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婚約破棄からはじまる自分探し  作者: 一集
第四部 騎士からはじまる自分探し
27/35

2.青い髪のルシャナ



反乱軍の情報には誰もが耳をすませた。


その中に、鬼神のごとき働きをした女騎士の噂を聞く。

十中八九サラの仕業だ。


出立前に少々話す機会があった副隊長曰く、「戦場でしか役に立たない」らしいので、その通り戦場で役に立って見せたのだろう。


ギフトというものは、一見してわかるものが少ないのだが、サラは例外だ。

アルトにも一目でわかった。

かつて共に討伐の任についた折、目の前で盗賊の首が空に飛んでいったのである。

軽々と。

擬音語は「ぽーん」だった。


『強化』以外にあり得ない。

「腕」にかかる『剛腕』や「足」にかかる『俊足』などの部分限定(亜種)ではなく、『全身』に作用する、限界レベル(本物)の『強化』だ。

なるほど、サラが強いわけである。


しかしながらそうなるとアルトには疑問も浮かぶ。

かつて読んだギフト研究本には性別に左右されるギフトがあることが記されていた。

その一つが『強化』だ。


サラほどの強力なギフトはめったにないが、実は『強化』自体は珍しい種類ではない。


一般的に戦いを生業とする者に発現が良く見られるが、それがギフトありきで戦士になったのか、戦士を志したからギフトが『強化』になったのかは、いまだ研究としては手つかずのまま。


