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婚約破棄からはじまる自分探し  作者: 一集
第一部 婚約破棄からはじまる自分探し
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6.解決法



婚約破棄とアリシアの名誉。

両方叶える方法を必死に考えた。


一つだけ、アリシアは奇跡的にそれを見つけたのだ。


彼らは他の方法を提示できなかった。

ならばこれが最善だろう。


「覚悟があるなら、私と体を交換しましょう」


二人は聞き間違いかと思った。


「魂の交換と言ってもいいけど」


けれどアリシアは言葉を重ねることでそれを許さない。


次に、リリィとユージンは必死でアリシアの表情の中から冗談を言っている事実を探し出そうとした。

だがにこにこと真意の読めない笑顔を浮かべるアリシアに冗談が入り込む余地はない。

やがてそれを本気だと悟ると、二人は慌て出した。


肉体と魂に関する魔術は押し並べて禁術扱いだ。

調べようとするだけで罪になり、扱うものは極刑と定められている。


「大丈夫よ、最初から『沈黙の壁(防音魔具)』を使ってるから」


そこまでするなら、彼女は本当に禁術を扱えるのだろう。


誰にも聞こえない空間であると知って、ほっと座り心地のいいソファに身を沈めた二人は長い沈黙の果てに疲労を滲ませた顔でアリシアを見た。


「本気か?」

「ええ、もちろん」

「なぜそこまで……。俺はいい、リリィのことも置いておこう。だが君は、それでいいのか」


アリシアは首を傾げる。


「いい考えでしょう? お互いの条件が見事に叶えられる唯一の方法よ?」


互いに好き合ったリリィとユージンは幸せに結ばれ、そこにはなんら障害がない。

なぜならアリシアとユージンは初めから婚約者同士なのだから。


一方、アリシアだって一番大事な自分の名誉は守られる。

だって、スキャンダルなんてそこにはない。

仲睦まじい男女が晴れて夫婦になるだけだ。


『アリシア』は幸福な人生を歩む。

アリシアが『アリシア』である必要はそこにはない。

それだけのことだ。


一方のアリシアだって死ぬわけではない。

新しい人生を得る。

そう悪くないように思うのに、ユージンは一体何が不満なのだろう。


互いに理解が十分ではないと気付いていたが、この年まで分かり合えなかった相手のことだ、すぐに諦めた。


一つだけ、念を押すようにユージンは問いかける。


「禁術だぞ?」

「それが?」


それはアリシアにとって守りたいものと比べてみれば、吹いて飛ぶような障害だ。

きっぱりと言い捨てたアリシアにユージンは天井を仰ぐ。


「俺は君を長い間誤解していたらしい。そんな振り切った考え方をするなんて知らなかった」


ソファに身を預け、ユージンは力なく「はは」と笑った。

ユージンの知っているアリシアと言えば、美しい見目に反して表情の一つも動かさず、手本のような所作で、全てを完璧にこなす人形のような女。


――だが人間だった。

笑いもするし、譲れない想いもあって、誰にも似ていない思想がある。

人間らしい人間だ。


知っていればもう少し歩み寄る機会もあっただろう、と埒もないことを思う。

今の彼女にあの胃の痛むようなプレッシャーは感じない。

本当に今さらで、意味のない事。


大事なのは今だった。


自分と、愛する少女と、婚約者を辞める今になって仮面の影からちらりと本性を覗かせた彼女と紡ぐ未来。

だから真面目な顔を作ってアリシアに問う。


「バレないと思うか」

「あなたのフォローがあればね」


家族くらいには言ってもいいだろうとアリシアは考えていた。

リリィの家族には特に。

いずれアリシアはリリィとして家に厄介にならなければいけない。


自分の家族には事後承諾が吉だろう。

彼らは立派な高位貴族。

娘が禁術を扱ったことを他家に知られるわけにはいかないという秘密が良い働きをしてくれるはずだ。


「問題は私の顔をしたリリィを、あなたが愛せるかどうかよ」

「俺はリリィの魂を愛しているのだと言った筈だ」


本音だった。

ユージンの即答に、アリシアが微笑む。


その微笑みは相変わらず、目に焼き付けたいほどに美しい。


ユージンは感嘆の感情が女性二人に伝わらないようにきつく心に蓋をした。

本音だからと言って、全てではない。

決して、口に出来ないことがある。

言ってはいけない類のもので、言わない方が美談になる事実。


リリィもアリシアもベクトルの違う美人だが、比べるならばユージンはアリシアの姿の方が断然好みだった。

そもそもアリシアはユージンの理想だ。

一目で心奪われた。


あくまで、外見だけでいうならの話である。

アリシアとの交流は心折れるばかりで、外見に目が眩んだ初恋は早々に散った。


