「勇者のくせに文句を言うな!」と悪徳女神に神界追放されたけど、俺の代わりの派遣勇者本当にいるの? 〜全てがもう遅い。救済後の世界でのんびり楽園をつくっているので絶対戻りません〜
「勇者ガリア! すぐに次の世界へ向かわないのならば、本当に神界から追放しますよ!」
女神アステラは声を荒げたが、ガリアにとってはもはや聞き慣れたセリフだった。
アステラは、神というだけあって、長髪たなびく絶世の美人である。
が、見た目に騙されてはいけない。性根はパーフェクトに腐りきっている悪徳女神だ。
彼女にとってあらゆる勇者は使い捨ての道具、自分の出世のための"駒"に過ぎない。
最も救済レベルの高い世界を、最も効率的に、最短時間で救済する。
そのために、手段は問わないのが彼女の仕事のやり方だ。
とても"人間的"ではない。
勇者ガリアは、毅然とした態度で立ち向かう。
「いやいやいやいや、おかしいって! こちらは正当な主張をしただけだ! もう何連続世界を救ったと思ってるんだよッ!? 34連続だぞ! さん! じゅう! よん! 女神ってのは数が数えられないのか?」
「あーあ、また私を侮辱するの?」
女神は、人差し指をくるくるしながら挑発的な目を向けてくる。
「言ったはずだよな。今回の世界を救う前に『次の救済が終わったら長期休暇いただきますからね』と!」
「あなたが休めば他の勇者たちが困るのですよ」
やれやれといった仕草をカマしてくる。
いちいちムカつく女神だ。
「そう言ってこれまで何人の勇者を潰してきたんだ? 口を開けば、世界のため。みんなのため。 本当は、自分の出世のためだろうが!」
ガリアは、これまでになく強大な魔王を倒し、すぐに呼び戻されたばかり。
もう我慢の限界だった。
なのに、この女神は「はい、お疲れ様」と形式的な労いだけして、「では早速次の世界に。難度は前回と同じSSSです。いってらっしゃ〜い」と抜かしたのだ。
「誰のおかげで勇者できてると思ってんの? 私があなたを見出してあげたの! わかる? 勇者でいられるだけありがたく思わないの? 何の力もなく魔族に蹂躙されている人間たちだってたくさんいるのよ?」
「勇者だからって、自分の生き方の全てを奪われてたまるか!」
「はぁ……人間風情さんが、神になれるかもなんて機会は勇者になる他ないのよ? 自分がいかに優遇された立場にいるのかわからないんですね、嘆かわしい」
女神アステラは、ため息をつく。
ため息をつきたいのはこっちだ!!
生きるか死ぬかの世界を、まともな休みもなしで連続で救わされてみろ。
気が狂ってくる。
これだけハードワークにも関わらず、報酬は微々たる【神の加護】とやらと【救済されたみんなの笑顔】である。
これをやりがい搾取と呼ばずになんと呼ぶんだッ!
建前上、数多くの世界を救った勇者は、神になれることになっている。
だが、神たちも自分の競争ライバルを増やすことになるので、勇者を神に引き上げるモチベーションは非常に低い。
しかも、上のポストが全然開かないのだから尚更だ。
アステラだけではない、彼女も上司も、その上司も勇者は基本的に使い捨ての道具だと思っている……神界そのものが腐りきっている。
「思い返せば、最初からひどい待遇だったじゃないか。何の実績もない俺を、難度Sクラス世界の救済に向かわせて」
「実力は死地でしか試せませんし。現場で学ぶのが一番ですし。何より、あなたたち勇者をじっくり育てている余裕なんてないんですよ! 最初から経験が積めてよかったじゃないですか」
「体調が悪いと言っても、救済しろと言われた!」
「体調管理は自己管理のうち。自己責任になるのは当たり前じゃない!」
「結果だって出してるのに、待遇も変わらない!」
「ここでは、そういう決まりです」
アステラがわかってないですねといった風に首を振る。
そして、ガリアの肩にポンと手を置いて、にっこりと笑う。
「ガリアさん。やれるかやれないかじゃないんです。やるんですよ」
――何を言っても無駄か。
「辞めさせてもらいます」
「えっ?」
「勇者、辞めさせてもらいます」
「はああああああああ?」
「先ほど救済した世界に戻ります。本当はお休みをもらって一時的に戻るつもりでしたが、心が決まりました。これまでお世話になりました」