だが、少なくともいまだかつて女性に宿ったという報告はなかった。


あるいはサラのギフトが『強化』に似た別モノという可能性もあったが、そんな蘊蓄を口にしたアルトに彼女は特に隠す様子もなく答えた。


「なら私がその一人目だな」


紛れもなく自分のギフトは『強化』だ、と。


アルトはサラを見ているとヒヤヒヤし通しだ。

ちなみに自分がかつてアリシアだった折、同じこと(ギフトの暴露)をリリィにしていたという事実はきれいに忘れ去っているようだ。


「それか、私が本当は男の可能性も捨てきれないな」


むむっと唸ったサラのスタイルは、引き締まってはいるが見事な曲線で作られていて、誰がどう見ても女でしかない。

彼女なりのジョークだったのかもしれない。


そんなサラの活躍もあって、勝利の旗は王妃派がつかみ取ったらしい。

一年続いた王妃王弟による権力争いの、案外呆気ない決着だった。


そんなわけで、忙しくなったのは王宮の方だ。

趨勢が決した次のシナリオは、――現王の排除。


アリシアからは朗らかな手紙が来た。

「わたくしのギフトはこの為にあったのかもしれません!」


魔法で、ぎったんばったんと幼い王を亡き者にしようとする暗殺者を撃退しているようだ。

矢面に立っている夫、ユージンがいまだに五体満足なのも多分アリシアのおかげだろう。

アリシアさん、マジ強い。


そんな宰相夫妻が王の側近として立った当初の話になるが、実は一番困ったのは、王の家庭教師兼教育係の手配だったという。


若いせいで人脈もなく、危ない橋を渡っているせいでちょっとやそっとでは誰も了承してくれない。

著名な知識人には全て断られ、頭を悩ませた末に、二人は「(実績)より(中身)」と吹っ切ったらしく、現在その職にはリリィが就いている。


発表当時、アルトはなるほどと唸った。

科目別家庭教師が十人必要だとしても、リリィなら単独で全てやってのける実力がある。


一人でその人事に納得していたアルトにロウは端的に聞いたものだ。

「だれ?」

「友達」

アルトも短く答え、部屋の隅を指差した。

今でこそ無用の長物と化しているが、かつて騎士団に入団した直後には狼どもの撃退に華々しい活躍を見せてくれた道具たちである。


「アレの製作者だよ」

「……ほ~ん」


ロウはそれ以後何も聞いて来ない。

なぜか彼にとってリリィは「触らぬ神に祟りなし」扱いらしい。


一つだけこの人事に懸念があるとすれば、だいぶ尖っている彼女の知識を注ぎ込まれる国王の思想と人格形成の方だった。

アルトとしては彼が健やかに育ってくれることを心底願っている。


個人的話は別にして、もちろん世間の評判は最悪。

なにせリリィの経歴は真っさら。

学会に出した論文もなく、研究室に所属しているわけでもない。

無名の、しかも平民で、かつては学園を退学している落ちこぼれ。


平民を王宮に招き入れ、あまつさえ王に仕えさせるとは何事か! と憤慨していた者は多い。

ならお前が教えるか手配しろよ、と思わなくもないが、こんな耳障りな話がアルトの耳にも入るのだから本人たちは相当虚仮にされていただろう。


宰相夫婦の手腕も当然疑問視された。

人脈のなさが露呈したのも痛い。


だが、ここいらが彼らの最底辺だった。

あとは浮上していくのみ。


遠くから応援することしか出来ない身が歯がゆくもあったが、――それは彼らの戦いで、そこが彼らの選んだ戦場だった。






サラご自慢の副隊長ルシャナと初めて言葉を交わしたのは、少々時間を遡り、いつかの魔物掃討作戦の折のこと。


いつもならアルトは女性騎士団がいる時は決まってサラの傍に付くのだが、その日の作戦ではサラの動きはとても重要で、遅れを許されないその全行程にアルトは付いて来られないだろうという、とても冷静なサラと髭隊長の判断故に待機組のルシャナと共にいた。


ルシャナは遠目から見て女性ということを鑑みてもかなり小柄だと思ってはいたが、実際に見てみるとなおさら。

彼女はサラとは正反対に大変表情が豊かということも相まって、小さいどころか幼くすら見えた。


実際の年齢よりかなり年下に見られるアルトと並んでも妹のようだ。

実はアルトと同じ年らしいと知って、勝手に親近感を抱く。


彼女はこの世界で所謂祝福色と呼ばれる色彩を持っていた。

空色の髪は軽やかで、天色の瞳には星が舞っている。

深海の瞳を持つアルトや、陽が沈む寸前の夜が混じる黄昏のような瞳のサラとは大違い。


そんなルシャナは初めからとてもつっけんどんとしていた。

なにか話しかけても、「だから?」「別に」「自分で考えれば?」と、まあ、取り付く島もないとはこのことだと例にしたいくらいの態度。


本当に女性騎士団の頭脳役なのだろうか。

こんなに体中で感情を表現していては騙せるものも騙せないし、引き出せるものも引き出せない。


とはいえ、ロウ曰く「キャンキャンうるさい子犬系」らしいが、アルトにはとっては十分に「大型犬の威嚇」だった。

残念ながら虫も殺せぬ少女のような見た目で、彼女はサラに次ぐ実力の持ち主なのだ。


神殿に軟禁され(攫われ)そうな厄介な色持ちでありながら、立派に騎士をやっているところからしてその強さに察しはつく。

アルトは一撃で地面に沈む自信があった。


まともに言葉を交わしてくれないルシャナにアルトが諦めを感じ始めた頃。

機嫌を取ることをやめたのがバレたのか、突然痺れを切らしたように食ってかかられた。


「サラ隊長のお気に入りだかなんだか知らないけど、わたしの方が付き合いが長いし! 調子に乗らないでよね!」


――アルトはその一言で、なんとなく彼女とは仲良くなれる気がした。


「大体あんた、男のくせになんでそんな女みたいな顔してんの! ……ってなんで笑うのよ!? 余裕見せてるつもり!? いいわ、喧嘩なら買うわよ! ほら、はやく来なさいよ!」

「いやいや、あなたと戦ったら僕死にますから」


はははと顔の前で手を横に振ると、ルシャナは真っ赤になった。


「馬鹿にしてんの!? 男だからって、優位に立ってるつもりなんでしょう。その余裕すぐに引っぺがしてやるわ!」


男とか女とか関係なくただの真実だったのだが、ルシャナには挑発と映ったらしい。

迷惑な。

リリィの『炯眼』(真贋能力)を見習ってほしい。


ちなみに頭に血が上ってまったくこちらの言うことを聞いてくれなかったルシャナに、案の定アルトはフェイントのはずの初撃を綺麗に貰った。

その時のルシャナの「理解できない」と「呆気にとられる」を同時に浮かべた表情はアルト記憶史に残る名リアクションだった。


「……………………大丈夫?」


長い葛藤の末、彼女は手を差し伸べた。

実力があるだけに、アルトがわざと攻撃を受けたのではない事を理解してくれたらしい。


「なんか、ごめんね?」


弱すぎる男に同情心が芽生えたようだ。

謝られた。

アルトは笑うしかなかった。


「もしかしてサラ隊長にも?」

「男らしくない、とは言われましたね」


ぱっと明るくなったルシャナの表情に、どうやらライバルの座から無事降りられたようだとほっとする。


誤算と言えば、気を許したとたんに始まった、ルシャナのサラ隊長自慢。

実に既視感の強い出来事だった。


「うちの隊長はすごいんだから! 男にも全然負けないの! カッコいいのよ、こう、剣を振り下ろすでしょ? もうわたしには何も見えないんだけどね、相手が真っ二つで死んでんの!」


