1傭兵クビになる
突然だが、人間というのは予想外の事態が起こると頭が真っ白になるらしい。
「目の前が真っ暗になった」とか「意識が暗く塗りつぶされた」やらショックを受けた後の描写は色々ある。
そんな感じのショックを受け、頭の中でぐるぐるとああでもない、こうでもないと必死に考えを巡らせて、若干ふらついている猫耳を持つ男がいる。
綺麗な緑がかった眼を持ち、ある世界ではロシアンブルーと呼ばれている猫が元となっている。
薄く青みがかった灰色の毛が驚きの余り逆だっている。そんなネコ族の青年の名はシャンタ・カンヴァ。しがない若い傭兵である。
シャンタは人間という大きなカテゴリーの中の獣人種、その中のネコ族である。
頭の上に尖った耳があり、鼻は犬族に劣るもののかなり効く。尻尾はフサフサしているがこれと言って特徴はない。たまに感情の赴くままに全力で振られるだけである。
種族的には粗暴で危険であると言われるが、シャンタはどちらかと言うと優しい……いやちょっぴり情けないタイプの人間だ。
仕事は小さな傭兵団【緋色の剣団】団員の上のほう。モンスターと言われる化け物を国の要請やらで倒したり、商人の移動の際に護衛したり、国家間での戦争に駆出させたりとまさに『雇われ兵』の名前のとおり誰かに雇われて仕事を行っている。
その仕事でもやはり性格が出るもので、強い魔物が激突に出現し手に負えない事が分かった瞬間、伝令を魔術で送りその場から逃走した事があった。
結果的に増援と共に駆けつけ魔物を討伐できたが……。
更に、行商の護衛中に野党に襲われた際も守りに徹して、野党を追い払うことに重点を置き指揮した事があった。
それも結果的にはただの野党ではなく商人への暗殺集団であったために激闘になり、攻撃に徹すれば負けていたかもしれなかった。
もっと挙げれば、最近の北方諸国戦争に参加した際には敵部隊の裏ならば安全だろうと、遠回りに川を迂回し、見つからないように動いたこともある。
しかし、それすらも結果的に敵軍への後部からの奇襲となり敵将を打ち取る戦果を上げた。
このように、なんだかんだでその全てが昇進に繋がり今では一部隊を任せられる立場になっている。
しかし、情けないとか頼りがいが無いと言うのは関係なく現在進行形でシャンタは頭が真っ白になってしまっている。
解雇通知を仕事終わりに出されたからである。
大方の団員が外の仕事を終えて書類をいやいや整理している夕方時、傭兵団の団長の部屋、団員曰く【夢の部屋】にシャンタはいた。
昇進かな?それとも昇給かな?とワクワク気分でスキップしながら仕事場の階段を上がり重厚な扉を開け、中にはいると、解雇通知である。
思い当たる事はなくあまりの自体に戸惑う。半端に開いた口からは「……へ?」と情けない声を出し、目の先にふんぞり返えって座っている壮年の男―立派な口髭を傭えた強面な―を目を見開きながら見つめ、真っ直ぐに立って……いや若干ふらついていて斜めになって立っていた。
「か、解雇通知……ですか!?待ってくださいよ!!俺は悪いコトなんて何もしてませんって!」
机の前に乗り出して焦ったように言葉を紡ぐシャンタ、解雇を伝えられておよそ二十秒間呆然とした後であった。
その大きな身振り手振りをつけながら釈明する姿は明らかに何かをやらかしていることを物語っていた。
ちょっと思い当たる節があったのだ。
「わかっているとも、シャンタ君。落ち着いて聞き給え。誠に残念なことに君を解雇しなければ自体は収集しないのだよ。それで、この人物に……見覚えがあるかな?」
壮年の男がゆっくりと書類入れから一枚の紙を取り出し、大きなゴツゴツとした手をこちらに向け紙を見せてくる。
それは事写しの紙と呼ばれる魔術によって現実の風景を描く紙であった。
シャンタは少しずつ冷や汗をかいていく。
事写しの紙に写るような貴族の、それも滅多に平民が見ないような女性の人物といえば限られた更に高貴な身分の方のプロパガンダ写真しか思いつかなかった。
そして、シャンタの予想はこういうときに限ってやはり当たり、写っているのは荘厳できらびやかな神殿らしき建物の前で、ニッコリと女神が如く微笑む少女だった。
