朝奈さんの家へ
『11月7日に収録をします』
家のベットでのんびりしていると、朝奈さんからのラインがきた。俺は慌てて返信する。
『了解です。どこに行けばいいですか?』
……既読はついたが返信がない。まあ、待とう……と思ったら数分後に返信がきていた。
『私の家』
そりゃそうか、収録なんて家以外でできるわけない。スタジオ借りるでもしないと。
……マジ?俺は11月7日に朝奈さんの家にお邪魔するのか?え?現実?
◇
当日。俺は朝奈さんに指定された駅で待っていた。時間のちょうど十分前。意識してる勘違い男と思われたくなかったので、普段と大差ない服装(綺麗目)で挑む。朝奈さんが一人暮らしだということだけは、前から知っていた。
俺はめちゃめちゃ緊張していた。朝奈さんの家に一人で行くということ。『ゆかなん』さんの収録が見れること。その二つのクソでかイベントが同時に襲いかかっているのだ。緊張するなという方が無理な話だ。
「こんにちは、柏木君」
「あっ!?こっ、こんにちは、朝奈さん!」
朝奈さんが背後から話しかけてきた。朝奈さんはいつものような、ゆるふわ系の格好だ。とても可愛らしい。俺はそうとうキョドッてしまった。
「じゃあ着いてきて、柏木君。こっちだから」
朝奈さんに言われるがまま着いて行く。朝奈さんが先導して、俺がうしろを歩いていた。無言だ。気まずいぞ、何か話題はないか……。
「……朝奈さんって、関西出身だったんだ?」
「うん、京都に住んでたの」
「へぇ〜……京都いいよね」
「うん」
「……えーっと……」
やばい、会話が続かない。
「……なんかごめん朝奈さん。無理やり家に行くようなことになって……」
「あ、うん。えっと……ごめん。私も緊張してて。まさか初めて男の人を家に呼ぶのが、こんな形になるなんて……」
朝奈さんの一人暮らしの家に乗り込む、初めての男が俺なのか。
「なんかほんと申し訳ない……」
「い、いいの。柏木君は契約を守ってくれればいいから。気にしないで」
少し路地に入ったところのマンションが、朝奈さんの住む家だった。オートロックの番号を朝奈さんが打ち込む……打ち込まない。番号を押す所の前で、突っ立ったままの朝奈さんが俺の方を振り向いた。
「あの、柏木君。後ろ向いててくれる?……一応」
「あ……わかりました」
俺が朝奈さんにいかに信用されてないかが、どんどん浮彫りになっている。……心にくるな、これは。
俺が朝奈さんに背中を向けている間に、番号が打ち込まれていく。扉が開くと、朝奈さんが俺を呼んで招き入れた。2階の203号室。それが朝奈さんの住んでいる所だった。俺と朝奈さんが扉の前に到着する。
「柏木君、ちょっと扉の前で待っててくれる?」
そういって朝奈さんは家の中に入っていった。がちゃんと閉められた扉は、しっかりと鍵のかける音がした。俺が勝手に、家に入ってこないようにするためだろう。
サークル活動では仲良くやれてたと思ってたんだけどなぁ……。あんまり熱心じゃなかったとはいえ、一年同じサークルで活動していてこの信用の無さ。うーん、泣ける。
まあでも、この場合は朝奈さんがしっかりしてると言うべきなのだろう。恋人でもない男と一人暮らしの家で、二人きりになろうとしているのだから。俺はそうやって、なんとか自分をなだめた。
ガチャっと扉が開いて、朝奈さんが半身だけ外に出した。
「柏木君、ちょっと後ろ向いてもらっていーい?」
「え?う、うん」
俺は言われた通りに後ろを向いた。俺の手首に朝奈さんの柔らかい手の感触が伝わり、ドキッとする。朝奈さんが後ろから、俺の両手首を掴んで俺の背中側に持っていった。そのまま何かで手首をぐるぐる巻きにされる。
え?
「あ、朝奈さん?一体何を……」
「ごめんね、柏木君。もうちょっとじっとしててね」
ちらっと後ろを見たところによると、どうやら俺の手首はタオルでぐるぐる巻きにされていたらしい。さらに朝奈さんはタオルの上から紐を巻いてゆく。俺の手首は全く動かなくなった。
「朝奈さん、これは……?」
「ごめんね、柏木君。信頼してないわけじゃないんだけど、一応ね……襲われたら困るし」
な、なるほど。だがこの絵面を他のマンションの住人に見られたら、流石にやばくないか。手首の縛られた男を、部屋に招き入れる女子大生の図はあまりにも変態的だ。
俺はこのやばい状況を打破するため、急いで朝奈さんの家に入ろうとした。が、その動きを朝奈さんに背中側からガシッと腕を掴まれ止められる。
「まって、柏木君。まだ部屋の方を向いちゃダメ」
「え?」
「これ、つけるから」
朝奈さんがそう言うと、俺が質問する前に視界が真っ黒なアイマスクで覆われた。
……目も塞がれるの?
「これでよし。じゃあ、どうぞ柏木君」
どうぞって言われても……。見えないし、腕は縛られてるし。
絵面の変態度合いだけが増してしまった……。
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