8.運命を告げる音
アルトはあまり駆け引きとやらが得意ではない。
どうやらサラも同類だ。
となると、互いに苦手な者同士で苦手なことをやってどうなるのか。
こんがらがるだけである。
頭の中でロウが「油断大敵!」とがんがん注意を叫んでくるが、意図して無視してやった。
当人は丘の上で美女とじゃれているのである、こちらも美女と仲良くしたって文句は言えないはずだ。
もう一つ加えるなら、サラが自分の勘に従うならアルトもそれでいいのではないかと思った。
「サラ隊長は、王妃様から頼まれ事をしているのではなかったのですか?」
そのものズバリ。
きょとんとアルトを見返したサラは今までよりずっと幼く見えて、もしかしたらそんなに年が違わないのかもしれない、なんて気付く。
やがてサラが呆れたような声色で肩を竦めた。
「それをお前から言うのか? わざわざご苦労な事だ」
「どうにもサラ隊長にやる気が見えないので心配になっただけです。余計なおせっかいだったら忘れてください」
「いや、嬉しいよ」
頭を振ると、赤い髪が空に流れる。
何がそうさせたのか、アルトの発言がよほど予想外だったのか、小さく漏れたため息と共にサラの肩が落ちた。
「お前もわかっているだろうが、私はそういったことはどうにも苦手でなあ。その辺はルシャナが、副隊長がいつもやってくれるので甘え通しだ。さすがに今回くらいは私も何かしなければと思ったんだが『とにかく黙ってろ』『余計なことをするな』の一点張りだ。……まあ、私が口を出すと大抵拗れるからわからなくもないけどな、ハハ」
乾いた笑い声に、アルトも愛想笑いを返す。
……どれだけボロを出すと思われているのだろう。
あと多分これは前科ありきの話である。
会ったこともないルシャナの苦労に涙を禁じ得ないし、サラは隊長のくせに信用がなさすぎる。
と思ったが、アルトはアルトでロウからのその辺りの信頼は大層薄い。
ひとの事は言えても、自分の事は見えていない良い例だった。
「私はお飾りの隊長なんだ。できることは目の前の敵を殺すことくらい。彼女が私を立ててくれるので何とか隊長職も務まっているが」
ため息は深い。
泰然とした見た目からは想像もつかないが、サラにはあまり自信と言うものがないらしい。
「本来ならルシャナが隊長になるべきなのだろう。――が、なぜかあいつは頑として譲らないんだよな」
困ったと頭を掻くサラの中に少しの照れも見つける。
きっとそれでも信用している副隊長からの信頼は嬉しいのだろう。
「いつも世話をかけっ放しだから、ルシャナの望みは出来るだけ叶えてやりたいんだが……」
視線の先にはロウと並んでいるその副隊長の姿。
アルトもつられて二人を眺める。
正直に言えば、
「……あまり成果は芳しくなさそうですね」
くせ者、食わせ者と言えば、ロウの代名詞だ。
そう易々と攻略はさせてくれないだろう。
「あのローエンとかいう男、随分と厄介なヤツのようだな。うちの副隊長がああも振り回されているのは初めて見た」
サラがそういうのなら、多分あそこにいたのがアルトなら今頃イチコロだったに違いない。
先にサラが指名してくれたおかげで、九死に一生を得ていたのかもしれない。
アルトはサラの勘とやらに深く感謝した。
「ロウは食えない野郎ですから」
「むむ、うちのルシャナだって負けないくらいすごいんだぞ!」
別にアルトにロウを自慢しようという気はなかった。
むしろ影ながら罵りたかったのだが、サラはそうとは受け取らなかったようで、対抗心を燃え滾らせて副隊長自慢がはじまってしまった。
その内容ときたら、隊の方針は彼女が決めるとか、基本的に隊を動かしているのは彼女だとか、書類仕事全般も引き受けてくれているとか。
イコール、サラの駄目っぷりが曝け出されているのだが、本人はまったく気にしていない。
少しは気にした方がいいのでは、とアルトの方が心配になるレベルだ。
「私には夢もなければ野望もない、あるのはただ揮うだけの力と振り回すだけの武器のみ。だからかな……夢もあって希望もある、そういう者が輝いて見える」
眇める目に映っているのは他ならぬルシャナなのだろう。
アルトはリリィを思い出した。
太陽と見紛うほどの熱を宿した瞳は、当時のリリィが命を譲り渡すほどの力があった。
同じものをサラもルシャナに感じているのかもしれない。
「もっと女性が活躍できる場を広げたい、なりたいものになれる権利と自由が欲しいと。彼女はそのためにいつも全力だ」
な、すごい立派だろう?
