間に言えば、めちゃくちゃうらやましがられるだろう。言わないが。
図書館の奥の方にあるテーブルの席にいるとラインが入る。俺はそこに向かう。
「ここだよ、柏木君。来てくれてありがとう」
「今日は何の用事?」
「えっとね……」
朝奈さんは小声になった。『ゆかなん』声が急に聞けて、俺はドキドキしてしまう。
「動画のネタ、柏木君も考えてみてくれないかなぁと思って」
「ネタ?」
「そう。結構動画のネタ考えるの大変でね。ファンの人がこんな身近にいるなら、やって欲しいこと聞くのもありかなぁ、なんて」
「ええっ、いいの!?」
嬉しすぎて大きい声が出てしまった。朝奈さんが指を唇に当て、静かにしてと俺に伝える。
マジか。『ゆかなん』さんに直接リクエストができるなんて。どんなネタをしてもらいたいだろう。次々に妄想が溢れて止まらない。
「……というか、ラインで話せばよかったのでは?朝奈さん」
「文字に残る方がいやだもん。誰に見られるかわからないでしょ」
こそこそと、俺と朝奈さんは話を続ける。
朝奈さんは『ゆかなん』の活動が他人にバレるのを、かなり嫌がっているようだ。今いる場所も、俺は人がいるのをほとんど見たことがない場所だし。『ゆかなん』さんの動画は、多少エロいのもあるので嫌がるのも分かるが。
「じゃあまた来週の収録の時に聞くから、考えておいてね?」
「了解」
うわぁ、ワクワクしてきた!
大学の講義中に考えていた。100個くらいネタができそうだったが、流石に朝奈さんが引きそうなのでもう少し絞る。
「お前、何考えてたんだ?まさか講義に夢中だったのか?」
講義終わりに話しかけられた。同じ学年、同じサークルの川角という男だ。同じサークルに入ったとわかって、少し話すようになった。楽な講義はどれだとか、あの子がかわいいだとか、そんなんばっかだが。
「いや、ちょっと講義以外で考え事」
「ふうん。彼女でもできた?」
「……なんでだよ」
「あはは、冗談だよ」
脈絡が無さすぎだ。こいつの頭はそんなんばっかりか。彼女と言われて、一瞬朝奈さんが浮かんだがすぐに振り払った。俺と朝奈さんはただの契約関係(?)だ。契約がなければ、サークルで少し喋ったことがあるだけの関係だったのだから、家に行ったからといって勘違いしてはいけない。
朝奈さんの家……。朝奈さん、今日はあのブラジャーだったんだろうか……。
……はっ! こんなんじゃ川角と変わらない。家に帰ってネタを厳選しておくか。