その少女を見ると同時にジャンタの顔が青ざめていく。
少女の笑顔が思いっきり見たことのある顔だった。しかも……、
「……君が家出を匿った少女は第三王女だったのだ。昨日の昼頃にお隠れで王都内を散策しておられた時に失踪したらしい。そして今朝、彼女が君の家で見つかった。本人曰く家出らしいが……単刀直入に言う、宮廷と王国騎士団は君が拉致でもしたのではないかと疑っている」
シャンタは半分白目を向いていた。
写真を見たあとの青ざめた顔は青から白になりつつあり、ネコ族の象徴たる耳は精一杯ふせられていた。
平民の意見など聞きもせずに実刑を課されることは既に確定しているだろうし、牢屋に打ち込まれるのだろうと思い、その大きなショックを受けすぎているのだった。
「そこまでショックを受けなくても良い、恐らく君の思うような牢屋に入れられ一生鉱山労働といった自体にはなるまい。それも、王女殿下は君が手を出していないとみずから主張し、国王陛下に君の罪が事実無根であると訴えたのだからな。これが今日の昼のことだ。」
「そ、それじゃ……!仕事は辞めなくても……」
「すまんなシャンタ君。されど、君が匿ったこと自体が罪であると宮廷がお決めになったのだ」
その言葉を聞いてシャンタは半分白目から完全に白目になり、口からは泡を吹き始めた。
若干ふらつき傾いているせいでまるでグールのような見た目になっていた。
そして、真っ白になっている頭の中では昨日の出来事がフラッシュバックしていたのだった。
昨日
雲が空を暗く覆い、蒸し暑い夏の夕方。
シャンタは三日程掛かって街の付近に湧いてくる変な虫やら豚見たいな形容し難い化け物を狩る仕事を終え、クタクタになりながら少し古い複合住宅に帰宅している途中だった。
雨がパラパラと振り初め、腰にかけている布袋に当たっては分かりやすく滲んでいく。
その様子に気づき中に入っている今日の夕食の材料を思い出した。濡れきる前に帰らなければと布袋を外套の内に入れ急ぎ足に帰り道を進む。
しかし、その急ぎ足で家につく頃には既に大雨の様相になっており、体全体、もれなく布袋はびっしゃびしゃに濡れていた。
「はぁ、中の肉とか乾燥スパイスが大丈夫だといいんだけどなぁ」
濡れてちょっぴり中の様子が分かる布袋を見ながらため息を吐いて、今日のシチューは少し水っぽくなりそうだ、とがっくり肩をおとした。
王都の広い街の中はでは移動するだけでも時間がかかるため仕方ないといえば仕方ない。
「ん……あれ?ココ俺んちだよな」
布袋から目線を離し自分の家の扉の方向を見ると、扉の隣に少女が蹲っている事に気づく。
暗がりの中、少女は見たことのないような服をずぶ濡れにし、裾を泥で汚していた。
シャンタは隣の子供なのだろうと勝手に決めつけ、親と喧嘩でもしたんだろうなと想像して無視する事にした、面倒ごとは嫌だったのである。
しかし、シャンタが鍵を取り出し扉を開けようとした時、
「申し訳ありません……今晩お泊めさせて下さりませんか……?」
と、少女の美しい整った顔の中を涙に歪ませ、潤んだ宝石のような瞳で見つめながら、シャンタの腕を掴んで尋ねたのだった。
シャンタは後悔していた。
結局家に上げてしまっていたのだ。
絶対に厄介ごとの種であるのに気づいていたのに、だ。
頭を抱えてテーブルに座る彼の正面には件の少女が座っている。
所作は明らかに平民のそれではなく、魔術ランプで外の曇天より明るい部屋内で見た濡れて汚れた服はドレスであった。
今は濡れたドレスを玄関先に置き、少女は下着では寒かろうと思ったシャンタの持っている服のスペアを着ている。
シャンタのやっちまった感溢れる様子と対比的に、先程まで泣いていたはずの少女はきれいな笑顔で部屋をくるくると見ていたが、途中でシャンタの事に気づくと話しかけてきた。
「……あのね、私……初めてお屋敷からお外に出たの!」
シャンタは顔を上げ少女の話に耳を傾け始めた。なお、頭に付いている獣耳はピンっとしているため傾いてはいないので警戒体制である。