「戻ってどうすんのよ!」
「クソ女神様が魔王を倒してすぐ呼び戻してくれたせいで、『グランヴァニア』の復興は絶望的なんですよ。知らないと思いますが。あのままでは、あの世界の全員が死んでしまう。これまで救ってきた世界のように自力で復興はできない。これじゃ救済したことにならないだろ? 俺が戻って世界を立て直し、そして、幸せな引退後の楽園をつくる」
「は? 何カッコつけてるのよ! 魔王を倒したらそれで終わりでしょ。救済はそういうもんでしょ、馬鹿みたい」
ガリアは一礼すると、先ほど自分が現れた召喚陣の上に立つ。
「ちょっといくつか世界救ったからって調子に乗らないで! 勇者としての責任を果たしないさいよ! あなたの救いを待つ人がいるのよ!」
「これが俺の勇者としての責任だ! それに、あんた前に言ってたじゃないか! 『あなたの代わりの勇者なんていくらでもいるのよ』って」
「その通りよ! 事実だもの! 勇者一匹いてもいなくても変わらないの。価値があるのは勇者じゃなくて私。私の采配こそが、世界を救っているのだから」
「……」
ガリアの体が光に包まれていく。
「ああ! もう! あんたなんか、勇者じゃないわ! 追放よ! 追放! 天界追放! 二度と戻ってくるんじゃないわよ」
「当然だ。自分から辞めると言っているのだから」
足元から体が粒子化していき、意識が遠のいていく。
「も! ち! ろ! ん! 今この場であなたの能力と着ている装備は抹消させていただきます。ありがた〜い女神アステラの加護も。神界から追放される元勇者にはもったいないもの!」
「ああ、別に構わない」
「強がっちゃって! 後悔して泣きついてきても知らないからね、ケッ!」
アステラの吐いた唾がギリギリ当たる前に、ガリアは消えた。
勇者ガリアはこの瞬間、神界のシステムから抹消され、「元勇者」となった。
――そして、ここから元勇者と悪徳女神との攻防戦が幕をあけるのだった。
◇ ◆ ◇
ガリアは目を覚ますと、柔らかい太ももの上にいた。
頭をやさしくなでてくれている。
「おかえりなさい、勇者様」
「ただいま……ロゼ王女、約束通り戻りました」
いま太ももを貸してくれている王女は、この世界最後の王族にして最高権力者ロゼ・グランヴァニア。
彼女の父であったグランヴァニア王が魔王に殺されたのち、ガリアとともに、絶望の中にあった民たちを奮起させ、この世界を守り抜いた救国の王女だ。
治癒魔法と強化魔法にすぐれたたくましい聖女でもある。
そして何より、やさしい、かわいい、かしこい、3拍子揃った、絶世の美少女なのだ!
胸もあるので4拍子かもしれない。
クソ女神アステラが魔王を倒したらすぐに天界に呼び戻すのは毎度のこと。
これまではそれでもよかったが、この『グランヴァニア』はダメだ。
世界が荒廃しきっていて、放っておいたらこの王女も民たちも全員死んでしまう。
ガリアは、前から言っていた長期の休みをもらって、復興まで見届けることを画策していた。
そして、その相談も簡単に王女と進めていた。
それがお休みではなく、退職となってしまったのは想定外だが――まあいい。
見事復興を果たし、勇者引退後の完璧な生活――"パーフェクトリタイアライフ" ――を送ってやるのだッ!!
「勇者様それで……おっしゃっていた長期のお休みはとれたのですか?」
「いや、辞めて来た」
「辞め…まぁ! それは大胆なご決断を!」
「これでずっと一緒にいられますよ、王女」
「あらあら。はい、お疲れ様でございました」
そう言うと、また優しくなでてくれる。幸せとはこういうことを言うのだろう。
気持ちとしては、死ぬまでこうしてかわいい王女になでられながら、太ももの上で寝ていたいが、夢のパーフェクトリタイアライフをエンジョイするためにも、まずは現状把握をしなければ。
自分の能力を王女に鑑定してもらう。
「勇者様これは……」
かわいい王女が少し動揺している。かわいい。
========
ガリア=ホーエンハイム
職業:元勇者
攻撃力:1
防御力:1
素早さ:1
魔力:1
耐性:なし
加護:×女神の加護(土下座して詫びろ! アホ!)