えへへと笑う顔は屈託なく、とても可愛らしいのだが、如何せんルシャナの隊長自慢はちょっとグロい。

「グシャー」とか、「ブシャー」とか、擬音語の多い武勇伝は出来ればもう少し表現をまろやかにしてもらいたいところだ。


「でもサラ隊長、表情と感情が直結してるから困りもので……」


悩まし気なルシャナには同情心が芽生える。

こればかりは賛同しかできないからだ。


「まあ、確かにサラ隊長はわかりやすいですからね。ルシャナ副隊長が心配するのもわかります」


ふと、にこやかだったルシャナが急に黙り込み、その大きな目で何かを探すようにアルトを見ていた。

真剣な眼差しだが、覗き込む仕草で異性と思われていないことがよくわかる。


「ねえ、あんた、全然男らしくないわよねえ」

「すみません、何分、これが性分のようで」

「あ、ごめん。悪いって言ってるわけじゃなくて。……あんたさ、隊長の侍従にならない?」


これまた覚えのあるやり取りに、うっかり笑いそうになってアルトは視線を外した。

似た者主従と言ったらサラは否定するだろうが、ルシャナは喜びそうである。


「こんなですけど、僕も一応男ですから」

「そんなの大した問題じゃないわよ」


ルシャナは口を尖らせた。

大した問題だと思っているのはどうやらアルトだけらしい。


「ほら、サラ隊長あんなんでしょ?」


まさしく、あんなん(・・・・)なのでアルトは深く同意した。

サラ隊長大好きな副隊長だが、仲間扱いなのか特に怒りもせずに、むしろ嬉しそうに頷く。


「隊のみんなとだって打ち解けてくれないし、逆にみんなは隊長崇拝状態だし。……あんたみたいなのが傍に居てくれたら、わたしも少しは安心できるんだけどな」


ちゃんと隊長のこと、わかってくれる人がいないと困るのだとルシャナが言う。

アルトは首を傾げた。

もちろん理解者は多い方がいい。


だけど、最低限というのなら、

「あなたが居るから、別にいいのでは?」


弾かれたようにルシャナがアルトの顔を見た。

思いもよらぬことを言われた表情。


「……――だって、わたしも、いつまで傍にいられるかわからないでしょう?」

「え?」


ルシャナの言葉に面食らったのはアルトの方だった。


「夢があるの。やりたいことがあるの。いつまでもここに留まっていられない。進まないと、先に。行かなくちゃ、わたし」


自身に言い聞かせているような言葉が途切れ途切れに聞こえた。


サラから聞いていた話を思い出す。

いつも夢に向かって全力疾走の副隊長。


「でもさ、心残りがあって。……それでグダグダと今に至る、と」


お手上げポーズは自分を笑う仕草。

危なっかしい隊長を一人にするのが心配で、未練があるから思い切って巣立てない。


「でも、やっと見つけた。――あんたならいいかなって」


ルシャナは首を傾げて、可愛らしくアルトに笑いかけた。


「侍従がダメなら、最悪旦那でもいいよ。あんた弱いけど、隊長が強いから問題ないでしょ?」


なんという恐ろしいことを言い出すのか、この娘は。

いまいち力を制御できていないサラと暮らしたら、うっかりで死ぬ覚悟が必要だ。

そんな覚悟は絶対にしたくない。


その居場所(隊長の隣)がわたしじゃなくなるのは少し寂しいけど、仕方のない事だし、自分で選んだことだし。それに、コレはわたしにしかできなかった事だろうし」


ルシャナの言葉はもはや独白に近い。


「……うん、わたしが居なくても、わたしが作った道を、あの人が駆けてくれれば、――満足かな」

「ルシャナ副隊長?」


あ、ごめんと彼女はアルトに向き直った。


「借りたものは返さなきゃ、義理には義理で応えなきゃ。じゃないと、こわい借金取りが取り立てにくるんだよ」


どうやらルシャナには誰かに大きな借りがある模様。

そして、相手はどうやらお優しい人ではない。


「知ってる? 借金取りはさ、本人から取れないと周りから取っていくんだ」


だからきっちり返してやるんだと、とルシャナがにっこりと笑った。



リリィが王の教育係になった、というくだりに初めはこんな一文もあったり。


「実のところアルトの懸念は大変的確で、やがて師の影響を大いに受けた王は、時の風雲児として世界に混乱と戦乱と革新を齎すこととなる。

その功績を以って人類史にも名を残すこととなるのだが、」うんぬんかんぬん。


横道に逸れすぎるので本文からはばっさりカット!

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