「それでね、もっと居たいなーって思って兵士さんに見つからないように歩いて来たの!でも、歩いてる途中で雨が降ってきて……雨宿りしてたら暗くなって怖かったの」
そんな少女の言い訳を正面から聞きながら、シャンタはどうやって接すればいいか悩んでいた。
というのも、彼はこの人生で一度も女性とお付き合いをした事がなかったのだ。そのことについて自分はまだ数え年で二十数しか生きていないのだから大丈夫だ、と思い今日まで気にしないつもりでいたのだが、ここになってその女性と接する機会のなさが仇となった。
女性と話す機会など小さな傭兵団では限りなく少なかったのである。更に情けない男であるため、シャンタ自身から話しかけることなども出来ずじまいだ。
「大丈夫ですか……お兄さん?聞いてますか?」
そんな考えを打ち崩すように小首を掲げて尋ねてくる少女を見て、シャンタに電撃が走った。
そうだ、相手は子供であるのだ!と。子供を相手にしたことは祖母ちゃんと暮らしていた故郷ではよくあったため、この少女なら大丈夫だ!と謎の自信が湧いてくる。
ここまで来たら貴族の子供相手でも敬語で接すれば不敬に当たらないと思い始めていた。
「ちゃんと聞いてますよ、お嬢さん」
「それは良かったわ!でしたらお話の続きを聞いて頂きたいの!」
「それは今度の機会にしましょう。雨が止みかけていますし、暗いですが帰れそうですね」
「えぇ!!そ、そんな……」
少女が驚きの声を上げ、背にある窓を覗き残念がっている。
「帰ったらどうです?お一人で帰るのが難しいようでしたら着いていきま――「まだ帰りたくないの!!」
突然の強い言葉にビクッと体を反応させて少女に注目する。
「その、みんな怒ってると思う……から……」
「っ!?」
あまり慣れていない敬語を使いながらボーッとしながら返事をしたシャンタであったが、返ってきた返事が思っていたよりも泣きそうになっていたため驚いていしまった。
そしてその驚き以上に、庇護欲をかき立てられてしまっていた。
結局、その一言は今日一日匿うことをシャンタに決心させてしまうこととなった。
そこからは少女の名前を聞くことさえ忘れ、買ってきた食材でシチューを二人分作り上げてしまっていた。
またやっちまった感が漂うシャンタであったが、既に日が沈み暗い夜道を少女一人で歩かせたらどうなるかわかったものではないため、家に帰すタイミングを失ってしまった。
「わぁ!とっても美味しそう!頂いて宜しいのですか?」
「……どうぞ召し上がれ、お貴族様の作法は俺には分からないんで無礼はすみません」
少女は貴族ゆえの毒味で冷えた料理しか食べたことがなかったのか、一人分の材料で作った具の少ないシチューでもとても美味しそうに食べていた。
シャンタはどこの貴族の子供か必死に記憶の中を探っていたが、面倒になって少し少ないシチューを少女と話しながら食べた。
一月前に傭兵団の団員と飲みに行った以来の他人との食事を楽しみ、少女の話す貴族の生活を羨んだり、傭兵稼業を面白おかしく聞かせ少女が目を輝かせたり、なんだかゆったりと微笑ましい時間を過ごしていた。
「それでね、魔術の先生がまた恐ろしいの!ちょっとでも間違っちゃうと、真っ赤な怖い顔になって、ギャーって怒るのよ!しかも毎回杖を折るの!」
「ぷふっ!それは傑作ですね、はははっ……ってもうこんな時間か、寝ますよお嬢さん」
「えー、もっとお兄さんとお話したいのにー」
「また今度お話しましょう。ほら、このベット使っていいですから」
ベットへちょこちょこと歩いて座った少女は、困惑したような顔でその言葉を聞いて目の前のシャンタに尋ねた。
「ベットで私が寝たらお兄さんはどうするの?」
「俺は床で寝るんで大丈夫ですよ、なにも心配する事はありません。お嬢さんとのお話で仕事の疲れなんか吹っ切れましたから」
「それは嬉しいわ!ありがとうね、お兄さん」
ふとシャンタは考えた、これって見つかったらヤバイのでは、と。
少女と青年が一緒の部屋で寝ること自体が案件であるのに、貴族のご令嬢っぽい少女が平民身分の男の家に居る状況はさらに捕まる気がする、いや絶対に捕まる。
冷や汗を今になってかき始め、焦りながら少女の手を握った。