========
――ウザすぎる! 悪意がすごすぎる! すべての能力値が「1」とは! その辺の村人より弱い! しかも変なコメントまである! 人間の、いや神としての器が小さすぎる! 悪徳女神として流石の一言だ!
しかし!
こんなこともあろうかと手は打ってあるのだ。
あの女神の嫌がらせにこれ以上屈するわけにはいかない。
「――王女、それでは例のものをお返していただいてもよろしいですか?」
「はい、わかりました。 それでは……<譲渡>!」
王女の胸のあたりから光の玉が浮き出てくる。
「んああぁ!」
王女の色っぽい声とともに光の玉は空中に浮かびあがり、ガリアの胸に溶けていく。
「んおおおおおおおおおおおッ!」
ガリアの体に、稲妻が落ちたような衝撃が走る。
これ! これ! これ! これ!
これまで積み上げて来たあらゆる努力が! 経験が! 自分の中に染み渡っていく。
「王女、もう一度鑑定をお願いできますか?」
「はい」
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ガリア=ホーエンハイム
職業:元勇者
攻撃力:9999
防御力:9999
素早さ:9999
魔力:9999(自動全回復)
耐性:全効果無効
加護:×女神の加護(土下座して詫びろ! アホ!)
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完璧ばっちりカンストしている。34回も魔王を倒しているのだ。
余裕でこれくらいにはなる。
これでもまだ経験量がたっぷり余っているが、人間としての限界値だ。
「勇者様! うまくいきましたね!」
「ああ、計画通りだ」
ガリアは、飛び跳ねる王女とハイタッチした。
元勇者は、勇者としての力を取り戻した。
「ちなみにこれで預けていた能力は全部ですか?」
「え? ええ、はい! そうですよ」
王女は、にっこりと笑う。
◇
――何が起きたのか。
勇者ガリアは、神界で休暇交渉が決裂した場合に、自らの能力を剥奪されることを予見していた。
ガリアの勇者としての権能は<譲渡>。
【自らのあらゆる能力や経験を他者に分け与えることができる】というものだった。
ガリア的には、勇者らしくてとても気に入っていたが、女神アステラには「勇者は自分が強くなって、魔王ぶっ殺して、すぐ戻るのが仕事なのよ? なんて無価値な権能なの!」と一蹴されていた。
ガリアは、神界に帰る前に勇者としての全能力を王女にあらかじめ渡していたのだ。
<譲渡>という権能まで含めて。
だから実は、神界でアステラに能力や装備を抹消されたところで、正直痛くも痒くもなかったのだ。
しかも、女神アステラの加護は、治癒の神でありながら【毒・麻痺耐性付与】というしみったれたもので、端的に言って勇者にとってはゴミほどの価値もなかった。
この事実を女神アステラは知るのは、ずいぶん時間が経ってからであった――
◇ ◆ ◇
一方、神界では......
「アステラちゃぁ〜ん、頑張ってるぅ?」
女神アステラの肩をもんでいるのは、アステラの上司の戦神ヴァリアンである。
「ヴァ、ヴァリアンさま! ええそれはもう! 勇者どもを馬車馬のようにこき使っておりますので」
「おお。それはそれは感心だねぇ!」
戦神ヴァリアンは、ニタァとした笑みを浮かべる。
「それでさぁ、アステラちゃん、今日はいい話があるんだよね」
「いい……話ですか」
「しょ、う、し、ん、だよ」
アステラは心の中でガッツポーズをした。
ふぃいい!! 昇進の話だ!
これで文句ばかり言って面倒な勇者どもの世話ともおさらばだ!
「えっ、ほんとですか!?」
口ではとりあえずそう言うが、あたりまえだと言う気持ちがあった。
周りの神を見渡しても自分が圧倒的に成果を残しているという自負があった。
謙虚なふりをしておいて、損なことはない。
おじさん神たちは転がしておくに限る。
「私なんかが? これもヴァリアンさまのおかげです……」
「うんうん。おめでとう! さっすがアステラちゃんだよ! 最近かなり成績いいもんね」
戦神ヴァリアンが、ポンポンと肩をたたく。
「この前任せたさ救世難度SSSの『グランヴァニア』あったじゃない」
「ええ」
「あれよくやったよね! 救済の報告受けたとき驚いちゃった。 かなり難しい世界って印象だったっけど」
「ええ? そうなんですかぁ? 思ったよりも簡単でしたけど……」
髪をさらりとなびかせる。
言うても私なら余裕ですけれどもアピールである。
「でさでさ、その報告を全神会議で発表して欲しいのよ! 創造神様もいらっしゃるから。 そこで拍手喝采もらって、みんな文句なしで昇進って訳!」
創造神! 出ました!