サラはまるで家族自慢のように誇らしげに笑った。
なんだか前世を彷彿とさせるスローガンだ。
女性の社会進出なんて随分と先進的な女性がいたものである。
そう思いながらアルトは二つの意味でなるほど、と納得していた。
ルシャナがサラに口を閉じてろと言った理由が一つ。
こうも内情を(悪気なく)話してしまうのでは沈黙こそが金。
実質の管理者である副隊長としては頭が痛いに違いない。
もう一つは、一つ目に付随する理由で、女性騎士団誕生の理由。
正式な組織として取り立ててもらうために王妃と交渉し、そこに与したのは十中八九、副隊長だ。
サラにその辺りの交渉事が務まるとはとてもとても思えないし、目指すものがないと言う彼女が導ける結果ではない。
そして、女性騎士団は多分ルシャナが隊を動かしている。……のではなく、サラが何も言わない。
――から、副隊長が指揮を取らざるを得ないのだ。
哀れ副隊長。その苦労がしのばれた。
そんな実情が会話から簡単に透けて見える。
さて、とアルトはサラと同じ方向を、遠くロウの姿を視界に収めた。
あちらの収穫は如何ほどか。
こちらはロウに報告すべき情報は手に入れた。
アルトにはロウが果たしてそれを必要としているのか、はたまた使うとしてどう利用するのか、想像もできない。
それでもアルトは伝える。
サラの純粋さを利用するようで悪いが、サラ曰く、副隊長の方はそれなりに曲者のようなので仕方がない。
出来ることの少ない自分の、小さな役割くらいはアルトも理解しているつもりだった。
「そう言うことなら、向こうが躓いてるんだから、尚更、隊長が頑張るべきなのでは?」
「ならアルトは王妃派についてくれるか?」
叩く軽口の中に、すでにサラの警戒心や壁はない。
こうなるとなんだか自分が悪者のような気がしてくる。
多分罪悪感の為せる業なのだろう。
「隊長の判断に委ねます。一騎士でしかない僕にそれを決める権限はありません」
「……おい、こら。協力してくれるんじゃなかったのか? 矛盾してるぞ」
「サラ隊長が頑張るのと僕が折れるのは別の話ですから」
ふふんと鼻で笑えば、サラの口角がわずかに上がる。
瞳が細まったら、笑みを深くした証拠だ。
アルトは思わず苦笑いを返す。
「というか、サラ隊長はわかりやす過ぎですね。副隊長が心配するわけですよ」
うっかり遠回しの忠告をしてしまうくらい無防備。
サラは自分の顔を撫でた。
――わかりやすいか?
今だって、アルトには彼女の顔にそんな文字が張り付いて見えている。
「多分、杞憂だぞ? そう言ったのは、今までルシャナだけだったからな。……お前とルシャナが特別なだけだ」
「それは、」
あまりにも人を見なさすぎではないか。
アルトはこれほどに剥き出しの人物には会ったことがない。
そう言おうとしたが、言葉にすることは叶わなかった。
突如、
突然、
耳より先に体を揺らす振動に、目眩に似たふらつきを感じる。
演習場に銅鑼の音が鳴り響いているのだと、一瞬後に気付いた。
脳を殴られるような大音量。
大きく一定の間隔で叩かれるリズムは危急の報を告げる合図。
騎士たちは一斉に動きを止め、サラは間を置かずひらりと馬に飛び乗った。
丘の上ではルシャナが身構え、ロウが、
……ロウがなぜかこちらに必死に合図を送っているのが見えた。
――いやいや、言われなくてもわかってるから!
さすがのアルトも緊急時の行動くらい頭に入っている。
馬鹿にしてるのかと両手を使ってブーイングの返事を送った。
銅鑼を鳴らす騎士の隣で一報を受け取ったのだろう隊長が、大音声で叫ぶ。
「謹聴――――――!!!!」
後ろで手を組み、背を逸らして腹から出した怒号のような声が演習場中に響き渡った。
思わず背筋を正す。
「第十四代、国王陛下ご即位!!」
言葉が脳に沁みる前に、反射のように体が動いた。
片足を一歩引いてくるりと向き直り、面するのは王御座す王宮。
「新国王レナード陛下に、敬礼――――――――!!」
所属、派閥関係なく、一糸乱れぬ敬礼が並んだ。
アルトも、ロウも、サラも、隊長も。
誰もがその特別な響きに高揚を覚える。
沈黙と敬礼はやがてほどけ、
――歓声と共に祝福の兵帽が空を舞った。
それが誰であろうとも、仰ぐべき君主の誕生を騎士たちは違わず祝うのだ。
騎士が忠誠を誓うのは他の誰でもない、国という名の冠を乗せる、「王」その人なのだから。
第十四代国王、レナード。
僅か四歳での即位である。
宰相として立った青年の名を、ユージン。
実績もない、いまだ十代の若者だ。
その妻の名をアリシア。
二人にとっては、長い苦難の日々の始まりだった。
ごたごたやってる間に王子は四歳になりました。
次が三部のエピローグ。いつも通り短いです。
ルシャナは四部に出てきますので、もうしばらくお待ちを。(ネタバレ)