少女がそのことに反応する前に、
「明日は必ずお家に戻ってくださいね!必ずですよ!俺は朝早くから仕事があるんで送れません、ですので自分の足で憲兵の詰め所に行ってくださいね」
「はいっ!分かりましたわお兄さん!」
「それと俺の事は秘密にしてください、いいですか?二人だけの秘密です」
これで一安心、と思いながら冬用の掛け布団を押し入れから取り出し、床に敷いて丸まって寝ることにした。
夏ではあるが冬用の掛け布団を床に敷いたのは、床そのままで寝るには硬かったためであるが、寝袋のようで思っていた以上に快適だった。
横目で少女のいるベットへと視線を移すと、既に薄い布団を被り横になっているようだった。
「お兄さん、おやすみなさいね」
「おやすみ」
眠りの挨拶と共に魔術ランプの回路から動力源である魔力の籠もった石を取り外し、完全に真っ暗となった。
しばらくして寝息が聞こえてきた。その小さな音を聞きながらシャンタは眠りの中に落ちていった。
ここまでが昨日の記憶だ。
手は出してないし、なんだか平和に終わった気がしたがこれが現状を作った原因である。
意識の外で「俺の家を出て憲兵の所に行けっていったのに!?行かなかったの!?」という逆ギレをかましているシャンタの中の悪魔がいたが、そんな下種な思考はおいておくとする。
シャンタが真っ白になって泡を吹きながら、フラッシュバックした昨日の出来事を見終わった頃。
回想が終わった事に気づいたのだろう、団長が放つ気配が強くなり部屋の空気が少し重くなったことを感じたシャンタは急いで姿勢を正した。
ふんぞり返っていた傭兵団の団長が姿勢を直し申し訳なさそうに口を開く。
「そして、実刑についてだが……」
つばを飲み込む音がどちらからか聞こえた。
「この街、この国自体からの追放だ」
「へ?……マジですか?」
「そうだ、大マジだ。すまんな、君は実績十分だし懸命に働いてくれていたのにこんな形で追い出すことになるとは」
「ま、待ってくださいよ!!ただ家に泊めただけですよ!!何もしてないんですって!!」
「そうはいっても国からの命令だ、仕方あるまい。憲兵にでも君自身が訴えたところで変わりはしないだろう。こちらでも取り合ったが、匿った事は事実であるのだからと言われ罪は消せずじまいだった」
「そ、そんなぁ……」
憲兵は恐らく家を捜査したのだろう、証拠など探せばいくらでもあるに違いなかった。
少女を探す彼らと出勤する自分がすれ違いになっていたのは幸か不幸かどちらなのだろう。
シャンタは項垂れながら掠れるように「わかりました」と言った。
「明日まで憲兵が君を連行するまで時間がある、ここで泊まってその後の行き先を決めてくれ。君の家はおそらく憲兵に占拠されてるはずだ……そして、逃げようにも奴らのことだ宮廷魔術師が君のことを直ぐに見つけてしまうのだから諦めるしかない」
やはり家には帰れないらしい。
せっかく購入した家に払ったお金と歳月を考えると途方もない虚無感に襲われるようで、衣食住と書かれた建物が崩れ去っていく錯覚を覚えた。
団長の申し訳なさそうな声色からはやるせない思いが伝わってくるが、諦めて次の手を出したほうがいいと訴えてくるようでもあった。
「そうだな、お前の使っている貸し鎧などは持っていけ。今回は不慮の事故だったのだから憲兵も私の力でなんとかしよう。地図と簡単な魔道具、魔霊石もいくつか……」
シャンタはその言葉を聞くなり「あぁ、ほんとに追い出されるんだな」と諦めに似た感情が湧いてきた。
団長の言うとうりにする他無いと分かってはいるのに、納得できずため息を吐いて部屋を後にする。
その日、団員達にとって昇進や昇給の為に訪れる【夢の部屋】は、シャンタにとっては夢は夢でも悪夢の部屋であった。
用語説明
・傭兵団
民間軍事機関。
雇われ戦力。
国、貴族、商人、個人と様々に人から依頼を受けてその腕っぷしを振るう。
街の外で魔獣・魔物が現れる危険な世の中なので引っ張りだこ。
・魔霊石
石ころとか宝石に魔術印を刻んで魔力を充填したもの。
属性を指定すればその魔力を出す事ができるため魔道具の原動力。