この神界のトップオブトップにして、この救世システムを作り上げた神の中の神!
つまり、ゴッドオブゴッド!
「はい! お任せください! 完璧なプレゼンします!」
「うんうん。その調子! 大丈夫だとは思うけど、もしなんかあれば僕の責任にもなっちゃうから、よろしく頼むよ」
戦神ヴァリアンは、ニタァとした笑いを浮かべて去っていった。
「んふふ、昇進! 昇進! さっすが私! 同期の神たちに、謙虚なふりして自慢しまくってこよう!」
女神アステラはスキップしながら、他の神のところへ遊びにでかける。
◇
現場を勇者たちに任せきりで、昇進話に浮かれている女神はまだ気づいていない。
管理下の勇者たちが次々に倒れ、大量の未救済世界が山積しているということを──
◇ ◆ ◇
元勇者ガリアが戻った世界『グランヴァニア』は、元救世難度SSSの世界。
救世難度SSSというのは、人間として能力がカンストしている勇者でさえも毎度苦戦するレベルの世界である。
この世界は、人間や亜人たちが暮らす「グランヴァニア大陸」と魔族や魔物たちが住む「魔界大陸」に海を隔て別れている。
邪悪な魔王の手によって破壊の限りを尽くされたそれぞれの大地は、瘴気によって農作物は枯れ果て、建物は破壊され、病は蔓延し、水は汚染されていた。
長きに渡る戦争では、あらゆる種族が血を血で洗う争いを繰り広げ、生き残った者たちはほんのわずか。
最終決戦である勇者と魔王の戦いも激闘を極め、共に戦った賢者や武闘家、魔法使いも皆、命を落とした。
この世界限りの仮初めの関係だったが、仲間は失うことには慣れることはない。
――復興しよう。
それが勇者としての責任だ。
かつて王女と語り合ったように、何もかもが失われたこの世界に、理想の楽園を作り上げよう。
そして、パーフェクトリタイアライフを謳歌するのだ!
「ロゼ王女」
「はい、勇者様」
「約束通り、この世界を復興するべく戻ってきたのですが」
「感謝いたします」
「この世界の今の不安要素はなんだろうか?」
「そうですね……正直、不安要素しかありませんが」
「うんうん、そうだと思うんだけど……強いて言うなら?」
「……強いて言うなら、魔族との関係でしょうか」
なるほど。魔族か。
確かに、魔王を討伐し力が弱まったとはいえ、生き残りは人間よりも圧倒的に多い。
人間に恨みを持っているものは多いだろう。
蜂起されれば、魔王なしでもこの王国は滅ぶかもしれない。
「彼らと和解できればいいのですが……これ以上の争いは、誰も望まないはずです」
――そうだ、彼らにそもそも戦争を起こさせてはいけない。
「直接話す方法でもあれば……」
「では、早速魔王城へ行きましょう」
「えっ?」
「<空間移動>!」
◇
魔王城、今となっては元魔王城は、荒れ果てていた。
王女と瞬間移動してきたのは魔王の玉座。
以前、勇者の放った極大魔法で天井は消え去っており、日差しが降り注いでいる。
瓦礫の撤去などをしていた魔族たちと目があう。
腰を抜かす者、柱の影に隠れる者、子供達を背中に隠して「この子たちだけお助けを……」と懇願する者――
「仕方ありません、我々もそれだけのことをしたのです」
王女は毅然と語る。
上空からバサバサという翼の音ともに、一人の悪魔がすごい速度で舞い降てくる――
「ガリアァァァァァアアアアアア!」
魔王軍幹部の一人、魔将ヘルムートだ。
魔王軍の参謀であり、魔族の内政管理を行っている智将でもある。
今や、彼のみが魔王幹部の生き残りとなっている。
「子供達に手を出すなぁああああああああああ!」
ヘルムートの殺気に空気がビリビリと震える。
「違うのだ! ヘルムートッ! 話があるんだ!」
「皆逃げろ!! 子供達を先に! ここは私が時間を稼ぐ!!」
ヘルムートがと王女に向かって数メートルはある大きな魔弾を放ってくる。
――仕方ない。
「<反発魔法>!」
光のかべを作り魔弾を、ゴムボールかのように簡単にはじき返す。
はじき返された魔弾を避けながら、ヘルムートは剣でガリアの首を狙う。
「もらったぞぉ!!!!!!!! ガリアァァァァアアアアアアア!」
――やれやれ。ヘルムートよ、お前一人では私には敵わないのに。