中身込みになれば、勿論中身をとる。

事実ユージンはそうした。


リリィが平凡な姿形をしていたとしても、結局自分はリリィを好きなったのではないだろうかと思うくらいにはその心を愛している。


だが、降って湧いたアリシアの姿を持ったリリィという現実。

想像して思ったことと言えば、「悪くはない」の一言だ。

女性陣に知られでもすれば、総スカンを食らうだろう心情は、だから言わない。

言えない。

墓場まで持っていかなければならない秘密だろう、これは。


女性というものはいいところも悪いところも含めて、自分が一番だと言って欲しいものだとかつて家付きの兵が言っていた。

彼女が称賛していたからと言って、それに乗ってうっかり他の女性を褒めた日には地獄を見る、とは彼の大切な教えだ。


だからユージンは敢えて愛だけを語った。


自分も男としてそれなりに汚さを持っていたのだな、とユージンは清濁併せのむ気分を生まれて初めて味わう事になった。


「天晴」


ユージンの即答にアリシアはその心情を知らず、称賛の気持ちだけで拍手を送った。

そんなノリの婚約者を初めて目にしたせいかユージンが複雑そうにアリシアを見たが、今は些細な問題。


そう、問題はリリィ。


「ユージンは了承したわ。あとはリリィ、あなたの答え次第よ」


突然示された解決法はリリィの予想をはるかに超えて、いまだ理解の及ばない空間にある。


「別にいいのよ? 嫌ならば何も変わらないだけ。私はユージンの婚約者のまま。もちろん婚約者である以上は彼を縛る権利はある。私の名を傷つけるような女との逢瀬を、今後許すつもりはないわ」


逃げ道を塞がれたリリィは唇を噛みしめる。

覚悟を問われても、こんなのは想定していない。

ユージンとの関係だけを見れば、全ての障害は取り除かれ、リリィにはいいことばかりだ。

だからといって、そんな簡単に今までの人生は捨てられない。


けど、とリリィはアリシアの顔を見た。


アリシアは、本当にどちらでも後悔しない方を選べとリリィに言う。


そう、リリィが全てを捨てなければならないのなら、目の前の彼女だって同じはずだ。


考えてみれば、この話にアリシアの利は少ない。

リリィはアリシアとして貴族になり、アリシアはリリィとして平民に落ちる。

貴族が平民として生きることがどれほどのことか。

学園で貴族の生活に触れたリリィにはよくわかる。


アリシアは本当に美しい。

紫の瞳も、銀糸の髪も、高い鼻も、意志の強そうな唇も。

女性として羨ましくなる体形も持っていて、いつもピンと伸ばされた背筋が実際より背を高く見せていた。

その所作は優雅の一言に尽きて、リリィはいつもあんな風になりたいと見惚れたものだ。


他の令嬢のように彼女に陰口を叩かれたことはないし、誰もが笑うだけで教えてくれない貴族の不文律だって教えてくれた。

あれはなんの意図もない、きっとアリシア本来の優しさだった。


困っていれば手を差し伸べてくれる人がいる。

ユージンとアリシアがそうだった。

それがどんなに嬉しいことだったのか、それにどれだけ救われたのか、彼女は知らないだろう。


やがてユージンに恋をして、何度も諦めようと思ったけれど、ユージンがこの手を握ってくれた。

裏切りは成ってしまった。

黙っていることは出来なかったのだ。

アリシアに対して、これ以上の不誠実など。

心の整理も、この恋の着地点も、結論も、感情も、未来も、人生も、全部全部彼女と言葉を交わしてから決めようと思っていた。


だというのに、あんまりな展開だ。


誰に恥じることなく凛と立ち、誰に阿ることなく真っすぐに歩く。

それがリリィの知っているアリシア。


それらが簡単には手に入らないものだと知っている。

弛まぬ努力で手に入れただろう全てを、何の要求もなく、いまリリィに譲ろうと、預けようと、明け渡そうとしている。


それがリリィには不思議でならない。


「なぜ、アリシアさまはこんなにもわたしに親切にしてくださるのですか」

「親切? ……した覚えはないわね。自分の望みに正直になった覚えはあるけど」


ここまでしてくれる人を無下にはできない。

この無償の手に応えないわけにはいかない。


リリィは覚悟を決め直した。


必要な覚悟は、この人の努力を継ぐ覚悟。

彼女はたった一人、リリィが憧れた女性だった。


「やります。アリシアさまの残りの人生を、わたしが立派に歩んでみせます」

「……あなたなら、私以上に、私を輝かせてくれると信じているわ」


満面の笑みを浮かべて、アリシアはそう言った。

リリィにとっては人生で一番うれしい、最上級の褒め言葉。


がっちりと手を握った二人はその日、手持無沙汰な婚約者を置き去りにして親友になった。



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