「<麻痺魔法>!」
ヘルムートはからだが硬直し、うまく動けなくなる。
「うぐぅ!!」
ガリアは、ヘルムートの剣を持つ手を受け止め、腕を叩き剣を弾く。
そして後ろ手にして、ヘルムートを地面に押さえつけた。
「がぁ!!」
少し力んでヘルムートの腕を折ってしまった。
仕方ない、あとで回復してやろう。
「みな、早く逃げるのだ!」
地面に押さえつけられながらも、必死にヘルムートが呼びかける。
突然、魔族の子供の一人が、王女に突進してきた。
手には鋭利なガラス片をにぎりしめている。
「はあああああ! 人間!!!!! 父さんを返せ!!!!!!!」
興奮して目が血走っている。
――戦争の悲しみは深いな……
「やめろ!! ガリア! 子供に手を出すな!!!!」
「当然だ。<浮遊魔法>!」
魔族の子供が手に持っていたガラス片はグラニスの魔法によって飛ばされ、子供のからだはふわりと浮き上がった。
「いやだ! いやだ! 死にたくない!! 人間め!!」
子供がじたばたと暴れながら泣き叫ぶ。
王女は、その泣き叫ぶ子供に近づいていき、
そして、抱きしめた――
「ごめんなさい……ごめんなさい……」
王女は、魔族の子供の頭を撫でながら、優しく語りかける。
「ごめんなさい……本当にごめんなさい……」
「何を謝っている!! 人間!! そんなこと言っても、父さんは! 父さんは!!」
「手を怪我していますね。さきほどのガラスで切ったのでしょうか。<回復魔法>!」
魔族の子供の手のひらに、あたたかい光が灯る。
手の傷は跡形もなく治った。
「これで大丈夫です」
魔族の子供も興奮が収まったのか、王女の胸の中で大人しくなった。
王女は押さえつけられているヘルムートの目を優しく見つめて語る。
「ヘルムート。今日、私たちは話し合いに来たのです。私たちは争いを望んではいません。それは私たちが戦争をしたくないというだけではなく、あなたたち魔族にも戦争をして欲しくないのです」
「魔王の首をとっておいて何を言うか!」
「私の父も、魔王に殺されました」
「我々の同胞をどれだけ殺したと思っているのだ!」
「それはあなたたちも同じです、どれだけの人間を殺したのですか」
「クッ……」
「もう私たちは千年以上もの間、争いを続けてきました。最初はどんな原因だったのかさえ、もはやわかりません。ただ争うだけが目的となって、相手を悪だと決めつけ。世界が荒廃しきった中で、あらゆる種族がもう奪い合うしかなくなってしまった」
「誰のせいだと思っている!」
「誰のせいでもありません。強いて言うなれば、この戦争を止めず死んでいったものたちのせいでしょう」
「何を!?」
「もう誰も殺さない世界にしましょう。今この世界は、死んで行った者たちの恨みのためではなく、今を生きる私たちのためにある世界です」
ヘルムートの抵抗する力が緩んだ。
「そんなことが……可能なのか……?」
「可能です。その可能性を共に考えるために、今日私たちは来たのです」
「ヘルムート、わかってくれたか」
ヘルムートの腕に回復魔法をかけて、折れたところを治してやる。
「信用は……していない……だが、話だけは聞こう」
よかった。王女と目を合わせてお互いウインクをする。
「じゃあ、まずは一杯飲もう!」
ガリアは、アイテムボックスから一升瓶と盃を取り出す。
「は?」
「腹割って話すには、これが一番だ!」
いつか飲もうと10回くらい前に救済した世界で買ったものだ。いいタイミングだろう。
◇
「勇者よ、先ほどは突然攻撃を仕掛けてすまなかった。子供達が殺されるかと思い、必死だったんだ」
「いや、いきなり押しかけた俺たちも悪かったよ」
少し酔いが回ってきたヘルムートの話から、魔族の現状を聞かせてもらった。
彼らもこれ以上人間との争いは望んでいないようだった。
「しっかし、魔王様にはほとほと困っていたんだよ……」
「お前も大変だったんだなぁ、まぁ飲め飲め」
「魔族では今、何かお困りのことはないのですか?」
「そうだな。現状において魔族にとって一番の問題は、間違いなく食糧だ」
「食糧?」
「ああ、いま食糧がないせいで、魔族間で争いが起こるのをギリギリ食い止めている状況だ。もともと多種族からの略奪ばかり行っていたから、まともな食糧生産の技術もない。それに、魔王様がいなくて、それを指揮できる者もいない。手詰まりなんだ」
王女がうんうんとうなずいている。
「ヘルムート、わかりました。それでは、食糧生産を改善するところから我々は支援いたしましょう。生き残りの中から農業などに詳しい者を派遣します」
「助かるが、魔族の中に人間を送り込むのか? 危ないぞ」
「そこはヘルムート、あなたに護衛を任せます。もう人間、魔族などと言っている場合ではありません。世界の命は等しく平等で、等しく尊い。救えるものであれば救うべきです」
そして、王女はガリアの方を向いて、
「そして、勇者様、あなたが魔王になってください!」
突然の提案に、ガリアは動揺する。
「は? はぁああああああ??? いやいやいや! ロゼ王女! 魔王って!」
「勇者様。パーフェクトリタイアライフを送るのではないのですか? 魔族の中に火種がある限りは、この世界の安定はあり得ません。これが、あなたと私が夢見た平和な世界への一番の近道です」
「そ、そうか……?」
当然、ヘルムートも反論する。
「人間が魔王だと?」
「ヘルムート、勇者様は天界からの使者です。厳密にはこの世界にいる人間とは違う存在です」
王女の語りが勢いを増す。
「魔族社会は実力社会。最も強い者が魔王たる資格を持つと聞いています。いま世界で一番強いのは誰ですか? 先代魔王を倒した勇者様でしょう。 であれば、彼が魔王になることに異論は出ないはずです。違いますか?」
「うぬぬ……」
ヘルムートが納得したくないが、納得せざるをえないという表情を浮かべる。
「それに、勇者様は、無尽蔵と言われるほど凄まじい魔力量をお持ちです。魔族たちへの魔力供給も問題ありません」
「確かに……そうか……考えてもみなかったが、適任、かも知れんな……」
魔王は魔族を指揮する全権を持つ。
その代わりに忠誠を誓う魔族たちに魔力を供給するという契約関係で成り立っている。
そのため、並の魔力を持つ魔族では魔王にはなれないらしい。
「ヘルムート、勇者様が魔王になっても、実質的な魔族の内政はあなたが執り行ってください。勇者様は魔族だけ見ていただくわけにはいきません。あくまで象徴的な魔王です」
――ん? 魔族だけ見ていただくわけにはいきません?
「承服した。不在の間は、このヘルムートが魔王の代理として動こう。魔王から委任されれば、問題はない」
「良かった。勇者様の魔王就任後は、すぐに私と勇者様の間で人間と魔族の不戦協定を結びます。その上で、農耕技術者の派遣を速やかに行って、勇者様もとい魔王の号令のもとで農地開拓を行います」
「ほほう」
「また、魔族の中から、力のあるものを私の王国側に派遣いただければと思います。人間側の土地の開拓も手伝っていただく中で、交友もはじめていきましょう。また同時に、魔物の撃退もお願いできればと」
「それも、魔王の命令のもとであれば可能だろう」
「ああ! 私、魔族と手を取り会える日が来るなんて夢のようです!」
「本当にそうだな。今日はこの世界にとって歴史的な日だ」
人間の代表者であるロゼ王女と、魔族の代表者であるヘルムートとの間で、話がどんどん進んでいく。
ガリアは置いてけぼりだ。
なんだか世界の平和には向かっていそうだし、いいとするか……。
「それで、勇者様を魔王にするにはどうすればいいのですか?」
「ああ、それなら実はそれほど大変ではないのだ。勇者よ、そこの魔王の玉座に座り、魔力を流し込め」
「どうしてだ?」
「それで、魔族たちとの契約が更新され、お前が新しい魔王になる。形式的な儀式も諸々あるが、それは追ってで構わない」
「さぁ! さぁ! 勇者様、お早く!」
「はぁ……」
勇者は、魔王の玉座に腰をかけ、肘掛に腕を置く。
そして、目を閉じ魔力を流し込んだ。
◇ ◇ ◇
この日、『グランヴァニア』に再び魔王が誕生した。
========
ガリア=ホーエンハイム
職業:元勇者、魔王
========
◇ ◆ ◇
『グランヴァニア』に魔王が誕生した頃、神界では......
「昇進、昇進、うれしいなぁ〜!」
女神アステラはそうはもうウッキウキであった。
同期の神たちに自分の昇進話を聞かせ回った。
あの悔しそうに「おめでとう」という顔、今思い出しても、ご飯何杯でも食べられちゃう!
んんん! 最高!!
全神会議はちょっと緊張するけど、もうすでに固まっている報告書を、報告するだけなのだから、昇進間違いないのだ。
「ああ、私って運命に愛されすぎているわ。 才能も運も美貌も全部あるんだから!」
◇
「それでは最後に、女神アステラより、救世難度SSS『グランヴァニア』の救済の達成について、ご報告させていただきます」
戦神ヴァリアンの呼び込みで、女神アステラはステージに立つ。
神たちから拍手が起こる。
目の前には、創造神をはじめとして、5人の古神たるお歴々がずらりと並んでいる。
優しい顔をしているが、隙を見せれば殺されそうな尋常ならざるオーラを放っている。
「それでは、私アステラより『グランヴァニア』の救済につきましてご報告を、ま、も、申し上げます」
緊張して少し噛んでしまった。落ち着け、私。
これは昇進へのビクトリーロードなんだッ!!
「『グランヴァニア』は、多種族間の抗争が千年以上にわたり続いた世界でした。無尽蔵に近い魔力を有する魔王が、配下の魔族を強化し、無差別的な略奪と殺戮、焦土化によって、世界は死と絶望に溢れかえっておりました」
なんと大変な世界なのでしょうと、首を振りながら俯いてみせる。
「人類は残りわずかとなるなかで、王宮内に籠城。絶体絶命の危機にありました。そこを、救ったのが、この私! アステラでございます!」
うってかわって、腕を大きく広げて自信満々にアピールする。
会場からは拍手が巻き起こる。
「勇者は私の加護により……」
「あのー! すみません!」
会場の後方から声が上がる。
立ち上がったのは、最近神になったばかりの若手だ。
「報告中ですよ、口を慎みなさい」
戦神ヴァリアンがたしなめる。
「いえ、はい、そうなんですが、この『グランヴァニア』というところ、システム上『救世済』になってないみたいなんですが……魔王がまだ倒されていないのでは?」
「そんなはずはありません! 魔王は確実に討伐いたしました、確認もしております!」
「えっ、でも……」
そんなはずはない。勇者から報告を受けたし、自分でもあの時システムを確認して確認をして「救世済」になっていたはずだ……
はずだ……
はず……
「そんな、まさか……」
――『グランヴァニア』の救世難易度がSSSに戻っている。
「こんな、システムの間違いでは……」
「間違い……じゃと?」
前に座る古神の一人が口を開く。
「それは、つまり、システムをお創りになった創造神様への侮辱か?」
しまった……!
「け、け、決してそのような……」
「それでは、アステラ。君は、虚偽の報告をあげたということかな? 念のため聞くが、『グランヴァニア』の魔王の名は、なんというのだ?」
「えっ、それはその……ええ……」
――そんなのいちいち覚えてないわよ! 勇者からも「魔王倒してきたので、お休みいただきます」くらいしか報告受けてないし。
「どうしてそこで口ごもるのだ? 勇者とともに救済したばかりなのだろう?」
会場がざわつく。
「えっ、ほんとに救済してないのに、報告あげたのかな?」
「ヤバすぎだろ。神としてプライドねぇのかよ」
「いい気味だよなぁ、あいついちいち上から目線でムカつくんだよなぁ」
戦神ヴァリアンがささやく。
「どうしたアステラ? 早く答えてしまいなさい」
しびれを切らした古神たちや、後ろに座る神たちから野次混じりに次々に質問が飛んで来る。
「おいおい、どうした? 魔王の名前も答えられないのか?」
「どんな形で、魔王を破ったのだ?」
「救済後の種族の人口分布はどうなってたんだ?」
質問には怒気がこもっている。会場全員からの疑惑の眼差しが刺さる。
ここに味方などいないということをはっきり感じられる。
「え、はい、あの、その……でも、確かに救済したのです!」
思いがけぬ状況に、涙が出てくる。
悔しい。
悔しい。
いけない......
古神が質問を続ける。
「そもそも勇者は派遣しているんだろうな?」
――やっとはっきり答えられるものだ!
「はい! はい! ガリア=ホーエンハイムという勇者を派遣しております!」
「ガリア=ホーエンハイム? ガリア=ホーエンハイム……ガリア=ホーエンハイム……そのような勇者、システム上に見当たらんが」
「そ、そんなはずは! あっ、いや……」
――そうか……あいつが! あいつが勝手に辞めたせいだ!! あいつのせいで、今、私は!!
「その、その勇者は辞めたのです! 勝手に!」
また別の古神が声を荒げる。
「創造神様の前で、なんと苦しい言い訳か! 恥を知りなさい!! 高難度の世界を救える勇者を手放すなどあり得ないでしょう」
「しかし……」
アステラが言葉を重ねるたびに、状況は悪化する。
「え〜、勇者まで架空ででっちあげるとかやばすぎ……」
「アステラも終わったなぁ……」
ヴァリアンがささやく。
「おい、アステラ、本当に救済してないのか? あの報告はなんだったのだ……」
「そんなはずありません! 私は……私は……」
古神の一人が語気を荒げる。
「アステラよ!!!! 今、ここで! 全員に土下座をなさい! 『私は、救世もしていない世界を救世したと報告しました。二度と同じ過ちは繰り返しません』とな! それができないのであれば、お前を天界から追放する!!」
ヴァリアンがアステラの頭をぐいぐいと押す。
「おい! はやく謝ってしまいなさい!! ほら土下座をするだけだ! 話は後で聞かせてもらうが、今はこの場をおさめろ」
「……わ、悪いのは、私じゃない!」
膝をつかされながらもアステラは抵抗する。
「はやく頭をつけろ、バカ! 追放されたいのか?」
「違う、勇者が、勇者が悪い!」
「俺の責任にもなるんだ、早く! 頭を! つけろ!」
ヴァリアンが叫ぶ。
土下座を見守っている古神の肩にしわがれた手が置かれる。
「それくらいにしておきなさい、戦神ヴァリアン、そして古き神アステリオスよ」
――創造神様!!!!!
創造神様が、古神をなだめる。
「若い時には、そういうこともあろう。成果を焦る気持ちもわかる」
――違う! 違う! 私は嘘をついてなんかいない!
「戦神ヴァリアンよ」
「はい! 創造神様!」
「君が監督なのだろう。しっっっっっっかり、指導するように」
口調は柔らかいが、全く眼が笑っていない。
超怖い。
「女神アステラといったかな? 二度目はないぞ……ふぉっふぉっ」
そういって創造神は、ひげをさすりながら会場から姿を消した。
「オホン、寛大な処遇に感謝しなさい、アステラ」
古神がアステラを睨みつけながら立ち上がる。
「しょ、昇進は……?」
「何を言っている。当然あるわけなかろう? みなの時間を無駄にしたようだな。本日の全神集会はこれにて解散である!」
神たちがざわざわと散っていく。
「アステラ、昇進の話、残念だったわね〜!」
「ふっ、神権剥奪にならなくてよかったなぁ! まぁ、これからも一緒に頑張ろうぜ」
自慢して回っていた同期の神たちが、ニヤニヤしながらアステラに声をかける。
女神アステラはその場をピクリとも動けなかった。
頭が真っ白になっていた。
「なんで、なんでなの…………」
そして、悲しみの中から、ふつふつと怒りが湧いて来る。
「ガリア=ホーエンハイム......お前の......お前のせいだ! どんな手を使ってでも、復帰させてやる」
◇
女神はまだ知らない。
勇者ガリアの追放から彼女の人生の歯車は完全に狂い始めているということを。
そして、この絶望など、まだほんの序の口であるということを。
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